第94話 エピローグ3 フーとのデート
翌日、今日はリクとフーのデート日だ。親子なのでデートと言うと語弊があるかもしれないが、フーが男女が二人で出掛けるのだからそうだと言い張るので、そういうことになった。
ちなみに他の三人も同じ場所に行くが、今日はフーがリクを独り占めできる日ということになっている。もちろんこのルールはリク以外の四人によって決められた。
「じゃあ出掛けるか」
「うん、楽しみだな」
二人が向かうのは名古屋港水族館。フーが水族館に行ってみたいと言うので、展示の多さとアクセスの良さから決まった。たしかにあちらの世界では、なかなか生きた海の生物を見る機会などないので、我が娘ながらいいチョイスだとリクは思う。
「お父さん、水族館にはどうやって行くの?」
「今から電車と地下鉄を使って行くよ」
「電車!昨日テレビで見たやつだ」
旅番組だけあって、電車もよく登場していたので話が早い。リクは切符の買い方、自動改札の通り方をフーに教えながらホームへと向かう。そして残り三人はアイがエルとルーシーに色々説明しながらついてくる。
ホームで二人は電車を待つ。
「フー、その黄色い線から出たら危ないからな。座って待っていたらいい」
「うん、早く来ないかなぁ」
イスに座って足をぶらぶらさせるフー。彼女の今日の出で立ちは、ミアの店で買ったピーコートを着ている。その姿はとても女の子らしく、やはりデートなのでお洒落をしたかったようだ。もっともリクと並ぶと親子や恋人というよりも、年の離れた兄妹といった感じだ。
「あ!来たよ!うわぁ、おっきいねー」
「ああ、よし乗るぞ」
フーの手を引いて電車に乗り込むリク。電車は各駅停車なので、人もそれほど多くなく余裕で座れた。フーはご機嫌に外の景色を眺める。
「お父さん、景色がどんどん変わって楽しいね」
「ああ、そうだな」
実際のところフーが飛んだ方が遥かに早いが、それをここで言うのは無粋というものだ。
やがて電車が金山駅に着くと、二人は電車を降りて、今度は地下鉄へと向かう。
「今度は地下鉄だぞ。地面の下を電車が走るんだ」
「そうなの?すごいすごい!」
フーが目をキラキラ輝かせているが実際に乗ってみると、当然景色は何も見えないのでフーは少し残念がる。十分もせずに名古屋港駅に到着すると、二人はさっさと外に出る。
そしてしばらく歩くとお目当ての名古屋港水族館が見えてきた。
「お父さん!あれかなっ!?」
フーが興奮してリクの手を引っ張る。
「そうだよ、ずいぶん久しぶりに来るけど、やっぱり大きいな」
リクは学校の行事で一回来ただけなので、案内できるほど詳しくない。なので今日はそういうことは考えずに、一緒に楽しもうと決めていた。
早速入り口で入場券を買うと中に入る二人。館内は薄暗く、幻想的な雰囲気が漂う。
名古屋港水族館の売りと言えば、やはりシャチを筆頭とした水棲の哺乳類なのだろう。入ってすぐにシャチのプール、イルカのプール、ベルーガのプールが姿を現す。
「お父さん!おっきな魚だよ!」
「フー、あれは魚じゃないんだ。あれはシャチっていって人間の仲間なんだよ」
「へー、じゃああっちのイルカって書いてあるのも?」
「ああ、そうだよ」
「うわぁ、すごいなぁ」
フーはそのままイルカの水槽の前で三十分以上その泳ぎを眺めている。今日はフーのための日なので、リクはそれに文句を言うことなく付き合う。
「フー、イルカパフォーマンスがあるみたいだぞ。行ってみるか?」
「イルカパフォーマンスって?」
「イルカがいろんな芸をするのが見れるんだ」
「行くっ!!」
二人は三階に上がり、メインプールに向かうとフーは一番前に座ろうとする。
「お父さん、一番前に座ろうよ!」
「一番前は濡れるぞ?」
「大丈夫だよ、すぐ乾かせるから」
リクはそれもそうかと思い、一番前に座る。
やがてショーが始まり、イルカトレーナーの人が出てくるとフーは目を輝かせて拍手をする。イルカが水面からジャンプしたり、尾びれでボールを蹴ったりする度にフーは楽しそうな声をあげる。トレーナーの人がイルカに押してもらって、すごいスピードで進んでいるのを見たときは、思わず立ち上がって手を叩く。
「お父さん、イルカさんすごいね!」
「そうだな、楽しいか?」
「うん、とっても楽しい!」
「そうか、それは良かった」
イルカパフォーマンスが終わると、二人はシャチの公開トレーニングやベルーガの公開トレーニングを観賞する。
「お父さん、なんでイルカさんとかって芸が出来るの?」
「うーん、何でだろうな?哺乳類は魚とかに比べると脳が発達しているから、かな?」
「じゃあお魚とかは難しいのかな?」
「うん、魚が芸をするって言うのはあまり聞かないかな」
「そっかぁ」
フーは頭がいいので、見て楽しむだけではなく、なぜそういったことが出来るのか、またはするのかを疑問に持つ。リクは親として少し誇らしい気分になるも、その疑問にはっきりと答えられずにもどかしい気持ちになる。
二人はその後も館内を隅々まで見て回る。リクはどちらかと言うとイルカなどの派手な水槽よりも、たくさんの聞いたことのあるような魚が泳いでいる水槽を、のんびりと眺めるのが好きだった。それはフーも同じようで、二人で水の中の世界を垣間見る。
「お父さん、向こうの世界でも水族館があればいいのにね」
「そうだな、でも水族館って確か水の管理とかが大変なんだよ」
「あ、そっか。だから難しいのかな?」
「多分ね。水を浄化する魔道具があれば出来るかもしれないけど」
「じゃあお母さんたちと研究してみる」
フーが両拳を握って決意を語るその姿は、とても可愛らしい。
すでに時間は昼食時を過ぎていたので、水族館内のレストランに入る。
「お父さん!すごいよ!おっきな水槽がある」
「本当だ、じゃあ水槽の前の席がいいな」
「うん!」
明らかに年の差がおかしな親子に、店員が怪訝な目を向けるが特に何も言わない。
ちょっと変わり種のメニューがあったので、リクはワニの肉、フーはサメの肉を注文する。ワニ肉の料理は脚がそのままの形だったので、思わず声が出てしまう。
味はどちらも全く問題なかったので、水槽の魚を観賞しながら、美味しくいただくことができた。
二人はレストランを出ると、ペンギンのコーナーへ向かう。もちろんフーは初めてペンギンを見る。
「……かわいい。お父さん、ペンギンさんかわいいよ!」
「うん、そうだな」
思わずフーの方がかわいいと言いたくなるほどの反応だったが、ぐっと堪える。
「わー、泳いでる!早い早い!」
「フー、ペンギンって鳥なんだよ」
「え?そうなの?……でも確かに泳いでる姿は飛んでるみたいだね」
飽きることなく、一時間以上フーはペンギンの水槽に張り付いて眺めている。
心から楽しそうなその様子を見て、連れてきて本当に良かったとリクは思う。
間違いなく向こうの世界では出来ない体験を、今フーはしている。
きっとこれは彼女が成長していく上で、大きな出来事になるだろうと自信を持って言える。
最後に水族館の出口付近では、ヒトデ等に触れるところがあったので、もちろんそれも体験する。フーは全く物怖じすることなく、片っ端から触ったり持ち上げたりして観察した。
「フー、なんかお土産見るか?」
「うん!」
フーはリクと手を繋いでミュージアムショップを物色していく。するとやはりペンギンが気になるようで、ぬいぐるみコーナーで立ち止まる。
「どれでもいいぞ」
「ほんと?じゃあ…これ!」
エンペラーペンギンの大きなぬいぐるみを指差すフー。
「よし、じゃあ買いに行こう」
リクは会計を済ますと、フーに渡す。フーは汚れないように『状態保存』の魔法をかけて大事そうに抱える。美少女のフーがペンギンのぬいぐるみを抱いている姿は、親のリクでなくとも顔が綻んでしまうというものだ。
水族館の外に出ると、陽は既に傾き出しており、そろそろ帰らなくてはならない。
「フー楽しかったか?」
「うん!でも今日が終わっちゃうのは寂しいな」
「大丈夫、またいつでも来られるんだから」
リクがフーの頭を優しく撫でてやると、フーは気持ち良さそうに目を細めて頷く。
こうしてリクとフーのデートは終わったが、夜はその日デートした人と一緒に寝ることになっているので、フーはリクの胸に抱かれて幸せそうに眠った。
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