第93話 エピローグ2 お買い物
「お父さん!すごいね!食べ物が一杯ある!」
「すごい量ね、本当に色々あるんだ」
「これはなんじゃ?よく分からんものが一杯あるのう」
フーとエルは同じような感想を口にして、ルーシーは見たことがない食材に目を輝かせている。
「なんだかやっぱり懐かしいな…」
久々の日本の風景にアイも少し郷愁に駆られているようだ。
「アイの地元にも行くか?」
「うーん、どうしようかな……何だか今さら顔を出すのもね」
「アイが嫌なら無理強いはしないけど、俺はアイがどんなところで育ったのか興味あるよ」
「……そっか、それなら行こうかな。実家には顔を出さないけど観光くらいならいいよ」
「分かった、じゃあ五日目は岡山に行こうか」
「うん」
今回の滞在では二日目からそれぞれとデートをすることになっている。ちなみに順番はフー、エル、ルーシー、アイの順番だ。最終日はどこか温泉宿でもとれれば行こうと思っていた。
「リク、アイ。二人がそんなとこで止まってたらどうしたらいいか分からないでしょ?」
「そうじゃぞ、システムを説明してくれ」
「はは、ごめんごめん、この買い物かごを持って欲しいものを入れていくんだ。ちょっと多くなりそうだからカートも使おう。それで最後に会計をしてもらうんだよ」
リクが説明をしていると、アイがカートにかごを二つ乗せて持ってくる。
「じゃあ早速行きましょ。少し寒くなってきたし鍋とかどうかな?」
「いいね、何鍋にしようかな?」
「今日は初日だしご馳走っていうことで、すき焼きとかどう?」
リクの家族たちであれば和食に馴染みが深いので、すき焼きも十分楽しめそうだ。
「ああ、いいよ。向こうの世界じゃさすがに生卵は食べられないしね」
ということで本日のメニューはすき焼きに決まったので、必要な食材をアイがどんどんかごに入れていく。ちなみに調味料は予めリクが基本的なものはすべて買いそろえているので、特に買う必要はない。
五人で一緒に回っていたはずが、エルの姿が見当たらない。まああそこだろうなと思ってリクが向かうと、目をキラキラさせたエルがそこにいた。
「うわー、お酒が一杯あるじゃない!」
こちらの世界とあちらの世界では酒の種類が全く違う。一番の酒好きのエルがここに来ることは予想通りだった。
「エルはやっぱりここか、気になるものがあるのか?」
「そうね、本場の日本酒も飲みたいし、なんだか麦酒も色々種類があるのね?」
「そういえば向こうの世界の麦酒はエールばかりだから、こっちで主流のラガーは味わいが全然違うと思うよ?」
リクはそこまで酒に詳しいわけではないが、麦酒の種類がいくつかあることくらいは知っている。日本のビールは基本的にはラガー、その中でもピルスナーが多いので、エールばかり飲んできたエルやルーシーにとっては新鮮だろう。
「へーじゃあ麦酒をケースで買いましょうよ、あと日本酒も買おっと」
エルは自分でカートとかごを持ってきてがんがん酒を入れていく。誰が持つと思っているんだとリクは思ったが、収納魔法はこちらでも使えるらしく大丈夫だとエルは言う。
「エル、くれぐれも魔法を使っているところを見られないようにな」
「うん、この持ってきた袋の中に収納魔法を発動しておけば外からは見えないでしょ?」
そう言うとエルは巨大なバッグをリクに見せつける。
「よく考えてるな……」
その後五人は合流すると、フーがリクの腕を引いてお菓子コーナーに連れていく。
「お父さん、ここって何が売ってるの?」
「ここはお菓子売り場だね」
「ええ!?これ全部お菓子なの?」
フーはしっかりしているがやはり子供なのでお菓子が気になるようだ。そこは懐かしい駄菓子がたくさん集められているところで、小さな子供用のかごが備え付けられていた。
「フー、このかごに食べたいものを入れるといい」
「うん、ありがとう!」
フーは色々な駄菓子をどんどん入れていく。フーセンガムやチョコレートスティック、ラムネ菓子など目についたものをどんどん入れて結局かご一杯になった。
「ずいぶんたくさん入れたな」
「うん、見たことないものばっかりだったから気になっちゃって」
フーは少し申し訳なさそうに頭を掻いているが、相変わらずフーに激甘なリクは何も言わずに頭を撫でて三人のもとへと向かう。
「ルーシーは何か気になるものがないのか?」
「妾はアイと一緒に買い物をしていれば良い。色々気になる食材があっても聞くことができるしのう」
さすが料理好きのルーシーだけあって、料理上手のアイと一緒に買い物をしてこの世界の食材を勉強することが楽しいようだ。かごを見ると確かに糸こんにゃくや麩など、向こうの世界では見ないような食材が入っている。
「もうレジに行こうか?」
「そうだね……お金大丈夫?」
アイがあまりにも大量の酒を買っているエルを見てリクの財布を心配する。
「大丈夫だよ、向こうの金貨や銀貨を換金したら相当な値段になったから」
「……あんまり派手にやらないようにね?」
換金のために金貨を大量に持ってくるなど、普通はあり得ないことなのでアイが心配する。
「確かにあんまりやり過ぎない方がいいかもな。向こうの世界ではあんまり価値はないけど、こっちでは価値がありそうなものを考えてみた方がいいかもな」
「そうだね、ちょっと金とか銀は目立ちすぎると思う」
新たな宿題を発見したところで、五人はレジに向かう。エルの酒代で七万円ほどかかると総額十万円近くになってしまう。さすがにリクはエルの方を恨めしげに見るが全く目を合わせようとしない。ちなみに年齢確認をされたが、リクが運転免許証を持っていたので事なきをえる。
「リク、先程見せていたものは何なのじゃ?」
購入したものをどんどん収納していくエルを手伝いながら。ルーシーがリクに尋ねる。
「あれは運転免許証だよ。車を運転するためには試験を受けて、免許を取らないといけないんだ。無免許で運転することは犯罪だからな」
「むう、そうか。それは残念じゃな」
どうやらルーシーは実際に運転してみたかったようだ。といってもリクは車を持っていないので、さすがにそれを叶えてあげるのは難しいしルーシーが免許を取るというのも現実的ではない。それにルーシーは乗ってみたいと言うよりも、恐らく構造が知りたいのだろう。
「もし車が気になるんなら、本でも買ったらいいんじゃないのか?」
リクの提案にルーシーの顔がぱあっと明るくなる。
「それは確かにいい考えじゃな」
そして五人はリクの家に帰り、スーパーで買った弁当を食べる。もともと昼食もなにか作ろうかと思っていたのだが、異世界組の三人が弁当を見て食べたいと言ったのでリクとアイはそれを了承した。
なかでも変わり種を選んだのがルーシーで、生魚に挑戦してみたいと海鮮丼を購入したのだ。
食べられなかったら交換すればいいと、リクが言ってくれたので思い切ることが出来た。
「ふむ、美味しいのう。これなら問題なく食べられるな」
「本当に?一切れちょうだい!」
エルも興味があったようで食べてみると、美味しそうな表情を浮かべる。
「美味しい!向こうの世界でも食べられるかな?」
「こっちでは寄生虫がいたりすることもあるから冷凍するの。だからちゃんと処理すれば大丈夫じゃないかな?」
エルの疑問にアイが答える。
「へー、試してみようかな」
五人は昼食を終えると少し食休みで休憩をする。リビングでのんびりしているので、当然そこにはテレビがある。
「お父さん、あれってどうやって使うの?」
フーから聞かれたリクがテレビの電源をつけるとローカルの旅番組がやっており、三人は予想通りの反応を見せる。
「リク、アイ、これどうなってるの?」
「この中に人がおるわけはないのう…」
「すごーい!面白いね!」
「これはテレビって言うんだ。簡単に言うと予め記録した映像を、テレビ局って言うところがテレビに送ってるんだ。それをこうやって見ることができるんだよ。なかには今やっていることをそのまま映しているものもあるんだ」
そしてやっていた番組がローカルの旅番組というのはちょうど良かった。リクとのデートで行くところをどこにしようか迷っていたエル、ルーシー、フーの三人は食い入るように見ている。
やがて夕食の時間になると、アイが主導してすき焼きを作り始める。その手際はやはり見事なもので、あっという間に出来上がる。
大分寒くなってきていたので、一同はこたつに入って食べることにする。
「「「「「いただきます!」」」」」
「このラガーって美味しいわね!喉ごしがいいって言うのかしら?飲みやすいわ」
すき焼きを食べずにいきなりビールを飲み出すエルに、リクは冷ややかな目を向け、嘆息する。
「アイお姉ちゃん、美味しいよ!」
「甘辛い感じの味付けがいいな。しかし本当に生卵をつけるのか?」
やはりリクとアイ以外は生卵を食べるという習慣がないので、躊躇してしまう。
「まあ個人の好きにすればいいと思うよ。私は子供の頃からそうだったから食べられるけど、やっぱり外国の人とかも抵抗あるって言うしね」
「ふむ、ではリク、少し食べさせてもらっても良いか?」
「ああ、いいぞ」
リクはルーシーの口に生卵をつけた肉を運んでやる。
「…確かに味がまろやかになって美味しいな、妾も卵をもらおう」
「お父さん、私も食べさせて!」
「あ、私もちょうだい!」
リクはフーとエルにも食べさせてやると、二人も気に入ったようで生卵をつけて食べ始める。
「エル、熱燗もいいぞ」
いつの間にか熱燗を準備して、ルーシーが飲み始めている。どうやら食器棚に徳利とお猪口があったらしい。
「ほんと、寒いときにはこたつに入って、鍋を食べて熱燗は最高ね」
完全に日本人、というかおっさんのようなことを言うエルにリクとアイは苦笑いする。
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