第91話 新たな世界へ
三人が互いの体を離したところで、急にリクが姿を消す。エルとルーシーが突然のことに驚愕し辺りを見渡すと、かつて一度だけまみえた悪魔が姿を表している。犬の体ながら鳥のような爪でリクを捕らえている。
「久しぶりだな竜ども」
「っ!グラシャ=ラボラス!」
「リクを離せ!」
エルとルーシーが怒りを露にするが、蘇生に近いことをやってのけた直後だ。魔力を使いすぎており力が入らない。フーも今回は恐怖よりも怒りが上回るものの、やはり異世界への転移で魔力を使いすぎている。アイは言葉を話す魔物のような存在に理解が追い付いておらず、混乱している。そしてシエルとボーデンはグラシャ=ラボラスに向けて強烈な殺気を放つ。
「離せと言われて離すわけがないだろう。リクほど上質の魂を持つものはいない。ずっと手にするチャンスを窺っていたのだからな!しかしそこの竜種と相討ちになったときは焦ったぞ」
自身に向けられる怒りや殺気などまるで意に介さず、むしろ獲物をとらえて上機嫌な様子でグラシャ=ラボラスが答える。
「……悪魔族、再びこの地に侵攻するつもりか」
体を動かすことは出来ないが、常人ならば正気を保つことがいられないほどの殺気を放ちながらシエルが問う。
「勘違いするな。俺は悪魔族の代表じゃない。主のために上質な魂がほしいだけだ」
その瞬間、グラシャ=ラボラスの足元が轟音と共に弾ける。アイの雷撃だ。詳しい状況は理解できないが、リクが危険な状況であることは分かる。彼を巻き込まぬように加減して放っていた。
「リクを離せっ!」
雷撃による一瞬の硬直の後、アイの剣がグラシャ=ラボラスに向かって閃く。そしてそれを間一髪で悪魔がかわす。
「ふふ、人族にしては強力な力だな。お前の魂も強力なようだな、そのうちもらいに来るとしよう。ではまた会おう」
姿を消そうとするグラシャ=ラボラス。それをアイが阻止しようとするが間に合わない。そしてエル、ルーシー、フーにも余力は残っていない。
誰もが絶望した次の瞬間、グラシャ=ラボラスの後ろから二人の人らしきものが姿を表す。だがそれが人ではないと言うことは一同にもすぐに分かった。シエルと同等の存在感をそれは有していたのだ。
「……新手じゃと?」
ルーシーの顔が焦りに染まる。だがそれ以上の焦燥と驚愕の表情を浮かべたのがシエルだった。
「ミカエル、ルシファーだと?なぜ悪魔族と天使族の最上位序列のお前たちが共にいる。その姿はなんのつもりだ?」
ミカエルと呼ばれた天使族の髪の色と肌の色はエルと同様。ルシファーと呼ばれた悪魔族の髪の色と肌の色はルーシーと同様だった。
シエルの言葉にルシファーが反応する。
「時空竜か。久しぶりだな。ちょっと待っててくれ、こいつを片付ける」
そして驚愕の表情を見せているのはシエルだけではない。グラシャ=ラボラスも同様だ。
「ル、ルシファー様?なぜここに」
悪魔族の王とも言われるルシファーの前では、グラシャ=ラボラスなど三下でしかない。本来であればこのように会話することすら烏滸がましい存在だ。
「お前は……確かネビロスの犬だったな。奴め、まだ地上にちょっかいかけてやがるのか……ここで死ぬか大人しくそいつを離して帰るのか選べ」
ルシファーが大きく嘆息すると、凍えそうなほどの冷たい声と表情で選択を迫る。
「……選ぶまでもありません。ネビロス様にはお伝えしておきます」
「おう、頼むぞ。今度やったら消滅させると言っておけ」
怯えた表情でルシファーと目を合わせることのないまま、グラシャ=ラボラスがリクを離して消える。
「大丈夫か?悪魔族が迷惑かけたみたいだな」
そう言ってルシファーが足元が覚束ないリクを引き起こし、エルとルーシーの下に連れてくる。ミカエルと呼ばれた天使族も一緒だ。
その光景に誰もが困惑する。だが一番困惑しているのは間違いなくシエルだった。
「……どういうことだ?再び侵攻に来たのではないのか?」
シエルの問いにミカエルが嘆息して答える。
「そうではない。そもそも前回とて侵攻に来たわけではない。お前たちが最初から攻撃してきたから迎え撃っただけだろう」
「そういうことだ。さすがに聖竜と闇竜を傷つけちまったから、ほとぼりが覚めるまでは接触するのを待ってたんだがな。で、今回晴れて二体の竜種が復活したみたいだから来たって訳だ」
「ちょっと待て、お前たちは前回の戦いは私たちの勇み足だと言うのか?」
信じられないといった表情で問いかけるシエル。敵対する意思がないと判断したのか、人の形をとって口調も穏やかなものになっている。
ミカエルとルシファーがそれに首肯して、本来の目的を告げる。
「そういうことだな。まあ前回は我らも大軍を率いて来てしまったのだから仕方ないがな」
「そうそう、だから今回は反省を生かして俺たちだけで来たって訳だ。それでその目的なんだが、天界、地上界、魔界の三界で交流を持ちたいんだ」
あまりに突拍子もないその提案にシエルを始め一同が唖然としている。
「……言いたいことは分かった。交流の目的は何なんだ?」
シエルの尤もだと思える質問にミカエルとルシファーは心底呆れた様子で嘆息すると、その目的を語り出す。
「何万年も同じ世界で生きてたら退屈だろ?」
「ああ、三界を行き来できるようになれば楽しかろうよ」
その余りにも俗っぽい目的に今まで静かに三者の会話を聞いていたリクたちが思わず噴き出すと、楽しそうに口を開く。
「いいんじゃない?私たちももっといろんな世界みたいしね」
「そうじゃな、時間はたっぷりあるんじゃ。のうリク?」
「ああ、天界に魔界か。楽しそうだ。死ぬまで退屈しなさそうだな」
乗り気な様子で賛同する三人にミカエルとルシファーが嬉しそうな表情を見せる。
「そうだろう?なかなか話が分かる人族だな。……ほうお主が聖竜か」
「成程、それでこっちが闇竜だな?……もしかして竜種のお前たちがこの人族の番なのか?」
ルシファーの問いかけにエルとルーシーがリクの両脇にくっついて満面の笑みで首肯する。
「ほう、それは驚きだな。お主名は何と言うんだ?」
「リクだ。よろしく」
名前を聞いたミカエルとルシファーが不思議そうな顔でリクの顔を覗き込む。
「もしかして異世界の人間か?」
「ああ、よく分かるな?」
「そりゃあ分かるさ。微妙にこの世界の人族とは作りが違うんだ。と言っても体の作りは一緒だけどな。違うのは魂の質だ」
「天使族と悪魔族は魂を認識できるのだよ。それよりも異世界人か、見るべき場所が増えたな」
「お!確かにそうだな。これならしばらく暇をすることはなさそうだな」
嬉しそうに会話をするミカエルとルシファーにリクが困惑して質問をする。
「俺の世界にも自由に行けるのか?」
「ん?もしかしてお前帰れないのか?」
ルシファーの言葉を聞いたフーがリクの腕を引く。
「お父さん、私お父さんの世界に転移できるよ!」
「行ったところに転移できるっていうのは、別の世界でも適用されるのか?」
「うん、魔力さえ回復すれば大丈夫だよ!」
元気一杯宣言するフー。その言葉にエルとルーシーが歓喜する。二人はリクの世界に言ってみたいと常々言っていたのだから当然だ。
「では帰れるのだな。私たちもついでに色々と案内してもらうとするか」
満足そうな表情で頷くミカエル。家族に配慮するという気持ちは微塵もなさそうだ。
「天界に魔界にリクの世界か、行きたいところが多すぎるわね!」
「そうじゃな、もう心配事も無くなったことじゃ。またのんびり旅をするのもよいな」
エルとルーシーが嬉しい悲鳴をリクの両脇で上げている。
「私も一緒に行くよ!」
フーもいつもの笑顔で賛同する。
「あ、じゃあ私も」
アイが少し遠慮がちに一緒に行きたいと言う。
「そうだな、みんなで行こう。何だかんだいつものんびり旅行できなかったしな!」
リクの言葉に四人が笑いながら首肯した。
※後書き
今回が本編最終回的ですね。
魔界編、天界編も少し考えたのですが行き来できる方が楽しそうなので、このような形になりました。
明日からは少しエピローグという名のデート回です。
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