第90話 ずっとそばに

 リクが目を覚まし、ひどく怠いながらも何とか上体を起こす。それを見た四人は安堵の表情を浮かべ、大粒の涙を溢す。話をしようとしても言葉にならなそうなので落ち着くまでしばらく待つ。

 十分ほど泣き続けてやっと話が出来るほどに落ち着いてくる。泣き腫らした目が少し気になるが、リクは一人一人に声をかけていく。


「アイ、えっと……実は回復しようとしてたときの話、聞こえてたんだ」


 その言葉にアイの顔が耳まで真っ赤になる。あうあうと言葉にならない声を上げているアイにリクが続ける。


「今までごめん。俺、ちゃんとアイのことを見てなかった。これからはちゃんとするから」


「う、うん。よろしくお願いします」


 アイは何と言ったらいいか分からないが、下を向きながらなんとか声を絞り出す。そんなアイにリクの家族三人が抱きつく。


「アイ良かったねー」


「やっと言えたのう。時間がかかりすぎじゃよ」


「アイお姉ちゃん一緒に住む?」


 その様子を見てリクが軽く混乱する。


「……公認なのか?」


「当たり前じゃない。フォータムでのデートだって認めてあげたでしょ?」


「いや、それはフーも一緒だったし……」


「私もちゃんとお手伝いしてたでしょ?」


 フーが胸を張って主張する。リクには確かに思い当たることがあった。あのときのフーは二人を夫婦のようだと言ったりしていた。だけど子供の無邪気な言葉だと思い気にも止めなかった。子供でも女って恐ろしいとリクは思う。


「知らぬはリクばかり、じゃな」


「……そ、そうなのか」


 とてつもない羞恥心と、自分はこんなにも人の機微に疎い人間だったのだろうかという思いに苛まれるリク。事実先程までアイの自分に対する好意は恩人に対するそれと思い込んでいたこと、自分のアイへの気持ちを先程まで自覚していなかったことから自らの鈍さを認めざるをえない。


「リ、リク。今度は二人で出掛けよ?」


「……ああ、そうだな。そうしよう」


 勇気を振り絞るアイとそれに応えるリク。二人の初々しい様子を見てエルとルーシーが微笑みながらも嘆息する。二人を応援していたとは言え、いざそうなるとやはり少しだけ複雑な気持ちになるのは仕方がない。

 そしてリクはいつものようにフーの頭を撫でる。


「フー、ありがとう。二人を助けられたこと、この世界に戻ってこられたこと。フーのお陰だよ」


 頭を撫でられて気持ち良さそうな顔をしているフーが、そのままの状態で否定する。


「そんなことないよ。私はみんなに助けてもらえたから出来ただけだよ。お父さん、怖かったよ……本当に死ななくてよかった……」


 そう言ってリクに抱きついてまた泣き出してしまうフー。リクは優しくその震える小さな背中をさすりながら語りかける。


「心配させちゃってごめんな。フーが大人になるまで生きられるかは分からないが、死ぬまでずっとそばにいるからな」


 リクの胸のなかでうんうんとフーが頷く。そのときシエルが口を開く。


「リク、先の戦い見事だった。今の話だが竜の加護を一体でも受けたものであれば不老になる。もちろん寿命はあるし不死ではないが、寿命は格段に延びる。少なくとも娘が大人になるまで死ぬようなことはあるまい」


「そうなのか?よかった……フー、大人になるまで一緒にいような」


「うん!私お父さんとずっと一緒にいるよ!」


 フーはいつもの大輪の花のような笑顔をリクに見せる。それを見たリクはいつかフーは嫁に行くことがあるのだろうかと考え、そういえばフーは竜種だったとそれを否定する。

 そしてリクは嫁二人に向き直る。


「じゃあ、エルとルーシーも不老なんだな」


 二人はちょっと気まずそうな顔をしており、リクはそれを不審に思い首をかしげる。


「えっと……私たちリクに言わないといけないことがあって…」


「……そうじゃな。聞いても驚かないでほしい、と言うのは無理じゃな……」


 そう言うと二人は顔を見合わせて頷き合う。


「私、聖竜らしい」


「妾は闇竜らしいのじゃ」


 その言葉にリクは驚く。驚くが同時に得心が行ったという表情を見せる。今まで抱いていた疑問が氷解していく。そして点と点が線で繋ぎ合わされるような感覚を覚える。

 二人が常識では考えられないほどの魔力を有しているということ。他の竜種がエルとルーシーに興味を示したこと。上位竜に目をつけられたこと。グラシャ=ラボラスが連れの竜と言ったこと。思い当たることが浮かんでくる。


「そういうことか。色々納得したよ」


 思わぬリクの反応に二人は拍子抜けする。


「え?なんで?もうちょっと驚くとかないの?」


「そ、そうじゃぞ!心配しておった妾たちが阿呆みたいではないか!」


「そりゃあ驚いたよ?でもエルとルーシーがあまりにも普通と違うし、納得したって気持ちの方がやっぱり大きいかな」


「むむむ、なにこの気持ち……」


「分かる、分かるぞエル……なんだか悔しい気持ちになるのう……」


「それにフーだって竜種なんだ。それでも家族だろ?二人が竜種でも俺は変わらないよ」


 そう語るリクはじゃあフーが嫁に行く可能性もあるのかと気付き、少しだけ複雑な気持ちになる。


 エルとルーシーにはリクが受け入れてくれて嬉しいという気持ちと、決心して告げた事実をいとも容易く受け止められて悔しい気持ちが混在している。複雑な表情を浮かべて唸っている二人を見てリクは笑顔を浮かべてから、改めて二人に告げる。


「二人とも本当にごめん。みんなが……アイ、フー、そしてエルとルーシーが泣きながら声をかけてくれたとき、本当に死にたくないって思った。この気持ちが答えなんだってやっとわかった。俺の命を軽く考えること、それは奪った命を軽く考えることと同じ。そういうことだったんだな」


 やっと答えを出したリクに二人は破顔するも、その目からは涙が流れる。スタンピードの夜に感じた危うさはもう微塵もない。今の彼ならば安心して見ていられる。


「遅いよ……もう!どれだけ待ったと思ってるのよ!」


「全くじゃ、文字通り死ぬ間際まで気付かぬとはな……」


 エルが涙を誤魔化すように怒って見せ、ルーシーが呆れたような顔を見せる。二人の涙は安堵の涙。もうあんな辛い思いをしなくて済むという心からの安堵。この先、彼が自分の命を大切に考え、自分達が一緒であれば心配することなどなにもない。


「はは、そうだね。考えてみたら当たり前のことなのにな……知識として知っていてもダメってことかな?でももう大丈夫だから」


 リクはなんとか立ち上がり二人を抱き寄せる。多量の血を失い、指一本動かすことすら怠い。だがそんなものは二人を抱き締めない理由にはならない。


「俺はずっと二人のそばにいる。愛してるよ」


 二度と触れることが出来ないと思っていた二人の感触を確かめると涙が溢れる。三人は互いを抱き締めながら静かに涙を流す。

 その場にいる誰しも三人に声をかけることは出来なかった。互いを思い涙するその光景が、あまりにも崇高な物に見えたから。

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