第89話 答え

 轟音と共に倒れ込むシエルを確認すると、ボーデンを含め一同は歓喜し確信する。リクが勝ったのだと。そしてシエルを倒した彼に視線を移す。


「「っ!!あ、あ、あああああああああああああああああああああああ!!!!!」」


 エルとルーシーの慟哭が響き渡る。一目でそれと分かる致命傷。右腕はすでに原型を留めておらず、左上半身を欠損した最愛の人がそこにいた。


「リクっっ!!」


 アイが瞬時に飛び出してリクの下へと駆けつけると同時に回復魔法を施す。だがもはやそれが意味をなさないことは本人が一番よく分かっていた。分かっていても関係なかった。それでも回復魔法をかけずにいられるはずがなかった。


「っダメだよ!リクっ!死んじゃダメ!私っ!まだ何も言っていない!私はあなたが好き!好きなのっ!お願いだから生きてっ!」


 大粒の涙を溢しながらアイが叫び、必死に回復魔法を施す。だが心臓に近い位置まで抉られており、流れ出す血の量が減ったとしても焼け石に水だ。


 フーは父親のその姿にショックを受けて動くことが出来ない。動かなければいけないということは分かっている。なのに体は動いてくれない。涙と言葉だけが溢れ出す。


「……お父さん……お父さんっ!いやだっ!死んじゃヤダよっ!大人になるまで、大人になるまでそばにいてよ……」


「っフー!フー!拘束をっ!拘束を外してくれっ!!」


 ルーシーが叫んだその時、何も言うことなくボーデンがエルとルーシーの拘束を解く。その真意も確かめることなく二人はリクの下へと駆け出す。


「リク、死んじゃダメ!嫌だよっ!なんでっ?なんでなの?なんで私には回復魔法が使えないのよっ!」


 エルが叫ぶ。本当に聖竜であるのならば、一番回復魔法の適正を持っているのは自分のはず。しかしその精度はアイにも遠く及ばない。愛する人が死に行くこの時でさえも使えない自分に絶望する。


「リク、死ぬな!嫌だ!嫌だよっ!死んだらダメだっ!お願いだから、お願いだから死なないでよ…」


 悲痛な声をあげながらリクに『超回復』をかけ続けるルーシー。やはりその目からは大粒の涙が零れる。リクが負ってきた数多の傷を彼女は癒してきた。それでも今回はダメだった。アイと共に回復魔法をかけているこのときは出血を止めることは出来ている。だが二人の魔力がつきれば彼の出血は止められない。ここまでの傷となれば、もはや時間稼ぎにしかならない。

 心から愛する人が目の前で命を失おうとしている。なにが竜種だ。私たちが竜種であるならば彼一人くらい救えても良いじゃないか。エルとルーシーの頭の中を絶望が支配する。


――――――――――ここからリク視点――――――――――


 俺はこのまま死ぬのだろうか、もう感じていた痛みは無くなった。目も耳もだんだんと感覚を失っているのが分かる、


 アイの声が微かに聞こえる。死んだらダメだと、俺のことを好きだと言ってくれている。ああ、そうだったんだな。なんで気付かなかったんだろうな?俺もきっとアイが好きだったんだな。でもエルとルーシーは認めてくれるかな?きっと三人がそばにいてくれるなら幸せだろうな。


 今度はフーの声が聞こえる。やっぱり死んじゃダメだって言ってるな。大人になるまでそばにか、フーが大人になるまでだと何歳まで生きないといけないんだろうな?フーが大人になったらきっと美人なんだろうな。その姿、見てみたいな。


 エル?聖魔法が使えないことを気にしているのか?ああ、俺を助けることが出来ないからか…ごめんな。エルとはきっと一緒に歳を取って、それでも仲良くやっていけたら良いなと思っていたのにな。きっとエルは歳を取っても変わらず可愛いエルのままなんだろうな。歳を取ったエルか、ふふ、面白そうだ。彼女のそばにずっといたいな。


 ルーシー、俺の方が先に死ぬのは仕方ないって思ってたけど、こんなに早くに死別するなんてさすがに考えてなかったな。でも彼女のそばにはエルもフーもアイもいてくれる。俺がいなくなっても寂しい気持ちは少しは和らぐのかな?まだまだルーシーには長い人生が待っている。いつかまたいい人が見つかるのかな?…でもそれはちょっと嫌だな。


 ……俺のせいでみんな悲しんでる。今の俺は彼女たちに何が出来るんだろう?




 死にたくない。




 ……嫌だ。死にたくない。みんなのそばで生きていたい。


 ………………………そうか、それが答えだったんだ。

 なんでそんなことに気付かなかったんだろう?俺のことをこんなに大切に想ってくれている人を泣かせるまで気付かなかったんだろう。

 彼女たちに謝りたい。愛していると言ってあげたい。


――――――――――――――――――――――――――――――


「…ご…め……ん」


 リクが最後の力を振り絞って彼女たちに伝えたいことを口に出す。だがそれ以上の言葉を紡ぐことが出来ない。


「ダメだよっ!そんなのが最後の言葉なんて私は認めないからっ!」


「そうじゃ!そんなのは私たちが聞きたい言葉じゃないっ!」


 エルとルーシーがリクの最期の言葉に悲痛な言葉を返す。彼女たちは謝ってほしいのではない。彼に愛していると言ってほしい。もはや彼の命を救うことが出来ないのであれば、彼の愛していると言う言葉を胸に生きていきたい。

 だがもはやリクに言葉を紡ぐことは出来ない。まだそこに命はあるがもはや目は見えず、耳は聞こえず、口を開くことは出来ない。ただその時を一同は待つしかなかった。


「…エル、ルーシー」


 すでに動くことは出来ないが意識を取り戻したシエルが二人に声をかける。


「「……なに?」」


 この上ないほどの敵意のこもった声。最愛の人との最後の一時を邪魔するその声だ、無理もないと言える。シエルにも二人の感情は理解できる。だからこそ意に介さず続ける。


「……リクを助ける方法が一つだけある」


 シエルがリクを名前で呼ぶ。相討ちとはいえ自分を倒すほどの存在を認めないわけにはいかなかった。


「っなに?教えて?」


 エルが瞬時に反応して返答し、ルーシーも異存なしと言うように、静かにシエルの言葉を待つ。


「竜種になるのだ、そしてリクに加護を与えて魔力を注げ」


 二人は逡巡することなく、その提案を受け入れる。可能性があるのならそれにすがるしかない。

 例えそれによって自分達が変わってしまったとしてもリクの命よりも大事なものではない。

 そして二人はシエルの血を飲み竜種となる。その体は竜へと変貌することなく、魔力の質と量だけが竜種のそれへと変質していた。


「……その姿はリクへの敬意と思ってもらえば良い」


 シエルの言葉を聞くと、二人はすぐに加護をリクへと与えるため、唇を噛みきりリクに口づけする。

 加護がリクに与えられたことを確認すると二人はリクに惜しみ無くその潤沢な魔力を注ぐ。一同がその様子を固唾を飲んで見守る。

 リクの傷がみるみるうちに完治していく。欠損していたはずの左上半身すら治っていく。これはエルの聖竜としての力だった。聖竜へと覚醒したエルはルーシーを凌ぐ失われた回復魔法『完全回復』をリクに施していた。

 加護を与え、相性を高めた上でのエルの『完全回復』とルーシーの『超回復』。二つの回復魔法によりリクの体は回復し、顔色こそ良くないが、命の危機は脱することができた。

 一同に安堵の表情が広がる。エルとルーシーが、フーとアイがリクを囲み目を覚ます時を待つ。

 やがてリクが目を覚まし、四人の顔を見ると精一杯の笑顔を見せる。


「……みんな、ありがとう。心配かけてごめん」




※ちょっと後書き

この結末いかがでしょうかね?

多少強引かなと思いつつも、何だそりゃ?っていうトンデモなものにせずに済んだのではないかと自分では思っているのですが……

よろしければ感想をいただけると幸いです!


ここが最大の山場で、あとはエピローグ的な感じで読んでもらえばいいかと思います。

よろしければ最後までお付き合いください。

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