第88話 天敵
魔族領のダンジョン、その深奥に時空竜シエルと土竜ボーデン、そしてエルとルーシーがいる。エルとルーシーは未だ意識を取り戻していない。
「で?どうやって二人を竜種にすんだよ」
あからさまに不機嫌な様子でボーデンがシエルに尋ねる。その態度を意に介すことなく、薄笑いを張り付けたままシエルが答える。
「そうだね、まずは二人が竜種であることを受け入れる必要がある。それから私の血を飲めば竜種としての力が覚醒する。もし受け入れなければ死ぬのを待って、その魂を新しい体に入れるだけだよ」
「ちっ…」
ボーデンが不機嫌なのはシエルが嫌いなだけではない。彼は出来ることなら二人をリクのそばにいさせてやりたいと思っていた。間違いなく二人は竜種になることを拒む。死ぬのを待つくらいならそれでいいではないかと彼は考えている。
だがシエルはそれを認めない。自らが産み出した誇り高き竜種が、人族の番になるなど認められなかった。
シエルは他の竜種に愛情を持っているからそうするわけではない。自分のモノを他者に取られるのが我慢ならないだけだ。
「じゃあここでずっと二人を監禁しておくって訳かよ」
「私だって監禁なんてしたくないさ。二人が認めればいいだけだろう?」
「ここ俺のねぐらなんだけど?」
「そうだね、じゃあ説得するのを手伝ってくれればいいんじゃないか?」
ボーデンは嘆息する。どのみちシエルから産み出された自分は逆らうことが出来ない。やりたくもないことを強要される、気分が悪いのは当然だ。
「……う……ん」
エルとルーシーが目を覚ます。それを見るシエルは相変わらず軽薄そうな薄笑いを浮かべている。
「やあ、気分はどうだい?」
「……良いわけないでしょ!」
「……聞くまでもあるまい」
目が覚めたら磔にされているのに気分が良いものなどいるはずもない。二人は精一杯の悪態をつく。だがシエルには暖簾に腕押しだ。
「だろうね、じゃあ竜種になるかい?そうすればすぐに自由になれるよ?」
「「絶対に断る!」」
二人の意見は一致している。おそらくこの後フーがリクを連れてきてくれる。再び彼を戦わせることになるその事には不安もあるが、現状ではもはやそれに賭けるしか手は残されていない。
「強情だねぇ、どうせあの人族はもうこの世界にいないんだ。あれは元の世界で楽しく過ごすだろうさ」
いちいち癪に触る言い方をしてくるシエルに、二人は怒りのこもった視線を投げ掛ける。シエルは気にも留めないが、わざと肩をすくめて見せると言葉を続ける。
「そもそもあんな下等な奴のどこが良いんだ。異世界人のクセにろくな魔力も持たないし、大したスキルも持っていない。竜種を倒したのもよっぽど運が良かったか、君たちのおかげなんだろうね」
「あんたに……あんたにリクの何がわかるのよ!?あんたなんかよりリクの方が強い!」
リクを貶める目の前の存在に対して、苛立ちを隠せないエルが激情のまま言葉を発する。
「分かるさ、そもそも私に勝てるものなどいないよ。事実、君たちだって何も出来なかっただろう?」
「それでもリクは勝つ。必ず妾達を助けに来る」
激情を隠さないエルとは違い、淡々と語るルーシー。だがその言葉にはリクへの確かな信頼が内包されている。
そしてシエルは二人の様子に違和感を覚える。
「……君たちは彼がここに戻ってくるとでも?」
その言葉に対して二人は一片の疑いもない表情で首肯する。
次の瞬間、二人の目の前に黒いゲートが現れフーとアイ、そしてリクが姿を表す。
「「リクっ!!」」
来ると信じていた。それでもその姿を目にすると涙が溢れて止まらない。
「二人とも、待たせてごめん。フーとアイのお陰だよ」
二人に向けて柔らかな表情を見せるリク。
「うん……うん、ありがとう。フー、アイ」
「本当に……よく連れてきてくれた。ありがとう」
「うん、お母さんたちも無事で良かった!」
フーが二人に向けていつもの笑顔を見せる。
「二人は私が守るわ。リクはあいつをお願い!」
今ここに来た三人にも、それが一目で桁外れの強者だと分かる。
「……何だと?」
その言葉には二つの意味が込められている。一つはもちろんリクがここに戻って来たということ。そしてもう一つは、誰も認識できていなかったはずのシエルの攻撃がリクに止められたことだ。
リク以外のボーデンを含むすべての者が驚愕している。何が起こったのか全く理解が出来ていない。気付いたらシエルがリクの背後から襲いかかっており、それをリクがガードしている。
「それがお前の能力か」
「……何故、何故刹那の世界で動くことが出来る!?」
シエル張り付けたような薄笑いがが困惑と驚愕に染まり、声を荒げさせる。
その疑問が解けぬまま、体の大きさを生かそうと再び竜の姿をとる。
時空竜独シエルが持つ自の能力は二つ。異世界を含むあらゆるところへの転移。そして刹那の世界での行動だ。
リクが反応強化魔法をフルに使った場合、シエルと同じ刹那の世界で動くことが出来る。
そしてリクこそがこの世界で唯一それが出来る存在、天敵だ。
「……認めたくはないが、お前は私にとって厄介な存在なようだ。それならばここで殺すだけだ」
自らのアドバンテージを生かせないのであれば、竜種として肉体の強さも併せて、リクを殺すとシエルは決める。
リクには分かっている。この戦いは一瞬で終わることが。自分は渾身の一撃を当てるしか勝ち目がないのだから。
一人と一体が構えをとり、戦いが始まる。その始まりは静かなものだった。それは単純に互いが渾身の一撃をぶつけ合う戦い。先にそれを当てたものが勝利を得る戦い。そしてリクとシエル以外には、決して見ることの出来ない戦い。
リクとシエルは極限の緊張感の中で構えをとる。もちろん互いにこの戦いが一撃で終わることを理解している。
リクは相手の出方を待つと腹を決めている。カウンターの一撃こそが自らの勝機だと信じる。
シエルは疑心暗鬼に陥り、次の行動を迷う。自分から動くべきかリクの動きを待つべきか。
リクはシエルの弱点を見抜いていた。そしてアイとの戦闘訓練で得た経験、わざと隙を見せてカウンターを狙う作戦が有効だとリクは確信していた。
シエルの弱点、それは圧倒的な力を持つことによる実戦経験の少なさ。自分だけが動ける世界で相手を蹂躙する。それは決して戦いでなどはでない。
即ち何万年もの時を生きてきて、今初めてシエルは実戦を経験する。
故にシエルは動く。ズタズタの精神状態では、リクの動きを待つことなど出来なかい。それほどまでに原初の竜種は精神的に追い詰められていた。だからこそ初手はリクの一撃を受けるのではなく、自分が先手を取って終わらせようと考える。
それは決して間違った選択肢ではない。そう、相手がリクでなければ。
刹那の世界でシエルが右前足をリクに向かって伸ばす。それは確実にその命を刈り取る一撃。その渾身の一撃は誰の目にも映ることはない、唯一人を除いて。
そしてその一人は左腕を使って受け流そうとすと同時に、右拳で渾身の正拳突きを転移魔法によってシエルの逆鱗へと叩きこむ。受け流した瞬間に激痛が走るが意に介さない。渾身の一撃を放ったシエルは、それをかわすことが出来ずに直撃を受ける。
そしてシエルはその場に倒れ込む。反応強化魔法と身体強化魔法をフルに使った一撃だ。シエルといえども耐えられるものではない。
それを確認するとリクも倒れ込む。その左上半身はシエルの一撃をによって抉り取られていた。
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