第87話 二人のもとへ
「……ここは?っ痛」
時空竜シエルによって元の世界に戻されたリクが意識を取り戻し、辺りを見渡す。そこは見覚えのある場所だった。幼少期から自分が多くの時間を過ごした場所。自宅の道場の中だ。
「……なんで?」
土竜ボーデンとの戦いによって痛む頭を働かせて記憶を辿る。
「……ボーデンに回し蹴りを放って、それから……」
リクはボーデンとの戦いの後、エルとルーシーが自分に駆け寄ってきた時には既に意識が無かった。そんな彼にこの状況は理解出来るはずがない。ただ一つ分かることは恐らく元の世界だということ。
リクはとりあえず状況を把握するために自宅の方へと向かう。よく知るキーボックスの中の鍵を取り出し自宅に入るリク。電気、水道はやはり止められているようで使用は出来ない。
家の中は埃こそたまっているものの、特に荒れた様子はない。家具の配置、柱につけられた傷、少しへこんだ壁。全てがリクの記憶の中のものと一致している。
「……間違いない。やっぱりここは俺の家だ」
リクは現状について整理しようと考える。
まずこの状況について、考えられることは元の世界に飛ばされたこと。または魔法でそういう夢を見せられているということ。ただ前者の可能性の方が高そうだとリクは思う。と言うのも魔法の気配をまるで感じない。ここが魔法による夢であるのならば体はまだ異世界にいるはず。だが周囲の魔素を感じないし、自身の魔力も感じない。もしかするとそういうことも出来るのかもしれないが、リクには一つの仮説があった。
それはこの状況が召喚の魔法陣を作った存在の能力によるものではないかということ。リクは元の世界と行き来することが出来ないかと考え、その存在をずっと考えていた。そんなものを作れる者であれば、それも可能なのではないだろうかと。
そしてその存在とは誰なのか。おそらく上位竜だとリクは結論付けていた。自分に敵意を持っており空間魔法に長けているもの。どの竜種も転移魔法を普通に使えるのだから、上位竜は更なる能力を持っていても不思議はない。
「……エルとルーシーが危ない!」
思えばヴァーサは二人を見たときに興味深そうにしており、いきなり俺たちが自由に動けるように契約内容の変更を申し出てきた。そしてヴェントは明らかに二人を見てあなたたちと言っていた。二人はおそらく竜種にとって重要な存在か何かなのだろうと推測出来る。そして上位竜は邪魔な自分を異世界に戻したのだと。
だが二人が危険だと思ってもそこに駆けつける術がない。自分の命すら投げ出しても助けたい二人の危機、なのにそこにいられないというもどかしさで気が狂いそうになる。自分はこの世界に未練などない。すぐにでも二人のもとに行きたい。そう思っているのにどうにもならない。
二人の笑った顔、二人を抱き締めた感触、二人の唇の感触がリクの心をかき乱す。
もう一度二人に会いたい
もう一度二人に触れたい
もう一度二人を抱き締めたい
もう一度二人にキスをしたい
もう一度二人に愛していると言ってあげたい
もう一度二人に愛していると言ってほしい
もう一度……
もう二度と叶わないその願いに絶望し、慟哭する。
「お父さん!」
「リク!」
聞きなれた声がリクの耳に届き顔を上げる。するとそこにはここにいるはずのない二人、フーとアイがいた。
「……どうして?」
「迎えに来たよ!お母さんたちのところに行こう!」
呆然としているリクにフーが笑顔で手を差し伸べ、アイはリクに向かって大きく頷く。フーがここに来ることが出来た理由などどうでも良かった。ただただ愛しいエルとルーシーのところに行けるという事実があればそれで良かった。
「……ありがとう、フー、アイ。迎えに来てくれて」
「うん、でもヴァーサのお陰だよ」
その言葉でリクはヴァーサが自分は敵対しないと言っていたことを思い出す。ヴァーサはきっと出来る範囲で助けてくれているのだろう。
「フーちゃん、ヴァーサからの伝言を伝えないと」
「あっ!そうだった」
「伝言?」
「うん、ヴァーサは一言だけ伝えてくれって。『お前しか勝てない』って」
その言葉の意味をリクは思案する。わざわざ伝えてきているということは、これを理解していないと勝つことは不可能ということだろう。ただの激励であれば『お前なら勝てる』と言うはずだ。『お前しか』というところに意味があるのだろう。
「お父さんごめんね。私はあいつの能力とかも知ってるけど教えられないの。こうやってお父さんを助けに来ることは出来るけど……」
フーが表情を曇らせて、心底申し訳なさそうにリクに謝ってくる。だがリクからすれば、二人を助けるチャンスをくれたフーに謝られる理由などない。
いつものようにフーの頭を優しく撫でる。
「気にするな。こうやって来てくれただけで十分だよ、俺がちゃんと倒しかたを考えて二人を助ける」
「うん!」
力強い言葉に安心して、いつもの笑顔で頷くフー。リクはその期待に応えたいと強く思う。
「たぶんリクにしか出来ない能力に勝機があるってことよね」
「ああ、そうだな。そうなると身体強化魔法と、反応強化魔法だろうな」
アイが力になろうとリクの思考を補助してくれる。
「うーん、確かにリクの身体強化魔法は桁違いの練度だけど、リクしか勝てないって言葉からすると違う気がするな」
「反応強化魔法か…」
考えられることは反応強化魔法でないと対抗できない相手だと言うこと。リクのそれはまだ未完成だ。尤も自身へのダメージを顧みなければ使用はできる。だが一撃で決めなければ今の身体強化魔法の練度では体が耐えられない。
ただ、ヴァーサが忠告しているとなると、リスク承知で常に全力の反応強化魔法を発動していないと危険かもしれない。
「……今回の戦闘は私じゃ力になれないかもしれないね」
アイが歯噛みし、残念そうな表情を見せる。彼女としては今回はリクと一緒に戦うつもりで来たのだろう。
「まだ分からないさ、それにエルとルーシーの状況も気になる。アイが居てくれると助かるよ」
「そうね、二人の安全も確保しないといけないよね」
リクの言葉にアイは両拳を握り、分かりやすくやる気を見せる。
「とりあえず方針は決まったな。フー、二人のもとへは行けそうか?」
「うん、やっぱりお母さんたちはすごいよ。この腕輪がなかったら戻れなかったもん」
リクの言葉にフーは腕輪を見せながら答える。やはり異世界への転移となると、同一世界内での転移よりも魔力を使用するようだ。エルの腕輪を使ってなんとか二人のもとへと行けるという程だった。
そして問題は魔力消費量だけではない。この世界にはほとんど魔素が存在しない為、自然回復が見込めず手詰まりとなるところだった。
「そうだな、あの二人は本当にすごいよ。じゃあフー頼むよ」
「うん!」
フーが手をかざすと腕輪が反応し黒いゲートが出現する。
そして三人は転移する。エルとルーシーが待つであろうその場所へと。
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