第86話 迎えに行こう
スプール王国騎士団の宿舎。その一室でフーとアイは談笑をしている。フーは好奇心旺盛でリクが元いた世界に興味津々だった。そして彼からいつも話を聞いていたが、アイからも聞きたいとせがみ色々と話をしてもらっていた。
「っ!?」
楽しそうに話を聞いているフーの表情が驚愕に染まる。そのあまりの変化にアイにも彼女が何かを感じたのだろうと理解出来た。
「フーちゃんどうしたの?」
「…どうして?…お父さんの魔力が消えた?」
「え?どういうこと?」
アイには離れたところにいる者の魔力を感じることなど出来ない。と言うよりも普通はそんな芸当は出来ない。ただしフーとて誰の魔力であっても感知出来るわけではない。出来るのはリクとエルとルーシーだけ。つまり家族の魔力だけは離れていても感知することが出来る。そしてそれをマーカーとすることで、家族の下へと転移することが可能だった。
そして今、常に感じていた父親の魔力を感じられなくなった。その事実が良いことでないのは明らかだった。フーの顔が驚愕から深い悲しみに染まり、その目からはいまにも涙が零れ落ちそうになる。
「…分からない。もしかしたらお父さん…」
フーにはその先の言葉を紡ぐことは出来なかった。魔力が消えたのであればもはやこの世界にいないということ。最も可能性の高い最悪の結果がフーの頭をよぎる。つまりリクが竜種との戦闘で命を落としたのではないかと考えずにはいられなかった。
最初は困惑していたアイだったが、フーの様子から何となくの事実を察する。そして沈痛な表情を浮かべて声を発しようとした次の瞬間、フーの目の前に黒いゲートが現れ銀の腕輪が飛び出す。二人がフーの足元に転がる銀の腕輪に視線を落とし、再び顔を上げた時にはゲートは影も形もなくなっていた。
「これ、エルお母さんの…」
「え?じゃあ今のはエルの転移魔法?」
二人の混乱はさらに深まる。リクの魔力が消えたと思ったら、エルが魔力を蓄積する銀の腕輪をフーに託してきた。腕輪だけを寄こしたということは、それしかできない状況が起こっているということだろうかと考える。そしてフーに助けを求めているのではないかと。
しかしどう動くべきなのかが二人には分からない。フーであればエルとルーシーのところへ転移することも可能だ。しかし彼女たちが危険だと感じるところに二人が赴くことは良策とは思えなかった。
そもそも腕輪は緊急退避にも使える大事な物だ。自分たちのところに来いということを示すために手放すとは考えにくい。わざわざフーに寄こした理由が絶対にあるはずだと二人は考える。
『フー聞こえるか』
「え?ヴァーサ?」
しばし二人が頭を悩ませていると、フーの頭の中にヴァーサの声が響き渡る。それは竜種同士の念話だった。当然アイには聞こえない。
「…?フーちゃん?」
「アイお姉ちゃん、ちょっと待ってて。ヴァーサが頭の中に話し掛けて来てる」
フーの言葉にアイは頷いて成り行きを見守る。そして竜種同士ならば連絡を取ることが出来ると聞いていたことを思い出す。
『リクは元の世界に戻された』
(え?なんで?どうやって?)
突然のヴァーサの言葉に混乱するフー。それを落ち着かせるようにヴァーサが語り掛ける。
『その質問に答えることは出来ん。お主も竜種であれば分かるはずだ』
(…うん)
ヴァーサの言っていることがフーには何故か分かる。ヴァーサでも上位の竜種の記憶を消すことは出来ない。
『フー、お前ならリクを迎えに行けるはずだ』
(え?でも私は異世界になんて行けないよ?)
『難しいがリクの魔力を辿れば行ける。お前たちは仮初の物ではなく本当の家族の絆を作った。であれば異世界であろうと魔力を辿ることが出来る。ただし世界間を跳躍する転移には莫大な魔力が必要になる。お前の魔力量でも往復できるかが分からん』
(お母さんから魔力を込めた腕輪を貰ったよ!)
ヴァーサの言葉を聞いて漸くエルの考えをフーは理解する。感覚的にエルとルーシーには分かっていた。リクの元に行くだけであればフーの魔力量でも恐らく行けると。ただし帰ってくることが出来るかどうかが分からない。そのため保険として腕輪をフーに託した。フーとエルの魔力量ならば行って帰ってくることは出来るはずだと。
『そうか、さすがエルとルーシーだな。瞬時にその可能性に気付いたのか』
(ヴァーサがお父さんを迎えに行くのは出来ないの?)
『ああ、我がリクを連れ戻すことは、奴にとって直接不利になると見なされる。だがフー、お前は別だ。今やお前とリクの関係は奴とお前の関係よりも深くなった。だからリクを助ける事ならば、お前は制約から解き放たれる。しかしお前でも奴の情報を漏らすことだけは出来ぬ、それは覚えておけ』
奴とはもちろん時空竜シエルだ。ヴァーサにとってもフーをリクに預けるのは一種の賭けだった。リクがフーに愛情を注ぎ、愛娘として育てていなければ彼を助けに行くことは出来なかった。
他の竜種を物のように扱うシエルと、フーを愛娘として愛情を注ぐリク。どちらが深い関係かは言うまでもない。
(分かった!やってみる!)
『念のためアイを一緒に連れていけ。異世界のことはフーでは分かるまい。そしてリクに一言だけ伝えて欲しい』
(うん、なんて言ったらいいの?)
『お前しか勝てない、そう伝えてくれ』
それ以上は言えないのだろうとフーには理解出来た。そして自分には分からないが、この言葉にこそシエルを倒すヒントが隠されているのだと。
(……分かった!行ってくる)
『ああ、頼んだぞ』
ずっと目を閉じてヴァーサと会話をしていたフーが目を見開く。そしてその表情は先程までとは違い希望に満ちたものになっている。アイにもヴァーサとの話が終わり、やるべきことが分かったのだと推測できた。
「フーちゃん、終わったの?ヴァーサはなんて?」
「うん、アイお姉ちゃん。お父さんは元の世界に飛ばされちゃっただけみたい。ちゃんと生きてるよ!だから迎えに行こう!」
「え?リクが?私たちの世界に行くの?」
アイが驚いて目を白黒させる。リクが生きているという事実は純粋に嬉しい。だが異世界への転移など聞いたことが無い。実際自分も元の世界に戻る術などないと聞かされていたのだから。
「うん、ヴァーサの話ではお父さんの魔力を追えば異世界にも行けるって。でも異世界に転移するのは、たくさん魔力を使うからお母さんたちは私に腕輪を渡したみたい」
そこまで言ってフーはふとあることに気付き、寂しそうな顔をして話を続ける。
「……アイお姉ちゃん、元の世界に帰る?」
アイは頭を振って、フーの頭を撫でながら答える。
「私はこの世界に残る。きっと、ううん、絶対にリクもそうするでしょ?」
フーがいつもの大輪の花のような笑顔を見せる。そしてアイに抱き着いて言う。
「アイお姉ちゃん、お父さんに好きだって言わないとダメだよ?」
「え?な、な、なんでそれを?」
まさかのフーからの指摘にアイが激しく動揺する。今の状況でそんなことを言われるのは予想外だったし、フーにそんなことが分かるなんて思ってもみなかった。
「だってお母さんたちから手伝ってあげてって言われてるから」
思い起こせば無邪気な振りをしてアシストしてくれていたフーの行動が次々と思い当たる。アイは全く気付かなかった自分が恥ずかしくて顔を覆う。しかしフーにここまで言われたのだから、覚悟を決めない訳には行かない。
「……ありがとう、これが終わったらちゃんと伝える」
「じゃあお父さんを迎えに行こ!それからお母さんたちを助けに行かなきゃ!」
「そうだね!行こう!」
アイはフーにの目をまっすぐ見るとしっかりと頷く。
フーは目を閉じてリクの魔力を探す。今までよりも深く、さらに深く集中する。
「……いた!」
遥か遠くにあるリクの魔力を何とか見つけたフーが目の前に黒いゲートを作り出す。
そして二人はゲートの中に姿を消す。その先にいるリクを迎えに行くために。
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