第84話 土竜ボーデン

 関係のない話をしたことで少しリラックスをした三人が、ダンジョン探索の準備を終えて入口に立つ。高さ三十メートルほどの巨大な岩に十メートルほどの口が開いているような感じだ。その口の中は真っ暗でラビュリントスのように視界が効きそうにない。


「ルーシー頼める?」


「任せておけ『光球』」


 ルーシーを中心に十メートル程は視界が十分効くようになる。やはりあまり探索に来るもののことを想定していないような感じを受ける。


「『探索』を使ってみても魔物の気配はないのう。やはりダンジョン運営はしておらんようじゃ」


「とりあえず奥に進んでみましょうよ」


 その言葉通りやはり魔物と遭遇する気配はない。もしかしたら壁から産まれるかもしれないので警戒だけは解くことなく進む。すると少し開けた場所に出てその中心には転移魔法陣がある。


「あれに乗って来いってことかな?」


「恐らくそうじゃろうな、竜種まで直行かもしれん」


「まあいずれにせよ行かなきゃね」


 ここで迷っていても仕方がない。周りを見る限り別の道があるようにも見えないので、罠かもしれないが魔法陣に乗って魔力を通す。もちろん転移してすぐ攻撃という可能性は十分あるので、迎撃態勢を取っておく。

 目の前が一瞬白くなり、出たのは先程と同じくらいの開けた場所。


「よく来たな。俺は土竜ボーデンだ」


 完全に人型の竜種がそこにいる。見た目の年齢で言えば三十前後くらいだろうか、その通りであれば一番心技体が充実しているころでかなりの強敵であると窺える。濃い目の灰色の短髪にルーシーよりも濃い褐色の肌、目の色も肌と同じだ。


「俺はリクだ。こっちがエルとルーシーだ」


「ああ、知ってるよ。わざわざヴァーサが教えてくれたからな。リクは格闘家でかなりの物なんだろう?」


「格闘家なのは合ってるよ。かなりの物かどうかは知らないけどな」


 やはりヴァーサから情報が伝わっているようだ。そしてヴァーサの言った通り、やはり好戦的なタイプだと今の会話だけでも分かる。


「謙遜するなよ。そんなものは強者のすることじゃない。竜種を倒してんだからそれなりの態度をしてくれ」


「俺一人の力じゃないからな。二人がいなかったら勝ててない」


「ふーん、成程な。それじゃあ俺とは一騎打ちをしようぜ。どうせヴァーサからもそうなるって聞いてんだろ?」


 ヴァーサからは土竜は戦闘中毒者だからと聞いていたので、当然こうなる展開は予想している。もちろんリクもそのつもりでここまで来ている。一騎打ちを提案されたとて今更引くわけがない。


「ああ、俺とお前の一騎打ちでいいな」


「いいねえ!楽しくなりそうだ!ここには誰も来ねえから暇で仕方ねえんだよ!」


 雰囲気が変わり、さらに口調が荒々しくなってきている。いつ襲い掛かってきてもおかしくない状況だ。リクは身体強化魔法を発動させる。今回の属性は風だ。


『風纏』


 リクの身体が緑の魔力で覆われ、魔法銀の手甲がそれに応える様に緑色に染まっていく。

 ボーデンはそれを見て心底楽しそうに笑っている。根っからの戦闘中毒者のようだ。


「やる気満々ってわけか!いくぜっ!」


 次の瞬間ボーデンの姿が消える。リクの目で追えない程早いのだ。フーの速度とは比較にならない。やはり全盛期の竜種、それも人型となっているのでさらに速度が増しているようだ。

 リクが気が付いたときにはリクの腹筋をボーデンの拳が貫いている。身体強化魔法による障壁を張っていても内臓までダメージが通ってしまう。


「っげほっっ…」


 内臓へのダメージでリクが吐血する。エルとルーシーにも何が起きたのか理解できていない。気が付いたらリクが吐血しており、二人の顔が驚愕に染まる。


「かってえなぁ!腹に風穴開けるつもりだったんだがなっ!」


 蹲るリクに称賛を浴びせた後、右の回し蹴りをリクの左側頭部に向けて放つ。何とか反応したリクは手甲でそれをガードするものの十メートル程吹き飛ばされて壁に激突する。


「…なんだ…この力」


 思わず呟いたリクだが、すぐにその理由に思い至る。人型とは言え竜種。人族とは作りが違うはずだと。恐らくボーデンは体重が竜種と同じ、もしくは人とは比べ物にならない程重いのだと考えつく。その体をあのスピードで操るのだから筋力もずば抜けている。

 間違いなく物理攻撃の頂点にいる存在だ。思わずリクの口角が上がる。


「最高の相手だ…出し惜しみしている時じゃないな!」


 リクは身体強化魔法の度合いを一気にフル強化の三十倍まで引き上げる。加えてあの速度を見切れなければ勝ち目はない。五割程度の反応強化魔法を重ね掛けをする。


「最初っからそうしてればいいんだよ!お陰で目が覚めたみたいだなぁ!」


 再び飛び込んでくるボーデン。直進する勢いのまま先程と同じ場所を狙うと見せかけて、直前で停止すると左のレバーブローを叩きこもうとしてくる。

 だが今回のリクはそれを視界にとらえている。レバーブローを放つのを確認すると一気に距離を詰めて、大外刈りの要領でボーデンを地面に叩きつけ、その頭蓋を粉砕するほどの勢いで拳を叩きつける。

 間一髪体をよじってかわすボーデン。リクの拳が打ち抜いた地面はまるで隕石でも落ちたかのようなクレーターを作り出す。

 反応強化魔法によって攻撃の速度を上げているのだから威力は単なる身体強化魔法の比ではない。そしてその威力は確実にリクの体に返って来てしまう。一撃で骨折とはいかなくても弾数制限があるのは間違いない。


「はっは!おっかねえ威力だな!死んだかと思ったぜ!」


「笑いながら言われても説得力がないな」


「お前だって笑ってるぜ?どうやら似た者同士のようだなぁ!」


 言い終わるや否やボーデンが高く跳躍する。天井につきそうなほどだ。


「飛んだ?着地を狙う?いやっマズい」


 相手の狙いを逡巡したリクが一気に後ろに飛ぶ。瞬時にボーデンの着地位置から十メートルは離れると元いた場所が爆発する。超高重量の竜種が一点に集中して落下したのだ。先程のリクの拳で作ったクレーターと同サイズのものが出来上がる。


「よく冷静に判断したな!やっぱ最高だわ!」


 戦闘時に熱くなっていると下から迎撃したり、着地点を狙ってしまう。それを狙った一撃だった。もちろんそんなことをしていればただでは済まない。


「殴り合いが好きなんだろ?足を止めてやろう」


「正気かよ!?いいねえ!お前は最高に狂ってやがるぜぇぇぇ!!!!!」


 リクの申し出にボーデンは狂人のごとく叫ぶ。

 そして二人は特別なこともせずひたすらに殴り合う。渾身の一撃はそうそう当たるものではない、細かい打撃を当てることに二人はシフトしていた。

 とは言え相手は竜種。いくらリクが強いと言っても圧倒的な体力の差、体重の差がある。その分リクの方が強く打たなくてはならないし、打たれた時のダメージが大きい。両者の顔面がみるみるうちに鮮血で染まっていく。

 エルとルーシーも二人が足を止めて打ち合っている為、状況を理解出来ている。このままでは体力で劣るリクが負ける。そう思った瞬間。


「…あ?」


 間の抜けた声を上げたボーデンの膝が落ちる。そしてリクの左回し蹴りが丁度いい高さになった右側頭部に直撃し、ボーデンは完全に沈黙する。そして蹴りを放ったリクは膝をついて動かない。


「え?リクが勝ったの?」


「…どうやらそのようじゃな」


 とは言えリクの体力もすでに限界に達しており、片膝をついて大きく息をしている。目の上を大きく切って口や鼻からも血が噴き出している。慌てて二人が駆け寄ると呼吸音がおかしいことも分かる。それを見たルーシーが『超回復』で治療を始める。

 やがて血は止まり傷はふさがっていくが脳のダメージは抜けていないようで意識が朦朧としている。


「…もういやだ…もうやだよ」


 二人が傍に来ても反応せず、焦点の定まらないリクの様子を見てエルがぼろぼろと涙を流しながら声を絞り出す。確かに死にはしなかったかもしれないが、死んでもおかしくない状況だった。

 ルーシーもやはり涙を流して、消え入りそうな声で呟く。


「……なんで分かってくれない…」


 ついに意識を手放したのか倒れこむリクをエルとルーシーが優しく包み込む。確かに危険な状況だったが、彼は生きている。ただただそれだけが救いだった。そして二人は決意する。彼を戦わせることはもうしないと。

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