第83話 いざ魔族領へ

 出発の当日リクたちはフーを預けるためにアイの下を訪れる。アイの話ではアメリアが融通を効かせてくれたようで、外に出るような仕事はフーがいる間はしなくて良いということだった。


「フー、いい子にしてるんだぞ。じゃあ行ってくるな!アイ、フーを頼む」


「いってらっしゃい!お父さん、お母さん」


「リク、エル、ルーシー気をつけてね!」


 三人はフーとアイに別れを告げて転移する。転移先は以前グラシャ=ラボラスと初めて遭遇した場所だ。奴と遭遇する恐れが無いわけではないが、三人そろっている状態で戦闘を仕掛けてくるとは思えないので危惧する必要は無いと判断した。

 到着するや否や、エルとルーシーが胸を張ってリクに自慢を始める。どうやら移動用の魔道具を作って来たとのことだ。


「どうよこれ!素晴らしい魔道具でしょ!」


 エルが自信満々に収納空間から取り出したのは馬車だ。しかしなぜか馬がいない。


「もしかして馬なしで走るの?」


 リクの質問に今度はルーシーがニンマリとして答える。よっぽどの自信作らしい。


「そういうことじゃ、我らの研究の成果をとくと味わうがよい」


 ひとまず乗ってみようと思いリクは中に入ってみる。中はある一点を除き通常の馬車とほとんど変わらない。唯一運転席があるのが大きな違いだった。ちなみに運転席には魔法陣が仕込まれたハンドルがあった。それを見てリクは得心が行く。以前二人がリクの世界にある移動手段はどんなものがあるか聞いてきたことが繋がった。その時に二人が一番食い付いてきたのが車だった。どうやって走るのか、止まるのか、曲がるのかを事細かに聞かれたことを思い出す。もちろんリクにそんな知識は無いので形状などを伝えるだけにとどまっていたが。


「原理は簡単よ。ハンドルの魔法陣で作った軌道を馬車が走る。止まるときには魔力の供給を止めて、車輪を止める魔法陣を発動する。それだけね」


「言っていることは確かに簡単そうだけど、作るの大変だっただろ?」


「そうじゃな、我が家にこもりっきりでやっと出来上がったものじゃ。サプライズじゃ」


 そんな言葉どこで覚えてきたんだと思うが、確かにこれはサプライズだ。まさかこんなものを作ってしまうなんて、つくづくうちの嫁はすごいとリクは思う。

 しかし通信魔道具と同様これも完全にオーバーテクノロジーだ。御者の仕事を完全に奪うのでおいそれと外には出せない。とは言え今回は向かう先が人がほとんど立ち入らないダンジョンなので問題ないだろう。


「まあそこそこの魔力量が無いと動かせないからね、そんなに需要は無いかも」


「そこそこってどれくらい?」


「少なくとも妾たちの十分の一は必要じゃな」


 これを聞いてリクは安心する。二人の十分の一の魔力を持つ者など殆ど存在しない、ファングのアキやアイリスレベルだからだ。二人の魔力量は文字通り桁が違うので、これを作ってくれと言われても動かせる人はいるのかと言う話になる。

 この先、魔力を運動エネルギーに変換する効率が良くなり、少ない魔力量でも運用できるようになったら考えればいいことだ。もしかしたら原付のような小型の乗り物であれば、魔力も少なくて済むので普及するかもしれないとも考える。


「さあ、魔族領のダンジョンに向かって出発じゃ」


 まずはルーシーが運転する様だ。リクも期待に胸が躍る。やがてゆっくりと馬車が進みだし、時速三十キロほどの速さになる。


「おお!本当に動いてる!しかも結構早い!」


「当たり前でしょ?ちゃんとテスト済みなんだから」


「これは楽でいいな!すごいよ二人とも」


 リクからのストレートな讃辞に二人は少し頬を朱に染めて礼を言う。この調子で行けば明日には十分着けそうだと三人は思う。アイにフーを預けている以上、早めに帰りたいと思っているので、これは喜ばしいことだった。

 その後二時間交代でエルとルーシーが運転するが、夕方になり日が落ち始めたので今日は野営をすることとなった。かなり順調なペースだ。

 広々としたテントを出して野営の準備をする三人。今日の夕食はアイが作って持たせてくれたサンドイッチとおにぎり。おかずは腸詰肉と卵焼きだった。収納魔法では時間が経過しないらしく腐る心配も無い。なので昼食は適当に保存食で済ませて、夕食でゆっくり食べようということになっていた。


「美味しい!」


「うむ、さすが料理上手と言うだけあるな」


「だろ?料理だけじゃなくて家事全般得意らしいから、アイはいいお嫁さんになるだろうね」


 その言葉に二人がぴくっと反応する。それを見たリクは完全に失敗したと思う。嫁二人の前で他の女性を誉めるなんてどうかしていると。

 しかし二人はリクを怒ることなく、にこやかに相槌を打つ。嫁二人の完全に予想外の反応に思わず恐怖するリクだった。

 ありがたくアイの弁当を完食した三人は明日のダンジョン探索に備えて早めに寝る。だだっ広いテントの真ん中に三人で寄り添って眠る。いつもと違うのはフーがいないことだ。


「フーがいないと寂しいね」


「そうじゃな」


 三人が思っていることをエルが言う。フーはもう三人にとってかけがえのない家族だ。仕方ないこととはいえ、やはり離れると寂しく感じる。


「明日さっさとダンジョン探索をして帰れればいいんだけどな。どれくらいの深さか知ってるか?」


「それが良く分かっておらんのじゃよ。そもそも場所からして挑戦する者もほとんどおらんのでな」


「確かにここに来るまでにも全く集落が無かったわね」


 リクたちは大陸の西端を北上している。目的のダンジョンは大陸の北西端にあると言われているためだ。ルーシーの話では西の方は海風が強く越冬することは困難らしい。そのため魔族の集落はもっと東寄りにあるということだった。


「となるとダンジョンとして機能してるかどうかすら怪しいんじゃないか?」


「そうね、誰も来ないダンジョンを運営するなんて馬鹿馬鹿しいわよね」


「ならば好都合という物じゃ、さっさと土竜の加護を貰ってフーの下へ帰ろう」


 ルーシーの言葉に二人は首肯する。そしておやすみのキスをして眠りにつく。願わくば明日何事も無くフーの下へと帰れるようにと思いながら。


 翌朝三人は目覚めると保存食で朝食を済ませて、早速出発する。魔素濃度が濃いと言われる魔族領の為、交戦はやむを得ないと思っていたのだが、幸いなことに昨日の出発から一度も魔物に遭遇することが無かった。未だリクの実戦参加は二人から許可されていなかったので有難いことだった。

 実は魔物が寄ってこなかったのはこの馬車のおかげだ。その構造上、馬車を動かすためにエルとルーシーの魔力を駄々洩れにしているようなものだった。二人の魔力を感知すれば強者であることなど遠くにいても分かるので、わざわざ近づこうとするものなど皆無だ。いくら魔物とは言えむやみやたらに強者に挑むことはしない。


「む?どうやらあれのようじゃな」


 運転するルーシーが前方にある洞窟を発見する。厳かな神殿のような様相だったラビュリントスとは比較のしようもない。リクはそれを見て大学時代に行った鍾乳洞を思い出す。


「分かっていたけど、ただの洞窟だな」


「そうね、とても竜種が存在するダンジョンとは思えないわ」


「とりあえず少し早いが食事をとって、万全の状態で挑むということで良いか?」


 ルーシーの提案に二人は異存ない。ダンジョン探索前最後の休息を取る。

 緊張を解す為なのか、エルが全く関係のない話を振ってくる。


「そう言えばフーとアイとフォータムに行ったんでしょ?」


「ああ、そうだな」


「妾も聞いておきたいのう。どこに行ったのじゃ?」


 なぜか身を乗り出して聞いてくる二人に気圧されながらもリクが答える。


「ミアのところだよ。アイが服を見たいっていうのと手料理を作ってくれるって言ったから、食材を買うためにね。なぜかニアもいて参ったよ」


 その時のことを思い出してリクが嘆息する。その様子で二人は何があったか十分に察することが出来た。


「あー、私たちがいるのに浮気するなんてーって感じかしら?」


「そうそう、フーがアイは友達だよって言ってくれたから助かったけどね」


「しかし三人で歩いて居れば家族のようじゃろうな」


「それ、フーも言ってたよ。いきなりそんなこと言うからビックリしたよ」


 その言葉を聞いて二人は頷き合う。どうやらフーはきちんとミッションをこなしているようだと理解出来た。


「しかしいきなり手料理とはね。してやられたわ」


「全くじゃな。妾たちも負けて居れぬな」


「なんでアイと張り合うんだよ?」


 リクの言葉を聞いて嘆息する二人。やはりアイはまだスタートラインに立てていないと再認識するのだった。

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