第82話 過去
五人は深淵の森へと転移する。アイは初めて来るのだがのんびりしている暇はない。とにかくヴァーサの下へと一行は向かう。
「よく来た。水竜ヴァーサだ、お主がアイだな?」
「…初めまして、アイです」
一度風竜ヴェントを見ているとはいえ、やはりヴァーサの雰囲気に少し圧倒されている様子のアイが何とか自己紹介を返す。
「早速だが我に一撃入れてみてくれ」
やはり加護を受ける資格があるのかを見る必要はある様だ。その言葉を聞いてアイはリクの方を向く。リクが頷くと、アイがヴァーサに向き直り身体強化魔法を発動させ左手をヴァーサにかざす。
瞬間轟音と共に雷がアイの左手からヴァーサに向かって走る。
「…素晴らしいな。これならば加護を与えることが出来る」
そう語るヴァーサの鱗には剥がれている個所がある。生半可な攻撃ではヴァーサにダメージを通すことなど出来ないので、十分な威力の証明となる。
アイの雷撃は身体強化魔法との併用で威力を増していた。このことから理論は不明だが、スキルの威力は身体能力に依存するとリクは考えている。
そしてアイに与えられるヴァーサの加護。ヴェントの時は貰えなかったので初めての感覚だ。
「なんとなく力があふれる感じがする、かな?」
「…そうか」
リクが僅かに表情を曇らせる。どうやらアイの魔力量はリクよりも多いらしく、加護による魔力の変質を感じ取れるらしい。少し悔しいがこればかりは努力でどうこうならないので仕方ない。
「リク、土竜の加護を受けに行くのだ。エルとルーシーには話をしている。詳しくは二人から聞くと言い」
そう言い残すとヴァーサは湖の中へと帰っていく。
五人はアイが騎士団へ戻る時間までリビングで話をすることにする。初めて入るリクたちの家に少し嬉しそうな表情を見せるアイだが、時間が無いので話を進める。
そこでリクたちは二人から戦闘中毒者だという土竜の情報と、フーをアイに預けるつもりだという話を聞く。
「ということでアイにフーを頼みたいのだが大丈夫か?」
「預かるのはいいよ。でも私が騎士団の仕事の時は一人になっちゃうけど、フーちゃんは大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。本当はついて行きたいけど約束だから」
フーは竜種の下へは連れて行かない代わりに、他のところへはついて来ても良いという約束をきちんと覚えていた。少し寂しそうな顔を見せるフーにリクたちは心が痛むが仕方のないことだ。
「フー、すぐ帰ってくるからな」
「うん。私ちゃんといい子にして待ってるから、元気に帰って来てね!」
健気なフーの頭を三人が撫でてやると、その愛情を感じてフーは嬉しそうに目を細めている。アイにはその家族の様が羨ましく思える。
「じゃあ出発は三日後、悪いけどアイはフーを預かる許可を取っておいてくれ」
「うん、分かった」
そしてその日はリクとフーでアイを騎士団の宿舎まで送って別れる。
翌日、リクは焦っていた。転移魔法を使用した攻撃が未完成だったからだ。明後日の遠征からまた大きく歯車が動き出すのは確実なのに、やるべきことが終わっていないのは大問題だ。
「じゃあ次は転移魔法使って鬼ごっこだよ!」
「ああ、いいぞ」
転移魔法を使った鬼ごっこは主にリクの練習だ。飛び回るフーを腕だけ転移させて捕まえるというもので、これは発動の速さの向上とタイミングの練習を兼ねている。全力で飛び回るフーを捕まえることができるのであれば、問題なく戦闘で使えると言っていい。尤もまだ一度も捕まえられていないが。
「あー、やっぱりダメだ!」
「わーい!私の勝ちだね」
何としてでもモノにしておきたいリクはフーにアドバイスを求める。
「やっぱり発動が遅いかな?」
「うーん、そうだと思うよ。ゲートが出来てから腕が出てくるから分かりやすいの」
「……そういうことか!つまりゲートを作って腕を出すんじゃなくて、ゲートが出来たと同時に腕が出てくるのが理想ってことだな?」
リクの顔が少し明るくなる。光明が見えたならば、後はひたすら練習するのみ。彼の得意分野だ。
「うん、そういうこと!」
「よし!フーもう一回やろう!」
「いいよー!」
リクの提案にフーは満面の笑みで答える。訓練ではあるが彼女にとっては父親との遊びも兼ねている。エルとルーシーは研究がメインなので戦闘訓練はたまにしかしない。
フーは空中を自由自在に飛び回る。リクも先程の助言による気付きを試しているが、どうしても発動のタイミングと腕を伸ばすタイミングを合わせることが出来ない。発動が早すぎて察知されたり、発動していないのに腕を伸ばしたりということをひたすら繰り返す。フーはいかにも簡単そうに言っていたがエルやルーシーやフーの様な魔法のセンスが無いとかなり難しい芸当だ。
「また私の勝ちだね!」
「あー難しいな!練習あるのみだな」
「うん、お父さんなら出来るようになるよ!」
「ありがとうフー」
そしてリクはフーを膝枕してやる。訓練をした後にリクの膝枕で昼寝をするのがフーの最近のお気に入りだ。太陽の光に輝く湖面を眺めながらフーと二人でのんびり過ごす。それはリクにとっても贅沢な時間となっていた。
「もうすっかり夏だな……この先もみんなで過ごせるといいんだけどな」
すうすうと幸せそうな顔で寝息を立てるフーの頭を撫でながら、リクが静かに呟く。
いつもこの時間を使ってリクは例の答えを考える。明確な答えを出せない限り戦闘は許可されない。今回の土竜戦は殺し合いにはならないと言われているので、特例でOKが出ただけだ。
いつまで経っても答えを出せないので、気乗りはしないが自分の過去と向き合ってみようと考える。そして思い出したくも無い過去を渋々ながら思い出す。
幼少期、母親の顔は覚えていない。覚えている限り一番古い記憶は道場で横たわり嘔吐している自分。稽古をつけているのは父親だ。
リクの父親はかなり自己中心的な人物だった。資産家の息子で、不動産収入だけで食べていけるほどだった。そして男性の割に身長が低いことを気にしており、自分の息子は身長を高くして強い男に育て上げると決めていた。
それゆえ嫁に迎える人物の条件は一つだけ。背が高いこと。背が高ければ他は何も気にしない。顔がどうであろうと、太っていようが痩せていようが構わなかった。金を武器にして彼は結婚しリクを授かる。だが嫁にも息子にも愛情を注ぐことは無い。
もちろんそんな歪な夫婦関係が破綻しない訳が無い。そもそも彼からすれば、そんなものを続ける理由などないのだから当然だ。父親と二人になったリクは三歳になると格闘技の練習を始めさせられる。
自分が小柄ゆえ叶えられなかった幼稚な夢、地上最強という夢を息子を使って本気で叶えようとしていた。彼は他を顧みることをしない。リクを鍛えるのはあくまで自分の自尊心を慰める為。愛情ではない。
リクからすればたった一人の親だ、何とか期待に応えようと我武者羅に稽古を積む。小学生の内は早くから始めているアドバンテージで、全国でもトップクラスの選手だった。だがいくら頑張って結果を残しても、父親が褒めてくれることは無かった。
しかし中学に上がると全国に出ても一度か二度勝てればいいくらいの選手になってしまう。彼には格闘の才能がある。だがそれは決して天才的な物ではなかった。そして勝てなくなった彼に父親は激怒する。なぜ出来ないのかと彼を罵る。稽古と言いながら一方的に殴られることなどざらだった。
リクにはどうしていいか分からない。だからひたすら稽古を積んだ。オーバーワークという概念など彼にも父親にもない。ただひたすらに体を苛め抜く。それでも結果はついてこなかった。
リクが高校三年生の初夏、父親が他界する。心筋梗塞だった。あまりにも呆気ない父親の死。リクにはこの先どうやって生きて行けばいいのか分からない。分からないなら大学に行けと言われたので大学に行った。
その大学は決して体育会が強いところではなかった。リクからすれば遊んでいるようなものだ。だがそれが少し心地よかった。何となく空手を続けて、筋トレにハマって日々を過ごしていく。父親のことなどもう頭にない。思い出したくもないので、墓参りにも一度だって行かなかった。
そしてそんな日々を何となく過ごしていると大学四年生の初夏にこの世界へと誘われた。最初の模擬戦で、ここなら自分は地上最強になれると思った。だけど自分はあの父親のようには絶対にならない。この力は自分の為ではなく、誰かの為に使うと決めた。自分の力は他者を守るためにあると結論付けた。
「…やっぱり思い出すものじゃないな」
知らず知らずのうちに眉間にしわが寄っていることを自覚する。フーの寝顔を見て心を落ち着かせる。
「そうだ、この力は誰かを守るための物。それでいいんだ」
リクは自分に言い聞かせる。それが正解かどうかなど、もはや彼にはどうでも良かった。それはまるで自分を虐げ続けた父親に対する遅れた反抗期のようだった。
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