第81話 エルとルーシーの研究開発
少し時間は遡る。
ウィンテル帝国での一件が終わり、のんびり過ごそうと深淵の森に帰ってきたエルとルーシーは、今後に役立つ何か新しいものを開発しようと考えていた。
「そういえば夏になったら多分土竜のところへ行くわよね?」
「そうじゃな。リク次第ではあるが、行かねばなるまい」
「その魔族領のダンジョンってどこにあるの?」
「大陸の北西端じゃな」
その言葉を聞いてエルが嘆息する。
「そんなところどうやって行くのよ…」
「そうじゃのう、乗合馬車なんぞもちろん無いじゃろうから歩いてではないか?」
「あのねぇ、一番近いところに転移しても二百キロ以上あるのよ?確かにリクやルーシーなら出来るかもしれないけど私はか弱い女子よ?」
「ふむ。エルがか弱いかどうかは議論が必要じゃが、一理あるのう。確かに時間が掛かりすぎる」
エルの指摘は尤もな物だった。もし普通に歩いて行こうと思えば、朝から晩まで歩いて五日以上かかるという計算になってしまう。リクが先行して着いたところでエルたちが転移するという方法も取れないわけではないが、今のリクを一人にするという選択肢は二人にはない。
「と言うことで移動用の魔道具を作らない?」
「それは名案じゃな。そうなるとどんなものが良いかのう?」
「うーん、やっぱり馬車の延長かしら?」
「ふむ。では魔力で動く馬車、という路線で行くとしようか」
世の魔道具師が聞いたのならば卒倒しそうな会話だ。かつてエルがリクと行った遊園地でも考察したように、決まった軌道を描かないものを魔道具で作るというのはかなり難しい。小型の物であっても未だ誰も成しえていない。
それをいきなり馬車のような人が乗れるほどの大きさのものでやってのけようというのだから、つくづく規格外の発想だ。
「まず最初にクリアしないといけないところを考えるわよ」
「そうじゃな。動かし方から考えていくとしようか」
「当然普通の馬車の場合は馬が引くことで動くわよね」
「うむ、今回は馬がいなくても動かなくてはならぬ。となれば当然馬の代わりが魔力ということになるな」
エルとルーシーはこうして当たり前のことを口にする。口にすることで共有することを大事にしている。当然相手も分かっているだろうという思い込みは決してしない。共同で製作するのだから当たり前のことだと二人は思っている。そして認識にずれがあるとやはりいい物が作れないということを良く知っている。
「そう、それで馬が動かしているのは馬車そのものというよりも車輪ね」
「つまり魔力で車輪が動く仕組みをまずは考えればよい、ということじゃな」
「ええ、早速取り掛かるわよ」
そして二人はまずは車輪を動かす術式を考える。すると一つの疑問が浮かんでくる。
「エル、車輪全てを魔力で動かすべきじゃろうか?」
「…確かに難しいところね。全部を魔力で動かさなくてもいい気もするわ」
「ふむ、では前の二つだけ動かして、後ろの二つはそれについて行くという感じでも良さそうじゃな」
「そうね、ひとまずは前二つを動かす方向でやるわ」
二人は前輪駆動という概念はもちろん持っていない。それでもこの二人は頭がいいので、感覚で回答を出していける。そして失敗してもまた作ればいいと思えるのでめげることがない。これは研究者として非常に大事な資質と言える。
一週間後、二人は車輪を動かす術式を構築することが出来たので次の問題を考える。
「次は止まり方を考えるべきかしら」
「ふむ、しかし先ほどの術式で行けば、魔力を流す量で速度を調節できる。極端な話魔力の供給を絶ってしまえば止まれるのではないか?」
「そうね、ちょっと試してみましょうか」
二人は馬車に見立てた木箱に車輪をつけて動かしてみる。まずは魔力を流して動かす。
「やはり前輪だけで良さそうじゃな」
次に魔力の供給を絶ってみる。しかし木箱は止まらずに進み続ける。
「成程ね。一度勢いがついてしまったら車輪に何らかの力を加えて止めようとしない限り、なかなか止まらないってわけね」
「これは危険じゃな。何か障害物でもあった時にすぐに止まれんのでは困る」
「ええ、そうしたら次は車輪を止める術式を考えなくてはいけないわね」
そして二人は車輪を止める術式を構築するため再び研究を進めると、今度は二週間の時間を要してしまった。急激に車輪を止めた場合には、車輪が破損したり馬車がコントロールを失ってしまう恐れがある。そのため流す魔力量に応じて緩やかに止める術式を組むことが難しかったことが原因だ。
ある日二人はリクに元いた世界の乗り物について尋ねてみる。なるべく馬車に近いものをということで聞かれたリクが答えたのが自動車だった。
やはり二人が開発中の馬車のように、車輪に力を伝える装置、そしてそれを緩やかに止めることが出来る機構があるということだった。
「最初に聞くべきだったかしら…」
「そう言うでない。自分たちで試行錯誤するのも大事な事じゃ」
「あとはハンドルって言うのがあるって言ってたわね」
「車輪の進む方向を決めると言っておったな」
リクにハンドルについて聞いたものの詳しい仕組みは知らないと言われ、二人は苦慮していた。実際のところそこまで難しい仕組みではないのだが、全く知識のない二人がそれを考え着くのはさすがに無理というものだ。
「やはり妾たちの場合は魔法で代用するしかないのではないか?」
「そうね、いくら何でも見たことがないものを聞いただけで再現するのは無理ね」
そしてもう一度二人はどうやったら馬車を自由に曲げることが出来るのかを考え直す。
考えては失敗するという試行錯誤の一ヶ月を過ごした後、今までとは全く異なった考え方のある結論に達する。車輪を魔力で動かすことで馬車を動かすのではなく、馬車が魔力で作った軌道上を動くようにしたのだ。
まずハンドルに仕込まれた魔法陣を発動すると馬車の前方に魔力の軌道が出来る。そしてハンドルを切ると魔力の軌道もハンドルに合わせて向きを変える。ちなみに速度は流す魔力によって変えることが出来る。
次に馬車には魔力の軌道上を常に通るように術式を組んであるので、軌道の向きが変われば馬車も方向を変えるという仕組みだ。
ブレーキ時にはハンドルに仕込んだ魔法陣への魔力供給を止めて、車輪を止める魔法陣に魔力を流せば止めることが出来る。
この仕組みはエルがリクと行った遊園地で見た遊具から着想を得ていた。決まった軌道上を動かすことが出来るのであれば、魔力の軌道を逐一作ってやればいいと思ったのだ。
「ひとまず完成というところかしらね」
「あとはテストを重ねて微調整じゃな。しかし発想の源は遊園地か、妾も行ってみたいものじゃ」
「じゃあたまには二人で出かける?」
「それはいいのう。ではリクとフーがアイの下に行っておる時にでも行くとするか」
その二週間後、二人はフォータム共和国の遊園地をリクとフー抜きで楽しむ。ただし二人が楽しんだのは遊具の動きから仕組みを考察し、それを解明することだった。
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