第80話 手料理

 リクはやっとミアの仕事兼趣味から解放されたアイとフーと共に一階の食品売り場へと来ていた。リクが初めて来たときにそうだったように、アイはその品揃えに感動している。料理のレパートリーが少ないリクであってもそうだったのだから尚更だ。


「入ったときもすごいと思ったけど、改めて見ると圧倒されるね」


「やっぱりそう思うよな?俺も最初に来たときはテンション上がって色々買いすぎたよ。今ではうちの食事は俺の世界の物が大半なんだ」


「たまにはこっちの料理もいいけど、普段の食事は確かに慣れ親しんだ味の方がいいよね」


 リクの家の食事はほぼこの店で買ったレシピ本から作られている。ルーシーはやはり料理のセンスがあるのか、アレンジを加えるとオリジナルの物より美味しいものを作る。エルはまだまだ味付けは定まっていないので、くれぐれも同じことをしないように言われている。


「アイお姉ちゃん、今日は何を作るの?」


「うーん、どうしようかな…リクは何か食べたいものがある?」


 ついにこの質問が来たとリクは思う。当然想定していたのだが、この場合の最適解が良く分からなかった。リクは味覚が子供っぽいところがあり、具体的にはハンバーグ、カレー、ラーメンが好きだ。なんだか子供みたいだなと思われるのは少し悔しいのだが、それらを食べたいのも事実だ。ただしラーメンを作ってくれと言うのはさすがにちょっと無いのは分かる。となるとハンバーグかカレーか、はたまた家庭料理の代表格肉じゃがなどか。

 リクがそのようなことを考えながらうんうん唸っているのを見て、フーが助け船?を出してくる。


「お父さんはね、ハンバーグが好きなんだよ!」


「っ!フー…」


 アイはそれを聞くとリクに可愛いなあという視線を向ける。その視線に込められた意味を察したリクは恥ずかしさのあまり目を逸らす。


「よし!じゃあハンバーグにしようかな。それなら普通に作れそうで良かったよ」


「やったー!私もハンバーグ好き」


「……」


 リクはフーが食べたかっただけなのではと思うが、大輪の笑顔の花を咲かせている娘に文句など言えようもない。まあ自分も好きなものだというのは確かなので、結果オーライだと思い直す。

 アイはメインが決まったので必要な食材をテキパキと選んでいく。とは言え元の世界にある食材が全てあるわけではないので、欲しいものが見当たらないときにはミアにアドバイスを受けながら代用できるものを探したりもしているようだ。

 そんなアイを眺めていたリクにミアとニアが当然抱くであろう疑問をぶつけてくる。


「リクさん、アイさんってもしかして…?」


「ああ、流人だよ」


「やっぱりそうなんですニャ…感激ですニャ」


 黒髪黒目で流人料理に詳しくてリクの友人。これだけの判断材料があってそれを疑わないものなどいないだろう。


「それにしてもきれいな人ですニャ。本当にただの友人ですかニャ?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながら聞いてくるミアと、その後ろで睨みを効かせてくるニア。その迫力に思わずたじろいでしまいそうになるが、毅然とした振る舞いに努めるリク。


「アイは友達だよ、同郷だから気に掛けているんだよ」


「「ふーん…」」


 納得行っていないような表情を見せる二人にリクは肩を竦める。

 やがてアイの買い物が終わりミアに会計をしてもらう。ここの支払いはリクだ。アイは自分が払うと言って聞かなかったが、作ってもらうんだから当然だとリクが譲らなかったので、渋々了承した。


「ありがとうございますニャ!また来てニャ」


 手を振って去っていくリクたちを見送るミアとニア。三人の姿が見えなくなると、二人は嘆息する。


「リクさんはいまいち分からないけど、アイさんは間違いなくそういうことだニャ…」


「そうだよね。リクさんってあんなに鈍かったかな?ところで二人は知っているのかな?」


「まあフーちゃんも一緒だし、当然知ってると思うのが自然ニャ」


「やっぱりそうだよね。なんか意外だなぁ」


 二人はアイのことをよく知らない。だからなぜエルとルーシーが彼女のことを認めているのか、そしてなぜリクが彼女の想いに気づかないのかが分からないのだった。


 三人は並んで手を繋ぎヘルプストの街を歩いていく。先程買ったものはフーが空間収納魔法で収納しているので手ぶらだ。

 実はリクはエルとルーシーを両サイドにいつも歩いているので、誰かに違う女を連れていると思われるのではないかと少し考えていた。が、それは全くの杞憂だった。確かにいつも目立ってはいるが、街の人からするとリクはエルとルーシーの付属品という扱いだ。彼女たちと一緒にいないリクの顔を認識できるものは皆無だった。

 そして案の定誰にも声をかけられることなく三人は拠点に到着する。リクは少し呆気ない気分になるが、そんなことを思っていたなど恥ずかしくて言うわけがない。


「なにか手伝おうか?」


「えーっと、じゃあ野菜を切ってもらうのとご飯を炊いてもらっていいかな?」


「了解!フーはちょっと待っててな」


「うん、お料理してるの見とく!」


 リクは言われた通り野菜を切り、アイはハンバーグの種を作り始める。広い調理台なので二人で並んでも余裕がある。つくづく勿体無いとリクは思い、たまにはここで料理するのもいいなと考える。


「こうして見てるとお父さんと、アイお姉ちゃん夫婦みたいだね!」


「「熱っ!」」


 リクが米を炊いているときに釜を触り、アイが熱したフライパンに触り声をあげる。完全にフーの言葉に動揺しており、二人の顔は耳まで赤くなる。


「あっごめんなさい…」


 自分のせいで二人が熱い思いをしたと思いフーが謝る。


「フー謝らなくていいぞ、お父さんの不注意なんだから」


「そうだよフーちゃん。謝らなくて大丈夫だよ」


 もちろん嘘であるが、フーのせいだなんて二人が言うはずもない。ただの不注意と言うことで済ませると、気を取り直して調理を進めていく二人。

 やがて料理が完成する。メインのハンバーグにはニンジンのグラッセ、ブロッコリーが付け合わせでついている。そしてスープは夏なので冷たいものをと思いヴィシソワーズにした。

 美味しそうなのもそうだが、盛り付けもきれいにされており非常に食欲をそそる。フーの目がキラキラと輝いている。


「「「いただきます!」」」


 リクとフーが早速ハンバーグを口に運ぶ。肉汁がたっぷりでいかにも美味しそうだ。


「うまっ!」「美味しい!」


「ふふ、良かった」


 お世辞などではなく、完全にこちらの店で食べるレベルを越えている。むしろリクが今まで食べた中で一番美味しいかもしれないと思わせた。ソースはかけられていないが、だからこそ肉の旨味がしっかりと味わえるものになっていた。その味わいはアイが料理上手だと言ったアメリアの言葉に偽りではないと証明するのに十分なものだ。


「アイは本当に料理上手なんだな、こんなに美味しいハンバーグ初めて食べたよ」


「大袈裟だなぁ。こんなので良かったらまたいつでも作ってあげるよ」


 その言葉に思わずリクの頬が緩む。美味しい料理がまた食べられて嬉しい、それだけでは言い表せない感情が確かにそこにはあった。


「お母さんたちにも食べさせてあげたいね!」


「ああ、そうだな。今度はうちで作ってくれよ」


「いいよ、ルーシーも料理が上手なんでしょ?」


「ああ、最近は元の料理にアレンジを入れたりしてるよ」


「へー、それは一緒に料理するのが楽しみだなぁ」


 元のレシピにアレンジをいれて、尚且つさらに美味しくする。しかもつい最近まで全く馴染みのなかった料理にそれをするのだから、ルーシーがどれ程料理上手かが手に取るように分かる。

 三人が食べ終わり、後片付けをしているときに突然エルとルーシーが転移してくる。


「あ、もしかして手料理だった?」


「うん!すっごく美味しかったよ!」


「ほう、アイは料理が上手いのか。それは興味あるのう」


 突然転移してきたと思ったらいきなり料理の話をしだすのでリクは困惑する、


「そんなことよりも何か用があったんじゃないのか?」


 リクからかけられた言葉にそうだったと言うような表情を見せる二人。そして本題に入る。


「アイ、水竜が呼んでおる。加護をくれるそうだ」


 アイとリクにはルーシーが言っている言葉の意味が分からない。なぜ竜種がくれとも言っていない人間に加護を与えるのだろうかと思う。当然アイが二人に質問をする。


「どういうことなの?」


「私たちにも詳しいことは分からないの。ただヴァーサは備えないといけないって」


 その言葉でリクは理解する。ゆっくり過ごせる時間は終わってしまったのだと。今から風竜ヴェントが言う過酷な運命というものが始まり、それを乗り越えるためには恐らくアイの力も必要になるのだと。


「アイ、行こう」


「……分かった」


 リクの真剣な表情を見たアイはこれが必要なことなのだと理解する。何が起こっているのかは分からないが、彼を信じようと思った。


「アイ、邪魔をしてすまんかったな。行こう」


「ううん、ルーシーありがとう。エルも」


 アイの感謝の言葉に二人は軽く微笑むだけで何も言葉を返すことはしない。リクには三人のやり取りの意味が分からないが、今はそれを考える暇もない。


「じゃあ行こうか」


 そしてリクが先導して深淵の森へと転移する。先程までの楽しい気分とは打って変わって暗鬱な気分を携えて。

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