第79話 あの店に行こう

 フーの転移魔法によってフォータム共和国の拠点に着いたリク、アイ、フーの三人。


「あ、リク。手ありがとう」


「え?あ!ごめん。つい…」


「ううん。大丈夫、助かったよ」


 転移してからも繋ぎっぱなしだったことに気付いて焦る二人。その頬には少し朱が差している。


「ところで、ここって普段は使ってないの?」


 転移した拠点を見渡しながらアイがリクに尋ねてくる。実際のところ家具などは一応そろえているものの、生活感が全くないので尤もな疑問といえる。


「そうだね、エルが作ったこの転移魔道具があれば深淵の森にいつでも帰れるんだ。そうしたらわざわざここを使う理由が無くって」


「ふーん、そうなんだ」


 アイがキッチンの周りを見ながら相槌を打つ。この物件は金貨二百枚しただけあってかなり立派なキッチンが据え付けられている。三口あるコンロ型の魔道具、センサー式の蛇口、鍋も入るほどの大きさの自動食器洗浄機、七面鳥も丸ごと焼けそうな立派なオーブンに二人並んでも十分な広さの調理台。世の主婦ならば泣いて喜びそうな設備だ。使っていないのは実に勿体ないと言える。


「じゃあ出かけよう?」


 アイの提案にリクとフーも首肯し三人は外に出る。フーを真ん中にして三人で手を繋いで歩く。


―なんだかこれって…―


「家族みたいだね、お父さん!アイお姉ちゃん!」


 無邪気な振りをして二人が思っていたことを口にするフー。もちろん狙って言っている。ちなみにアイはフーがエルとルーシーからサポートするように言われていることを知らない。

 リクとアイは恥ずかしいもののフーの言葉を否定するのは出来ないので同意する。


「そ、そうだな。確かに家族みたいに見えるだろうな」


「そ、そうよね。周りの人はそう思うよね」


 思わぬフーの一言に二人はどぎまぎしてしまうが、会話自体はちゃんと成立している。ここフォータム共和国が流人文化が盛んなところであるということが大きい。


「アイはやっぱり向こうの世界の物をよく食べてたのか?」


「そうだよ、結構自分で作ったりもしたの。どうしてもこっちの人が作ったものだと、味が微妙に私好みじゃなかったりして」


「あー、分かる!再現度が高いものと低いもので大分差があるよな」


「そうなのよ。出汁の取り方とか、調味料の選び方が少し違うんだと思う。こればっかりは伝えた人の作り方の問題じゃないかなって思うんだけど」


 アイの話に感心したリクはスプール王国でアメリアが言っていた言葉を不意に思い出す。


「そっかぁ、そう言えばアメリアさんもアイが料理上手だって言ってたな」


「え?あ、ああ、そうなんだ」


 もちろんアイはアメリアから伝えたと聞いているので知っている。そして機会があればリクに作ってあげたいとも思っている。


「今度作ってよ。こっちの食材で作るアイの料理がどんな感じか興味ある」


「アイお姉ちゃんの料理、私も食べたいな!今日じゃダメなの?」


「え?今日?それは構わないけど…リクはどう?」


 フーの急な提案にアイは驚くが、拠点のキッチンも確認しているし食材さえそろえることが出来れば作ることに障害は無い。後はリクが頷くかどうかだ。


「そりゃあ食べたいけど、エルとルーシーが夕食作ってるかもしれないしなぁ」


 リクの言葉にアイは連絡をしておいてよかったと心から思い、彼にそれを告げる。


「実は部屋に戻った時に二人に連絡しておいたの。そうしたら晩ご飯食べてきたらいいって言ってたよ」


「やったー!お父さんいいよね?」


「そうなんだ?それならお願いしようかな」


 リクは二人が良くOKしたなと思いながらも、アイがあの二人のことで嘘をつくわけが無いとも思う。それにリクも彼女の料理が気になっていたので断る理由も無い。


「それじゃあ今日は食材を買いに行こうかな」


「どこか行きたいところは無いのか?」


 料理を作ってくれるのは嬉しいが、その為にアイが行きたいところに行けないのは心苦しいのでリクが尋ねる。


「うーん、ちょっと服でも見れればいいかなって思ってたけど」


 その言葉を聞いてリクは目的地を決める。食材と服と言えばリクが知る限りあそこしかない。


「じゃあいつも俺たちが行ってる店に行こうか。食材も服も売ってるから」


「そんなところがあるの?私フォータムにいたけど自由に買い物なんていけなかったから助かるわ」


「ミアお姉ちゃんのお店だよね?じゃあ行こっ!」


 三人は並んでオルトの店を目指す。

 ただでさえ目立つ黒髪黒目の若い男女が赤髪赤目の少女を連れているのだから、かなり奇異に見えるのだろう。視線が自分たちに注がれるのを感じる。フーはもちろんそんなことは気にしていない。しかしリクとアイはフーの最初の一言で、自分たちがどのように見られているのか気になってしまうのだった。


「うわーすごいお店だね!」


 オルトの店を見て驚くアイ。和風なことも驚きの一つだが三階建てというのも大きい。そもそも和風建築で三階建てとなると、元の世界でも滅多にお目にかかれない。まるで映画の中のワンシーンを見ているようだ。


「じゃあ入ろうか、一階に食材、二階に服が売ってるんだ」


「行こ!アイお姉ちゃん!」


「うん、楽しみ!」


 三人が中に入るといつものように赤髪の猫獣人ミアが声を掛けてくる。隣にはなぜかニアもいた。


「いらっしゃ…い…ニャ?」


 不思議そうな顔をするミア。そしてニアが人を殺しそうなほどの物凄い形相でリクに掴み掛ってくるや否や、唾を飛ばしながら大声で怒鳴る。


「リクさんっ!!見損ないましたよ!エルさんとルーシーさんという素晴らしい奥さんがいるというのにっ!やっぱりあなたはそういう人だったんですねっ!」


 二人の様子に疑問を持ったリクだったが、ニアのその言葉でようやく得心がいく。そしてそう思われてもおかしくないとも思う。


「ミアお姉ちゃん、ニアお姉ちゃん。アイお姉ちゃんはお友達だよ?」


 リクはフーのフォローに心底安堵する。恐らく自分が何かを言うよりも、愛娘の一言の方が効果があるのは明らかな状況だ。


「そ、そうでしたかニャ。失礼しましたニャ。えーっとアイさん、私はミアですニャ。この商会の娘ですニャ」


 ニアの首根っこを持ってリクから引きはがしながら自己紹介をするミア。ニアは勘違いと分かり、小さくなって顔を赤くしている。


「そしてこのおっちょこちょいがニアですニャ。普段は冒険者ギルドの受付をしていますニャ。私の幼馴染で、今日は休みだから遊びに来てましたニャ」


「す、すみません…初めましてアイさん、ニアと申します」


「は、初めましてミアさん、ニアさん。アイと言います」


 二人の勢いに圧倒されていたアイだったが、自己紹介を受けたのでなんとか自己紹介を返す。


「うーん、それにしてもアイさん、どこかで見たことがある気がするニャ」


「あ、ミアも?私もどこかで見たような気がするんだよね…どこだったかなぁ」


 アイはフォータム共和国で勇者として扱われていたので二人の疑問も尤もな物だ。しかしそこまで市井に顔を見せることが無かったアイはこの街でも指摘されるようなことは無かった。

 とは言え説明するとかなりややこしいことになるのは必至なので、リクは強引に話を進めることにする。


「実は今日は食材とアイの服を見に来たんだ」


 その瞬間ミアの目がいつものように怪しく光る。リクの狙い通りだ。嫁二人と比較しても遜色ないほどアイの容姿は整っており、尚且つ黒髪黒目という珍しさも相まってミアの目に留まらない筈がない。


「任せて欲しいニャ!さあさあ二階に急ぐニャ!ついでにフーちゃんも来るニャ!」


 アイは先程のリクに対するニア並みにグイグイ来るミアに少し恐怖を覚えながらリクを見る。リクはとりあえず大丈夫と頷いておく。もしかしたら大丈夫ではないかもしれないと思いながら。

 フーも服を買うのは好きなようで、とてとてと二人に付いて行く。


 そこからは例によってミアの着せ替え人形になり果てるアイ。アイのスタイルは全てにおいてエルとルーシーの中間と言った感じだった。女性にしてはやや高い身長を有しており、そこまで主張はしないが出るところはきちんと出ており、ウエストはしっかり細かった。

 ちょくちょくどこにそんな服を着て行くんだというほど、ボディラインがあらわになる服をミアが挟んでくる。なのでリクはあまり見ないようにして、フーの服を一緒に選ぶことにしていた。しかしアイは逐一リクに感想を求めてくるので、見ない訳には行かずに困り果てる。


「リクどうかな?」


「…うん、すごく似合っていると思う」


 大体いつもこの感想になるのでアイは少し不満そうだ。リクからすればコーディネートの良し悪しなど分からないし、流行り廃りも分からない。分かることと言えばただ似合っているかどうかだけだ。そして素材がいいからなのかは分からないが、たいていの服は似合っていると思えたので仕方ない。

 その日、結局アイは五着の服を購入し、リクはフーの服を三着購入した。

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