第77話 アイの様子
アイの準備が終わるのを待つ二人の下に、オレンジ色のショートカットが特徴的な長身の女性が近づいてくる。アイの直属の上官アメリアだ。
「ご無沙汰しておりますアメリアさん」
「こんにちはアメリアさん」
「お久しぶりね二人とも」
アメリアは二人に挨拶を交わした後、周りをきょろきょろと見渡している。その意図を察したリクが声を掛ける。
「アイでしたらこの後三人で出かけることになったので、準備に行きましたよ」
「ああ、そうだったか…座っても?」
リクの言葉を聞いたアメリアが何か思いついたような表情を見せて聞いてくる。特に断るような理由も無く、騎士団でのアイの様子を聞きたいリクにとっては渡りに船だったので了承する。
「ええ、どうぞ。騎士団でのアイの様子はどうですか?」
「やはり気になるか?」
先程までアイが座っていた席に座ったアメリアが少しだけ身を乗り出してリクに聞いてくる。フーは今はリクの膝の上で頭をゆらゆらしている。
「そうですね、やはり同じ異世界人ということもありますしね」
その言葉にアメリアは少し落胆の色を見せるが、リクには気付かないほどの僅かな変化だ。ちなみにフーは彼女の考えていることが分かるので気付くことが出来た。
「そうか、元気にやっているよ。周りの評判も上々だな。特に戦闘面ではリク殿が知っているように、もはや彼女に敵う者など私を含めていない。スキルを使うまでも無く剣技だけでも彼女は間違いなくトップだな」
「そうでしょうね、かなり努力しているようですし」
この回答はリクからすれば想定内だ。彼女の性格からすれば周りと軋轢を起こすようなことは無いだろうし、実力はリクが一番知っていると言っても過言ではない。
「あとはそうだな、料理が上手いな」
「料理ですか?」
これは完全に想定外の回答だ。騎士団の様子を聞いているのになぜ料理の腕前の話が出てくるのかリクには全く分からない。少し困惑した様子を見せているリクに気付いたアメリアが話を続ける。
「料理の腕前は騎士団員にとってはとても大事な素養の一つだぞ?騎士団は訓練で野営をすることもある。そうなれば当然料理が出来た方がいいからな」
「成程、そういうことでしたか。でも彼女が料理上手だとは初めて聞きましたね」
「料理だけではないぞ?裁縫なども器用にこなすし掃除もテキパキとやっている。彼女が来てから騎士団の詰め所や武器庫は整理整頓がされるようになったしな。少し働きすぎだとこちらが心配になるくらいだよ。一度それとなく言ったんだが、彼女からすれば汚れているのが気に食わないからやっているだけだと言われてしまってな」
アメリアから教えられたアイの一面にリクは素直に感心する。元の世界にいた時には剣道で全国トップクラスだった彼女が、家事全般もそつなくこなすというのは意外な気がしたからだ。リクも幼いころから父親と二人暮らしだったので一通りの家事は出来る。だが本当に一応出来るというレベルであり、褒められるようなものではない。アイとは学校の成績などの話はしたことが無いが、恐らく頭も良いのだろうとリクは思う。まさに完璧超人だなと思わず呟いてしまう。
実は自然な話の流れでアイの売り込みがなされているのだがリクは気付かない。しかしフーはもちろん気付いている。けれどもそれは彼女にとって望ましいものなので、話の腰を折ることなく静かに聞いている。
「そうだったんですか、ちょっと驚きました」
「そうか。まあそういうこともあって彼女は男性騎士に人気があるな」
リクは表情こそ変えないが、その言葉に少し気持ちがざらつくような感覚を覚える。もちろんアメリアにもフーにも気付かれることは無い。
「…そうなんですか、でも騎士団内であまりそういうのは望ましくないのでは?」
「そうだな、しかし彼女に手を出すようなものは騎士団にはおらんよ」
アメリアの言葉にリクは少しほっとしたような感覚になるが、その理由は分からない。そしてなぜ誰も彼女に手を出さないのかも良く分からなかった。
「…やはり自分より強い女性だからでしょうか?」
「…そうかもしれんな。まあいずれにせよ騎士としてだけではなく、嫁としても超優良物件なのは間違いないな」
流石にアメリアもアイがリクを好きだとみんな知っているからだとは言わない。リクと訓練をする日の彼女はあからさまに機嫌が良い。ずっと笑顔を絶やさないので嫌でも分かるというものだ。
アメリアとしてはこうやってアイの良いところを伝えるなどは出来るが、リクが好きだということだけは彼女が伝えるべきことだと十分承知している。
そして別に騎士団員だから恋愛禁止というわけではないのだから、さっさと言ってしまえばいいのにと思っている。もちろん今騎士団を抜けられるのは困るが、女性騎士の中にだって結婚しても騎士団に残る者はいる。
とは言えアメリア自身ももう三十路の一歩手前になっており、この世界では適齢期をかなり過ぎていると言わざるを得ない。やはり騎士団所属の女性となると嫁の貰い手が少ないのは否めないので、本来人の世話を焼いている場合ではない。
「お待たせ!ってアメリアさん?」
自室で着替えを終えたアイが戻ってくるなり、なぜかそこにいるアメリアに驚いて目を見開く。
アイは膝が隠れるくらいのふわりとしたネイビーのスカートと肩が出る白いトップスを着ている。その姿は非常に可愛らしく清楚な雰囲気を感じさせるものだった。
「ああ、アイか。リク殿と少し話がしたくてな」
アメリアの悪そうな笑みを見たアイは嫌な予感がする。
「では私はもう行くよ。リク殿、アイをよろしく頼むよ。アイ、あまり遅くなりすぎないようにな」
そう言って席から立ち上がったアメリアはリクとフーに別れを済ませ、アイの横に行くと小声で囁く。
(ずいぶんと気合の入った服装だな。さっきリク殿にはアイは料理が上手いと言っておいた。手料理でも食べさせてやるといい)
アイの顔が耳まで一気に赤くなる。知らぬ間に上官が自分の売り込みをしていたこともそうだが、何気なく選んだつもりの服が、かなり気合を入れたものになっていることに気付かされたからだ。
アメリアはあわあわしているアイの様子を見ると、満足気な笑みを浮かべてその場を去って行った。
「お父さん!アイお姉ちゃん、可愛いね!」
「…え?あ、ああそうだね。アイ良く似合ってるよ」
無邪気な笑顔でアイを誉めてリクに同意を求めるフーに、アイの普段見ない服装に少し見惚れていたリクが慌てて同意する。あまり服のことには興味が無いリクだが、アイの服装が彼女に似合っていることは一目瞭然だった。
「あ、ありがとう…」
すでにアメリアのせいで赤くなっていた表情がさらに赤くなる。その場でリクとアイは少しもじもじした後、気を取り直してフォータム共和国へと出発する。方法はもちろんフーの転移魔法だ。
実はアイは転移魔法は初体験だ。いきなり目の前に黒いゲートが出現すると思わずのけ反って驚く。
「こ、これに入るの?」
「そうだよ、俺たちが拠点にしてるところに出るから」
「お父さん、最初は怖いと思うからアイお姉ちゃんの手を握ってあげたらいいよ!」
「え?そ、そうだな。じゃあアイ手を出して」
「…うん」
急なフーの提案に驚きつつも、リクは差し出されたアイの手を握って転移のゲートへと入っていく。フーはそれを見送ると自分もゲートへと入る。一瞬二人だけでと思ったが、リクが心配するのが目に見えるので大人しく付いて行くフーだった。
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