第74話 宴

 リクが急いでイベールが見えるところまで戻ってくると、今まさに魔物たちが全て討伐されようとしているところだった。やはり心配はいらなかったなとほっとしていると、父親の存在に気付いたフーがリクの下へと降りてくる。


「お父さん、大丈夫だった?ウィルお兄ちゃんだけ帰ってきたから心配だったよ」


「ごめん、予想以上に数が多くてね。ウィルに釣られなかった奴らを倒してたんだ」


「そうなんだ。あ、もう終わったみたいだね」


 ちょうど最後の一匹をウィルが仕留めたところだった。彼なら出来ると判断してのこととはいえ、大変な役目を任せてしまったとリクは思っていた。だがどうやら大きなケガもしていないようで安堵する。


「上手く行ったみたいだな、フーも疲れただろう?抱っこしていくか?」


「うん!」


 リクの提案に破顔するフー。いくら竜種という力があっても彼女はまだまだ子供だ。リクは本人が望んでいるとはいえ、フーに戦闘をさせることにはあまり肯定的ではない。これはエルとルーシーも同じ気持ちだ。今はまだ戦闘よりも子供らしいことをたくさんさせてあげたいと思っている。こうして甘えさせてあげることもその一環だ。

 リクの腕の中でにこにこと一目で上機嫌だと分かる笑顔を浮かべるフー。リクはできる事なら彼女にはずっとこうして無邪気に笑っていて欲しい。だがこの先そうはいかないだろうとも思う。

 恐らく悪魔族はまた自分たちの前に現れる。グラシャ=ラボラスは自身は先兵だと言っていた。名言こそしなかったが、他に自分よりも強いやつがいると言っているのと同義だ。そして自分たちに敵意を持っているという上位の竜種の存在も気になる。同じ竜種であるフーが無関係でいることは不可能だろう。

 その笑顔で心を癒されながらも、同時に待ち受ける未来に心の中で嘆息するリクであった。


「あ!帰ってきた!」


「リク、遅いではないか!」


 魔物の死骸を処理しているところまで出てきていたエルとルーシーが、リクの姿を認めて声を掛けてくる。二人ともかなりの魔力を使っているはずなのだが、微塵も疲れた様子を見せていない。


「そう言うなって。一応二千匹くらい蹴散らしてきたんだから」


「へー、あれだけ来てもまだそんなに残ってたんだ?」


「しかし二千匹も相手にしてきたにしては早かったのう?」


「ああ、これぶん回して倒してきた」


 そう言って例の収納袋を見せるリク。二人からは呆れた顔でみられる。


「…味方がおらんから出来る戦法、ということか」


「相変わらず物理攻撃なのね…」


 四人は冒険者たちが集まっている門の前に戻る。そこではリリアから労いの言葉がかけられているところであった。そして彼女はそこで明言した。ファングをSランクに推薦する、今回の功績はそれに値するものであったと。周りの冒険者からも歓声が上がり、同調していることが分かる。

 Aランクまでは各支部のギルドマスターの権限で昇格させることができるがSランクはそうはいかない。Sランクは二名以上のギルドマスターからの推薦があって初めて本部で審議される。闇雲に推薦してもまず通ることは無い。今回の功績と、彼らが積み上げた実績があれば恐らく承認されるだろうとリリアは思っている。

 実はヘルプストのガウェインからは今回の件でファングがSランクに値すると思ったのならば、推薦をしてくれとお願いされていた。そして彼ら―特にウィル―はその資格を十分過ぎるほどに示した。

 リクはウィルに近づき声を掛ける。


「やったなウィル。無事で何よりだ」


「あ、ああ…」


 よくよく見るとウィルとラークの顔色が悪い。リクはそれを見て嘆息する。いい加減往生際の悪いやつらだと心底思う。Sランクに推薦されるほどの実力を持ちながら、この体たらくは何なのかと。


「正式に承認されてからになると思うが…二人とも逃げるなよ?これで決められないのならもう諦めろ。あの二人が可哀想だ」


 今まで思うことがあっても、あえて口に出さずに二人を見守ってきたリク。だからこそ、もはや我慢できないと彼が告げたその言葉は二人にとって重い。


「…すまん、そうだよな。ありがとうリク」


「…お前の言う通りだ。リク、恩に着る」


 リクに礼を言う二人の顔はもう大丈夫だと思えるものになっている。


「お兄ちゃんたち頑張ってね!」


 突然のエールに戸惑いを隠せない二人。そもそもフーにまでバレるほどなのだから、あの二人が気付いていない訳が無いのだ。

 リリアの労いが終わり、今夜は宴会が催されるという連絡がされる。なんでも国が費用を全額負担して宴会を開いてくれるとのことだった。亡国の危機を脱することができたのだから、それくらいなんでも無いのだろう。


 夜、宿屋の前の通りは宴会で盛り上がっている。とにかく冒険者というのは酒を飲んで大騒ぎする。そしてリクは半ば呆れながらその光景を眺めている。しかし、ふとした瞬間にある考えがリクの頭をよぎる。彼らは毎日が命懸けだからこそ、ああやって無事を喜ぶのかもしれないと。一日一日を真剣に生きる。元いた世界、特に日本ではなかなかそんな人間はいない。

 心づもりとしてはあるかもしれないが、本当に死を隣に感じながら生きている人などいないだろう。


「お父さん、どこか痛いの?悲しいの?」


 フーが心配そうに声を掛けてくる。リクは自分自身が処理出来ぬ感情に気付かぬうちに涙を流していた。誤魔化すようにフーの頭を撫で、大丈夫だと声を掛けながら考える。

 いつの間にか自分は生と死の境界が曖昧になってきている。今日も魔物とは言え多くの命を奪った。そして本人が了承したとはいえウィルの身を危険に晒した。いくら力があるとはいえ愛する家族を戦わせた。その事実が元の世界にいたときの自分とのギャップを際立たせる。



 リクの涙は止まらない。本人は気付いてないが、召喚の秘密を知った時、無理やり運が良かったと納得させていた感情が溢れ出していた。リクの心は決して納得などしていなかった。見ないように蓋をしていただけだ。元いた世界にいたときは当たり前のように知っていたこと、命が尊いものであるということを本当の意味で思い出していた。

 リクが今流している涙。それは彼が奪った命の重さが自身の命を軽く考える彼の心を押しつぶし、絞り出したものだった。

 誰にも顔を見せられず、下を向いて静かに涙を流すリク。フーは心配そうな顔をして頭を撫でるが何も言わない。

 そして左右から良く知った抱擁がリクを優しく包んでくる。彼女たちにも彼の心の痛みは分からない。それでも寄り添うことは出来る。

 彼女たちに抱きしめられ、愛娘に頭を撫でられて、まるで心に蓄積した澱を全て流すかのように涙が止まるのをひたすら待つ。

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