第73話 殲滅
リクとウィルは慎重に周りを確認しながら進む。イベールの北は荒野のようになっており開けている。当然身を隠すようなところも無いので敵を発見しやすいが発見されやすい。
ウィルはきちんと身体強化魔法の練習をしていたようで、リクが少し早めのペースで移動しても問題なく付いてきている。やはり飲み込みは早いようだ。
やがて針葉樹の森林が見えてくる。イベールのギルドの話によると、魔物の討伐依頼と言えば大抵はこの森で行われるとのこと。つまり今回のスタンピードで最も魔物の巣窟になっている可能性が高い場所と言える。
「おいおい、嘘だろ…」
思わずウィルが呟く。魔物の気配を察知したリクとウィルは高い木に登り、その全容を確認しようとした。その結果、見える範囲でざっと五千を超える魔物がいることが分かる。さらに奥の方までいるのでもっと多いのかもしれない。
「…よく分からないが、スタンピードってこんなもんじゃないのか?」
リクにとっては初のスタンピード、ウィルは一度だけ駆け出しのころに経験があると言っていた。
「俺が一度遭遇した時はせいぜい千匹だったぜ。こいつはヤバいぞ…」
ウィルの顔が青ざめている。冒険者と帝国の兵士を合わせてもせいぜい千二百程。はっきり言って絶望的な程の数の暴力だ。魔物は戦術を使わないが、人族に比べて恐怖心が薄い。前方で味方が倒されようがお構いなしに突っ込んでくる。
つまり魔法である程度数を減らすことができなければ勝ち目がない。前衛組がまとまった数の魔物に殺到されたら、待っているのは敗北だ。
「味方を信じろよ。うちの三人は強いぞ」
軽口のように聞こえるがそうではない。リクは心から信じている。愛する嫁二人と愛娘は必ず魔物の群れを殲滅すると。さらにアキまでいるのだから心配する必要はない。
「…分かった、俺も信じるよ。ところで今からはどういう作戦でいくんだ?」
当初は二人がそれぞれの場所で暴れて街に引き連れていくという予定だったが、ここまで数が多いのは想定外だ。少し変更せざるを得ない。
「ウィル、先に囮になって戻ってくれないか?俺はそれに釣られなかった奴らをどうにかする。全部が行くんなら殿からこいつで叩いていく」
そう言ってリクが見せるのはダンジョンで披露したアダマンタイトの遠距離用の武器だ。
「成程な。周りに魔物しかいねえんなら思う存分振り回せるって訳か」
「ああ。ウィル死ぬなよ、ちゃんとSランクになってアイリスに言えよ」
「分かってるよ。これでもお前らを見て羨ましいと思ってんだ。こんなとこじゃあ死なねえよ」
緊張を解す為、あえてアイリスの名前を出すリク。どうやら効果はあったようでウィルの表情が少し和らぐ。
「うっし、じゃあ行ってくらあ!」
そう言うとウィルは魔物の最前線から十メートルほど中に入ったところに着地して周りを切りつける。何が起こったのか理解できない魔物たちは反応が遅れる。その隙に再び跳躍して最前線の前に躍り出る。
「来いよ魔物ども!俺に追いつけるもんなら追いついてみな!」
魔物が殺到するとウィルは街へ向けて駆け出す。ただし離れすぎないようにして尚且つ時折攻撃を混ぜながら。一目散に逃げれば安全ではあるが、囮は失敗に終わる可能性が高くなる。魔物を釣るためには、魔物どもにウィルを狩れるかもしれないと思わせなければならない。
ウィルの決死の囮が実を結び、続々と魔物が街へと向かっていく。その数およそ五千。それでもまだ二千ほど残っている。そしてリクは魔物の群れを統率していると思われる者がいることに気付く。
それはかつてまみえた犬の姿に翼を持つ悪魔だった。
「あれは…グラシャ=ラボラス?」
リクの心臓が早鐘を打つ。リクからすれば普通の魔物など問題にならない。数が多ければ時間が掛かってしまうが、ただそれだけの話だ。だが相手が悪魔族となれば話は変わってくる。戦闘するとなればリスクは高いが、奴が魔物を統率しているのであれば討たなければならない。
そしてここにはリク一人しかいない。グラシャ=ラボラスの実力や能力が不明な今、本来は嫁二人と合流する方が賢明だろう。だが街に戻ればフーをまた奴に会わせることになってしまう。父親としてそれは断固として避けなければならない。もはや選択肢は無い、ここで奴を討つとリクは意思を固める。
残り二千の前に降り立つとウィルと同じ要領で、魔物どもを荒野まで引きずり出す。そこからは一方的な蹂躙だ。リクのアダマンタイトとロープは振り回すだけでも十分な脅威。身体強化魔法をフルでかけているだけあり、球だけでなく硬度の高いロープに当たっただけでも魔物どもは掠った部分が抉られ次々と絶命していく。
当然グラシャ=ラボラスはリクの存在に気付いているが手を出してこない。二十分ほど蹂躙を続けると、もはや勝てぬと悟った魔物どもは散り散りになって逃げていく。それを見届けてようやく悪魔がリクの前に降り立つ。
「やあ、また会ったなリク」
町で知り合いに会ったかのように、まるで敵対心を見せることなく話しかけてくる。
「このスタンピードはお前の仕業なのか?」
「ああ、そうだな」
「何の為だ!」
リクの声に怒りが混じる。だがグラシャ=ラボラスは意に介さず話を続ける。
「悪魔族にとって人族の魂は重要な儀式の触媒になる。それで手っ取り早く魔物を煽動し人族を殺して魂を回収しようと思ってな。だがお前が出てくるとは誤算だったよ。ここは国が違うから大丈夫かと思ったんだがな」
まるで悪戯を咎められた子供のような態度だ。自らの行為を一応反省しているように見えるが、この悪魔はそんな殊勝なタマではない。リクには目の前の悪魔が反省している内容が分かる。この悪魔が反省しているのは魔物を使って楽をしようとして失敗したことだ。やったことへの反省ではない
「それで?今日はこのままやるのか?」
殺気を飛ばすリク。これだけの殺気を受ければ否が応でも臨戦態勢になるはずだとリクは考える。だがその目論見はもろくも崩れ去る。
「やらんよ。やる理由がない。そして俺ではお前には勝てん。俺は唯の先兵だからな」
「…お前の他にも悪魔族はいるということか?」
「好きに取れば良い、こちらにはそこまで教える理由も無いからな。ではお前の竜によろしくな」
またしてもグラシャ=ラボラスは忽然と消える。気になることは多いが今は魔物の群れが優先だと思い、リクは急いでイベールへと向かう。
時間は少しさかのぼり、ウィルは多少の傷を負いながらもイベール付近へと魔物を連れて来ていた。そして彼女の魔法の射程距離に入るや否や一気に駆け出してイベールへと辿り着く。魔物たちも駆けてくるが街まではまだ大分距離が離れている。
開幕一発目の魔法を繰り出すのはもちろんエルだ。
「思ったより多いわね『爆槍乱舞』」
ラビュリントスのダンジョンでも使用した殲滅魔法だ。もはや炎槍乱舞ではないとのツッコミを方々から受けて名前を変えていた。
二十ほどの炎の槍が魔物に向かって等間隔で放たれ、着弾すると爆発して周囲を吹き飛ばしていく。こういった魔力量に物を言わせた殲滅戦はエルの得意分野だ。二十で終わることなく次々と炎の槍を生み出して絶えず魔物に向けて打ち込んでいくが、魔物たちは怯むことなく進み続ける。さすがに五千もいれば一匹残らずとはいかない。
すると抜けてくる魔物をめがけて光の柱が上空から姿を現し、戦場を縦横無尽に切り裂いていく。それに触れた者を塵も残さず蒸発させる、それは竜種のみに許された魔法。放つのはもちろんフー。さすに地上でブレスを放つのは目立ちすぎるので、フーだと認識できない高度から攻撃する。
ここまで来ると魔物の数も相当数減ってきている。そして命からがらエルとフーの蹂躙から逃れた魔物たちは、イベールの城壁の十メートル程前でルーシーの水と土の混合属性魔法『泥拘束』によって体の自由を奪われる。
ここからは他の冒険者や兵士たちの出番だ。もはや数の有利を無くし、体の自由を奪われた魔物など問題になるはずもない。ファングの四人も戦場で存分に暴れ回って魔物を討伐していく。
ここにイベール防衛戦は味方側に一人の死者も出すことなく幕を閉じたのであった。
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