第72話 ウィルの覚悟

 フーの冒険者ギルドへの登録が終わり、続けてスタンピードの情報を教えてもらう。受付の女性はエミリーと言う名前らしい。


「スタンピードの兆候が現れ始めたのは一週間前です。普段その場所では見ない魔物を見るなど生息区域が変わっていたり、通常通り討伐をしているにも関わらず確認できる数が多いことなどが兆候に当たります」


「今までの傾向からしてどれくらいで起こるのじゃ?」


「一ヶ月以内には間違いなく起こります。遅ければ遅いほど数が増えると思っていただいて結構です」


「こちらから討って出るのはありなのかしら?」


「…おすすめは出来かねますね。魔物の数が多くなっていた場合、囲まれるなど非常に危険な状況に陥ります」


 エミリーの意見を聞いたリクが少し考えてから切り出す。


「例えば足の早いものがおびき寄せるって言うのはどうですか?」


「それは…出来るかもしれませんが危険です」


「俺なら出来ます。今の話ではいくら見張りを立てても後手に回らざるを得ませんよね?」


「そうじゃな、来ると分かっていれば余裕が出来る。それにいつ来るのか分からないというのは精神的にキツいものがあるな」


 リクとルーシーの意見は尤もなものだが、率先してそんなことをやろうというものはいない。なぜなら冒険者は英雄ではないのだから。今回のスタンピードの対応にしても冒険者にとってはただの仕事でしかない。大半の者は正当な理由なく要請を断ったりすればペナルティが課せられるから来ているだけだ。ただの仕事に自らの命を懸けるなんて者はよほどの物好きだ。そもそも上級の冒険者であれば、いざとなったら自分の身くらいは守れる。つまりそういう時には逃げ出す程度のモチベーションだ。


「……ギルドマスターに話を通してみます。一緒に来ていただけますか?」


 エミリーにも当然その作戦の有用性が理解できる。だからこそ上に掛け合う価値があると判断した。

 リクたちはエミリーに連れられてギルドマスターの執務室へと向かう。やはりヘルプストと同じところに執務室はあった。


「ギルマス、エミリーです。スタンピードの件で少しよろしいでしょうか?」


「ええ、入ってちょうだい」


 中から聞こえたのは女性の声。当然冒険者にも女性はいるのだからおかしいというわけではないが、よほど有能なのだろうとリクたちは思う。


「失礼します」


 中央の来客用の座り心地の良いソファーにリクたちとギルマス、エミリーが向かい合うように座る。ちなみに少し狭かったのでフーはリクの膝の上だ。

 ギルマスは恐らく三十代半ばといったところだろうか。リクより少し低い身長で茶髪のショートカットの女性だった。女性にモテそうな女性といった感じだ。


「初めまして。私がここイベールのギルドマスター、リリアーヌよ。リリアと呼んでちょうだい」


 リクたちも自己紹介を終え、早速エミリーから先程のリクの提案がリリアに伝えられる。


「リク…もしかしてラビュリントスのダンジョンを踏破した三人ってあなたたちかしら?」


「ええ、そうです。やはり知っていましたか」


 リクたちはこういうときは本当にダンジョンを踏破して良かったと感じる。未だCランクのリクたちからすると冒険者としての格の証明に非常に役に立つ。


「そう、あなたたちが言うのなら荒唐無稽な計画ではないわ。恐らく出来るのでしょうね」


「それじゃあ任せてもらえるんですか?」


「そうね、ただ一週間後に起こっていなかったらでいいかしら?まだ冒険者の集まりが悪いのよ。それ以上待つのは魔物側の戦力が充実しすぎるからこのあたりが限界だと思うわ」


 リリアの提案は尤もなものだ。おびき寄せたとしても迎撃できる戦力がいなければお話にならない。それに待ちすぎるのもやはり悪手だ。ここはノウハウのあるギルド側の提案に乗っておく方が無難だと思える。


「ええ、問題ないです」


「ではお願いするわ。本来あなた達にも見張りに出てほしいけどそこまでしてもらうんなら免除するわ」


「助かります。ではまた何かありましたら連絡をお願いします」


 その後、スタンピードで集まった冒険者たち用にギルドが借り上げた宿にリクたちは向かう。いかにも冒険者御用達の酒場が併設されている宿だ。そこにはやはり彼らがいた。


「よう、やっぱり来てたか」


 金髪の剣士、ウィルから声をかけられる。当然ファングもこの作戦に呼ばれており、名を上げたい彼らにとっても願ってもないチャンスだ。この作戦で目覚ましい活躍をすればSランクだって夢じゃないと言える。


「ああ、最近頑張ってるみたいだな」


 意味ありげな表情でリクが言うと、ウィルとラークは意味を察して照れたように頭を掻きアキとアイリスは言葉通りに受けとる。


「そっちも塩漬け依頼を片付けてくれたみたいね」


 コカトリスとキラーボアの件だ。


「まあうちの庭を散歩するついでにフーが狩っただけだよ」


 手をヒラヒラさせながら事も無げに言うリク。だがファングからすれば聞き捨てならない。


「フーちゃんが狩ったのか?嘘だろ…」


「Sランクを目指す自分達が完全に霞むわ…」


「うちの娘は優秀なのよ」


「その通りじゃ、妾たちが教えておるのじゃからな。落ち込む必要など無い」


 二人の母親から誉められ、フーは嬉しそうにしている。


「ところでさっきギルマスと話をして来たんだが、もし一週間後にスタンピードが起こっていなければ、俺が囮になっておびき寄せることになったから」


 軽い口調で言うリクにウィル以外のファングの三人は目を白黒させている。しばらくして眉間に皺を寄せて考え込んでいたウィルが徐に口を開く。


「それ、俺も手伝えねえかな?」


 その言葉にラーク、アキ、アイリスが焦って止める。彼らは歴戦の冒険者、リクならばまだしもウィルではリスクが高すぎると考えてのことだ。だがリクには彼がそこまでする意図が分かる。


「…Sランクの為か?」


 ウィルは力強く肯定する。


「地道にやってきたがこれはチャンスだ。今までの実績とこの作戦での活躍。これが認められればSランクが手に届く」


「だからって…」


 アキとアイリスは心配そうだ。だがラークは違う。ウィルが生半な思いでないことは彼が一番よく知っている。


「ウィル、俺は賛成だ。お前なら出来る」


「ラーク、ワガママ言ってすまんな」


 ウィルとラークが頷き合うが、リクはしっかりクギを刺しておく。


「言っておくが決めるのは俺じゃない。ギルマスだ。もちろん口利きくらいはしてやれるけどな」


「リク、じゃあ…」


「ああ、二か所で引きつけられれば囮の役割は楽になる。ウィルなら十分出来ると思う。もちろん身体強化魔法の練習を続けているならな」


「もちろんだ、今は通常時の三倍以上の速さで動ける。囲まれてやられるなんてドジは踏まねえよ。アイリス、アキ止めても無駄だからな」


 ウィルの言葉にアキとアイリスは黙り込む。確かにウィルの言っていることは分かる。分かるが心配しないわけではない。だからこそなんと言葉を掛けていいのか分からない。


「じゃあ早速行くか?」


「ああ、頼む」


 リクとウィルが宿を出てギルドへ向かう。ラークはウィルを信じて見送り、アキとアイリスは下を向いている。


「アキ、アイリス。ウィルを信じてやらんか。仲間じゃろうが」


「そうよ、リクが出来るって言ったんだから絶対出来るわ」


 二人はウィルではなく出来るといったリクを信じている。自分たちの最愛の夫であり世界最強だと信じて止まない彼を二人は心の底から信じている。アキとアイリスにはそれが良く分かる。


「お姉ちゃんたち大丈夫だよ。お父さんなら何かあっても助けられる」


 フーもまたリクを信じている。全く心配などしていない、子供だからこその裏表のない純粋な言葉。だからこそ二人の心に届く。


「ありがとう三人とも。私もウィルとリクを信じるわ」


「…私も」


 一時間ほどして二人が帰ってくる。リクの説得の甲斐あって囮役はリクとウィルの二人体制となる。

 そして一週間後、スタンピードが起こることなく時間は経過し運命の日がやって来た。相変わらず冒険者の数はそろっているとは言い難い。しかしこれ以上待ったとしても味方が増えるとは思えない。何よりみすみす魔物の数が増えるのを黙って見ているわけにはいかない。

 正午、遂にリクとウィルが魔物の巣窟と思われる北に向かって走り出した。

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