第71話 ウィンテル帝国へ

「お父さん、お母さん。ウィンテル帝国ってどんなところなの?」


 遠征の準備をするためにオルトの店へと行く途中、フーが三人に聞いてくる。


「エル、ルーシー知ってる?」


「そうねえ、やっぱり北の方にあるだけあって寒いわ。今の時期なら大分暖かくなっているでしょうけどね。私は帝都なら行ったことあるから転移魔法も使えるわ」


「妾は詳しくは知らんのう。魔族領よりは寒さはマシなんじゃろうな」


「まあ北の方に行けば同じくらいなんじゃないかしら?でも人が住んでいるのは南よりが多いわね」


「帝都はイベールだったっけ?」


「ええ、今度の目的地もイベールよ。しかしよりによってスタンピードが帝都で起こるなんてね」


 今回のウィンテル帝国のスタンピードは帝都イベールでその兆候が見られているとのことだった。帝国としては帝都を落とされるわけにはいかない。そのようなことになれば亡国の危機になる為、ギルドを通じて大々的に世界中の冒険者たちに応援を要請していた。


「じゃあ少し暖かい格好の方がいいかな?」


「そうね、フーはかわいい服を買いましょうね」


「それはいい考えじゃな」


「…嫌な予感がする」


 フーに服を買うとなればアレが暴走するのではないだろうかとリクが危惧する。嫁二人を可愛くしてくれるのはありがたいが、あまり娘には手を出してほしくないのだ。そんなリクの危惧をよそに女性陣は盛り上がり、やがて店に着く。


「いらっしゃいニャ!」


 アレこと赤髪の猫獣人ミアがリクたちを迎える。


「実はギルドからの依頼でウィンテル帝国に行くことになったの。それでフーに暖かい服を買ってあげたいんだけど見繕ってくれないかしら?」


 エルの言葉にミアの目がらんらんと輝き出す。親の贔屓目かもしれないが、フーは美少女といって差し支えないと三人は思っている。そんな極上の素材を目の前にして暴走しないはずがない。


「わ、私に任せるニャ!じゃあ二階へどうぞ!早く早く!」


 ミアのあまりの勢いに圧倒される四人。急かされるままに二階へと上がると、ミアがフロア中を走り回って服を集めている。


「…あれを全部着させるつもりかのう」


「そうだろうな、こうなることは予想していたが」


 エルとルーシーも極上の素材ではあるが彼女たちは服を全く買わない。季節によって中に着る服は少し変わるものの、常に魔導師のローブを着ているという魔導師の鏡のような存在だ。リクとのデートの際にはなんとか自分好みの服を着せられたものの、ミアとしては物足りない。しかし下手に手を出すと急に惚気たりしてダメージを受けるはめになるので危険な存在だ。

 そこにフーの登場だ。そもそも子供の服は可愛らしいものが多く、可愛いものを愛でるのが趣味と公言するミアにとっては前々から狙っていた絶好のターゲットだ。


「まずはこれ!やはり寒いところに行くのならダウンジャケット」


 小さなフーがモコモコのダウンジャケットに身を包んでいる姿は確かに可愛らしい。三人とも思わず顔が綻んでしまう。


「続いてこれ!ピーコート」


 子供のフーが着るとちょっとませたような感じになって、これもまた可愛い。三人はうんうんと頷いて満足げだ。そして確かに可愛いものを愛でるのはよいものだと思う。だがこの気持ちはフーが愛娘だから思うことであって、他の家の子供の着せ替えを見てもここまでの感動は得られないだろうとも思う。


「断腸の思いで十着に絞りました…さあ!どれにしますニャ?」


「全部だな」


「ええ、そうね」


「当然じゃな」


「え?いいの?」


 予想外の展開にフーが驚くが、三人は何の問題もないと言わんばかりに頷く。


「流石ですニャ。お買い上げありがとうございますニャ。ところでエルさんとルーシーさんもたまには服を買って欲しいところですニャ。親子で一緒の服とか可愛いですニャ」


「それは確かにいいのう」


「ええ、また今度お願いしようかしら」


「私もお母さんと同じ服がいいな!」


 その言葉を聞いた二人は嬉しそうにフーの頭を撫でてあげる。撫でられているフーも嬉しそうだ。

 リクたちは一度深淵の森に戻る。あまりにも早くウィンテル帝国に着くのも具合が悪いので、三日後に転移することにした。


「でもスタンピードとなると集団戦だよな。あんまり俺の出番はないかもなぁ」


 リクの戦闘スタイルは完全に対個だ。その場合には無類の強さを発揮するが、相手が何千何万となれば相性が悪いのは仕方の無いこと。だからこそエルと一緒に旅に出た。


「そんなこと無いと思うわよ?どうしたって遠距離からの魔法では討ち漏らしは出てくるわ。リクは恐らく遠距離攻撃を突破したやつらから門を死守する役目とかになるでしょうね」


「うむ、リクの手を煩わせんでもいいように終わらせるとするか」


「私も頑張る!」


「ああ、頼んだよ」


 三日後、リクたちは帝都イベールに転移してきていた。イベールは冬季には大雪になることも珍しくない雪深い土地であるため、家には暖炉が必須でそこら中に煙突が飛び出している。また雪が屋根に積もりにくいようにする為、とがった三角屋根の家が多く今まで訪れたどの街とも違う雰囲気を持っている。

 まずはリクたちは帝都に来たことを報告するため冒険者ギルドへと向かう。今回はフーも作戦に参加できるよう登録をすることにした。イベールの冒険者ギルドはヘルプストと同じくらいの規模だ。やはり本部のラビュリントスがずば抜けて大きく、他のところは然程変わらない。そして各地に赴く冒険者たちにギルドだと分かりやすくするためか、大体の建物の雰囲気も同じようなものになっている。

 リクたちはギルドに入ると受付に向かう。スタンピードが近いせいかかなり慌ただしそうな雰囲気だ。そのためフーを連れていても周りの冒険者からも特に怪訝な目は向けられない。やはりどこでも受付は花なのか若い人族の女性が対応してくれる。


「いらっしゃいませ。本日はどう言ったご用件でしょうか?」


 さすがプロというべきか。女性二人とフーを連れているという少し珍しいパーティにも関わらず、にこやかに対応してくれる。


「スタンピードの件で呼ばれてきました。あと、この娘も戦うことが出来るので登録して参加させたいんですが」


 この言葉にはさすがに受付の女性も顔をしかめる。


「…戦えるというのはどの程度でしょうか?」


「キラーボア程度なら一人で狩れます」


 フーを作戦中近くに置いておくために誤魔化すことなく答える。だが当然信じてもらえるはずもない。


「…少し実力を見せていただけますでしょうか?」


 さてどうしようかとリクたちが悩んでいると、おあつらえ向きのガタイのいい冒険者が絡んでくる。


「お嬢ちゃん、今回の作戦は遊びじゃねえんだ。その辺の薬草採取から始めな」


「お姉さん。この人倒したらいい?」


 フーの言葉とは裏腹な悪意の無い無邪気な声に、受付の女性は呆気に取られて何も言えない。代わりにガタイのいい男が答える。


「はは、面白えこと言う嬢ちゃんだ。腹に一撃入れてみろ」


 男はそう言うと腕を広げて迎え撃つような姿勢をとる。次の瞬間フーが三割ほどの力で殴り付けると、男は後ろにいた冒険者もろとも吹き飛び壁に叩きつけられる。その場からピクリとも動かないので気絶したようだ。


「お姉さん、これでいいかな?」


 フーに問いかけられるも言葉を発することができず、こくこくと頷く女性。少し落ち着いてやっとの思いで声を絞り出す


「…こちらがギルドカードです。魔力を通して下さい」


 緊張の一瞬だ。火竜とか出たらどうしようと言うことで先回は見送った。やがてギルドカードに文字が刻まれる。



 名前:フー


 職業:万能職


 ランク:F



 リクたちはほっと胸を撫で下ろす。とりあえず火竜じゃなくて良かったと。


「ギルドカードの確認をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「うん、どうぞ!」


 元気一杯に返事をして受付の女性に渡すフー。すると女性の顔が驚愕に染まり小声でリクたちに伝えてくる。


「あの…万能職は相当レアな職業です。近接戦闘、魔法どちらも高水準でこなす者にのみ現れる職業です。過去にいないわけではないですが、どの方も最低でもAランクになられています。あまり周りに知られない方がいいかと存じます」


「分かりました。お気遣いありがとうございます」


 この時のリクと嫁二人の気持ちは一致していた。ニアじゃなくて良かったと。

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