第70話 考察

 深淵の森、フーの付き添いをエルとルーシーに任せて、リクはヴァーサと話をしようと湖のそばに立つ。


「今日は食料を持ってきたという訳ではないようだな?どうかしたか?」


「魔族領に近いところで悪魔と名乗る者と会った」


 その言葉にも動揺した様子を見せずに淡々としているヴァーサ。


「その反応、予想外というわけではなさそうだな」


「そうだな」


 短いヴァーサの返答にリクは嘆息する。


「つまりは言えないということか?」


「ああ、我から話せることはない。済まぬがな」


 あくまで淡々と話をする二人。声をあらげてどうこうなる話ではないことはリクにも理解できている。


「ヴァーサからは話せない、か。別の誰かからなら話せるということだな」


「…お主にその資格があるのならばな」


「そうか」


「一つだけ言っておく。我らはリクと敵対するつもりはない」


「…分かった。それで十分だ」


「フーと言ったか、しばらく寝込むかもしれぬが心配ない。そのまま寝かしておいてやるといい」


 リクは愛娘を火竜でもフーランメでもなくフーと呼んでくれるヴァーサの気遣いが少し嬉しい。


「ああ、ありがとう」


 ヴァーサは湖に戻っていき、一人残されたリクは大の字になって今の会話を反芻する。

 ヴァーサは話せない。だが他の者ならば話すことができる。恐らくそいつはヴァーサよりも上位の存在であり、他の竜種にも縛りをかけている。

 考えてみれば風竜ヴェントからも竜種の数について含みのあることを言われている。これも縛りの一つではないかと考えられる。つまり残る土竜、聖竜、闇竜とは別に少なくとももう一種いる可能性が高い。そしてそいつは上位種であり、縛りを課している本人。恐らくは自分のことに直接言及できないようにしている。

 そしてヴェントが俺とエルとルーシーを見て過酷な運命が待ち受けると言っていたこと。ヴァーサが我ら敵対しないと言ったこと。この二つから考えられることは、理由は分からないがその上位種は俺たちの敵となるということ。そしてそれは避けられないものであるということ。


「家族を守るって大変なんだな…」


 思わずリクが独り言つ。自分は別に世界を救おうなんて大それたことを考えているわけではない。なのにこの状況はどう言うことだろうと考えずにはいられない。守りたいものを守るため、力を求めて竜種の加護を求めた。その結果なぜか上位竜に敵意を向けられ、今日は悪魔族にも会った。

 もしかするとこれは必然なのかもしれない。エルとルーシーと結婚したことで運命の歯車が回り始めた気がする。こんな考えはただの妄想のはずなのに、妙な確信がある。すべて導かれているかのような感覚さえする。


 だけどもう後戻りすることなど出来ない。まずは夏になったら魔族領のダンジョンに赴き土竜に会う。恐らく戦いは避けられないだろう。その後はどこにいるか分からないが、聖竜と闇竜の加護をもらわなければならない。上位竜に勝つには力を求めなければならないのだから、結局やることは変わらない。


「よし!家に戻ろう」


 思考を切り上げてリクは家に戻る。フーは今は少し落ち着いており、エルとルーシーが隣で一緒に寝ている。愛する三人の家族を眺めていると改めてやるべきことが分かる。単純なことだがこの三人を守る。それが自分の行動理念だと再確認する。


 悪魔族との遭遇から三日、フーはその間一度も目を覚まさなかった。体に特に以上は見られなかったので、悪魔と遭遇したことによる精神的なショックが大きいと三人は考えていた。


「フーは記憶がないはずなのにな」


「もしかしたら本能的なものかもしれんな」


「確かにね、なんだか体が悪魔を拒絶しているっていう感じに見えたわ」


「恐らく竜種と悪魔には何か関係があるんだろうな。ヴァーサに聞いても教えてもらえなかったが」


「そうか、ヴァーサとの会話で分かったことがあるなら教えてくれんか?」


「ああ、ちょっと頭の中で整理してたんだ。もちろん話すよ」


 エルとルーシーがリクの目を真剣に見据えて先を促す。


「ヴァーサやヴェントの言動から考えて、何者かから縛りを与えられていると考えられるのは分かるな?」


 リクの言葉に二人はもちろんと言わんばかりに大きく頷く。


「ああ、答えたくないとは言わずに、答えられないと言っておったな」


「もう一つ重要なのがヴァーサは自分たちは俺たちに敵対しないと言ったんだ」


 エルが首をかしげる。


「それはありがたいけど信じていいのかしら?」


「今までの質問で答えられないものには答えられないと馬鹿正直に言ってるんだ。ある程度信頼していいと思う」


 口ではある程度とは言っているが、リクはヴァーサの自分達への今までの接し方から間違いないと思っている。


「確かに敵対するのであれば嘘をいって誤魔化すじゃろうな」


「そしてヴェントはルーシーから竜種の数を聞かれたときに魔法と同じと言っていたな」


「ええ、含みのある言い方だったわね」


「そう、だけど俺たちに敵対しないと言った以上、魔法の属性と同じだけの数の竜種がいるというのは本当だと思う。その上でわざわざ含みを持たせた理由、それは属性の数以外にも竜種がいて、そいつのことは話せないということを暗に示したかったんだと思う」


 その言葉を二人は少し考えてから同意する。


「本当に竜種が属性の数だけしか存在しないのであれば、含みを持たせる必要はないということじゃな」


「今までの話からすると魔法の属性以外の竜種こそがヴァーサたちに縛りを課しているということね」


「そういうことだ。そしてそいつはヴァーサたちよりも上位の存在と考えていいだろうな。しかもあの二体の口振りからは俺たちに敵意を持っていそうなんだ」


「謎の竜種かー。敵意を持たれる理由はなにかしらね?加護をたくさん受けてるから?それならちょっとケチね」


「それは分からんのう。とりあえず今までの竜種よりも強いとなると厄介なのは確かじゃな」


 エルとルーシーが肩を竦めながら愚痴を言う。


「泣き言を言っても仕方ない。まずは残りの三匹の竜種に加護をもらう。それと平行して訓練も行う。これだけだ」


 リクの言葉にエルとルーシーが力強く頷く。やることさえ決めてしまえば後はやるだけ。二人もリクの影響を確かに受けていた。


 翌日の朝、フーが目を覚ます。あの時のことはあまり覚えていないとのことだったので、リクたちもまたショックを受けてはいけないと思い話さなかった。体に異常はなかっただけあって、食事を取るとすぐに元の通り元気になったが、活動は念のため次の日からにしておく。


 フーが目を覚ました次の日、四人はヘルプストのギルドにやって来ていた。依頼の報告のためだ。さすがに悪魔のことは話すわけにはいかないので、当たり障りの無い範囲で調査結果を報告する。


「では手掛かりを得ることはできなかったと言うことでしょうか?」


「そうね、不自然だったのは村人が殺された形跡すら残っていないと言うところね」


「そうですか、確かにそれは不可解ですね。なにぶん被害も二ヶ月以上前ですからね。目撃された魔物がずっと同じところに留まっているとも思えませんし」


「うん、あそこには私たちも何日か滞在したけど結局現れなかったわ。恐らく行くだけ無駄だと思うわよ。もしまた別のところで目撃証言でもあったら教えてちょうだい。もう一度私たちが行ってみるから」


「分かりました、ひとまずこの依頼は保留と言うことにさせていただきます」


 調べればすぐに分かること、行っても無駄だと言うことをニアに伝える。あのとき悪魔族グラシャ=ラボラスは姿を消したが、奴の目的が分からない以上またあの場所に現れる可能性は十分ある。普通の冒険者が遭遇してしまえばひとたまりもないだろう。


「ところで皆さんにウィンテル帝国のギルドから依頼が来ているのですが、どうされますか?」


「ウィンテル帝国?何で俺たちに?」


 リクたちは不思議そうに顔を見合わせる。確かにアイとの決闘の時に皇帝とは会った。だがそれだけだ。わざわざ自分達に依頼してくる理由が分からない。


「それがスタンピードの兆候があるらしいんです。それで名だたる冒険者を集めているようですね」


「ニアお姉ちゃん、スタンピードてなぁに?」


 フーが受け付けから必死に顔を覗かせてニアに尋ねる。思わずニアの顔も綻ぶ。


「スタンピードって言うのは魔物の大量発生のことなの。ウィンテル帝国に常駐している冒険者と兵士だけではとてもじゃないけど守りきれないわ。だからスタンピードの兆候があったら各国のギルドの冒険者に応援要請がされるのよ」


「分かった!ありがとうニアお姉ちゃん!」


 丁寧に教えてくれたニアに元気よくお礼を言うフー。その様子を見て、すっかり元気になってよかったと三人は心から喜ぶ。


「スタンピードか、それなら協力しないといけないよな」


「ええ、ウィンテル帝国も行ってみたかったしね」


「そうじゃな、いい機会じゃし旅行気分で行くとするかな」


「旅行楽しみ!」


「…あはは」


 スタンピードは普通の冒険者たちにとっては生きるか死ぬかの戦場になるのが普通だ。それ故本来許されないことではあるが、別の依頼に託つけて断る輩もいる。そんなところにまるで遊びに行くかのような雰囲気で話している四人。ニアの感情がまた消え去りそうになっていた。

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