第69話 悪魔族
翌日、早速冒険者ギルドに顔を出す。コカトリスの死骸と卵、キラーボアの毛皮の納品のためだ。
「あ、あわわ…も、もう取ってきちゃったんですか」
今日のニアはやはりポンコツモードのようだ。長らく達成されなかった依頼が、わずか一日で達成されたのだから無理もない話だ。
受付で出すにはコカトリスの死骸は大きすぎるので、解体場へと案内される。そしてフーが収納していたそれらを取り出すと、その一部始終を見ていたニアはなぜか悟りを開いたような顔をしている。
「ニアどうしたの?」
エルが心配そう、と言うよりも怪訝な様子で話しかける。
「いえ、私はもうみなさんが何をしても驚きません。フーちゃんが空間収納魔法を使っても皆さんの娘なら納得です」
理解したのではなく理解することを放棄したニアが達観した様子で語る。
「それでは報酬を支払いますので、受け付けにお越しください」
感情を全く感じないニアの様子にリクたちは大丈夫かと心配そうな目を向けるも、黙ってついて行く。
受け付けに着くと、やはり抑揚のない声でニアが報酬を渡してくる。
「こちらが報酬になります」
「フーが全部取ったんだから、フーがもらったらいいよ」
リクの提案に嫁二人も首肯する。フーは破顔して報酬を受けとろうとするが、ニアの手から袋が離れない。
「ニアお姉ちゃん?」
「…気絶しておるな」
どうやらフーが一人で二匹の魔物を狩ったと聞いて、ついに機能停止をしてしまったらしい。仕方ないのでルーシーが『気付』をかけてやる。
「はっ!私は何を?確かフーちゃんが一人で魔物を狩ったとか…」
ニアの声に感情が戻っている。
「そうだよ、お父さんについて来てもらったけど、戦ったのは私だけだよ!」
「…はわわ」
再び気絶しそうになるニアをルーシーが無理矢理起こしてなんとか報酬を受けとる。
「私…皆さんの担当で大丈夫なんでしょうか…」
すっかり自信をなくしているニアにエルが相変わらずの調子で声をかける。
「大丈夫よ、助かってるわ」
「っはい!ありがとうございます!頑張ります!」
師弟関係だけあってニアもエルもチョロいのは同じだなとリクとルーシーは密かに思うのだった。
「さて、じゃあ被害のあった村の場所を教えてもらえるか?」
「はい、三つの村は隣接しており、それぞれ十キロほどしか離れていません」
そういいながら地図を取り出してくるニア。この大陸の形はオーストラリア大陸によく似ている。リクは初めて見たときに驚き、もしかしたら外洋には他の大陸があるのか?と思った。だが大陸内で気候が大きく違うことを考えると、この星は恐らくかなり小さいのではないかと想像できる。そのため形については偶然だと結論付けていた。
ニアが指差したのは魔族領から二十キロほど南下した地点。大きな地図には乗らないような小さな村が三つあるのが分かる。
「ここからは歩いて向かえば三日もあれば着くでしょうね。何分ギルドの方でも情報が少ないので、まずは村に行って手掛かりを探すことをおすすめします」
「そうじゃな、ここまで魔族領が近いとなると何か関係があるのかもしれんな…」
ルーシーの表情が曇る。もし魔族が関わっているのであれば魔族を相手取ることになる。関わっていないのであれば魔族領でも被害が出ていることは想像に難くない。そしてそれを察したリクが声をかける。
「ルーシー、とにかく急ごう。行ってみないことには何も分からない」
「ああ、その通りじゃな。ありがとうリク」
「ニア、ありがとう!行ってくるわね」
「ニアお姉ちゃん、行ってきます!」
「はい、皆さんお気をつけて!」
ニアに別れを告げると、四人はフォータム共和国の拠点から食料や野営の準備のため深淵の森に戻る。
「場所から行ってベルファス火山から西に行くのが一番近いだろうな」
「そうね、それでいいと思うわ」
「では出発じゃな」
四人はエルの転移魔法でベルファス火山の付近に転移する。今やベルファス火山は魔法銀の一大産出地であり、出入りしている人の数も多い。人目につかなそうな所を選んで転移する必要がある。
「大分活気があるみたいね」
エルの表情は明るい。ベルファス火山近くの廃村が復興しているのだ、三人がお世話になったトカナ村も活気が戻っていることだろう。
「そうだな、トカナ村にも結婚したこととフーの紹介にいかないとな」
「うむ、またあの温泉に入りたいものじゃ」
「温泉があるの?私も入りたいな」
「ああ、この依頼が終わったら行こうか」
「うん!」
今の最優先事項は依頼の達成だ。温泉に後ろ髪を引かれながらも四人は西へと歩を進める。
五時間ほど休憩を挟みながら進んだ四人は野営の準備する。その気になれば十人は入れるであろう広いテントに美味しい食事。夜はルーシーが周辺に結界を張っているので見張りの必要もない。野営とは思えないほど快適だ。
翌朝朝食を終えて四人が再び進み始める。昼過ぎ、ベルファス火山から五十キロほど西に行ったところに一つ目の村が見えてくる。
「これは…どういうことだ?」
確かに村は壊滅しているが、人が死んだような形跡がない。骨や血痕などが全く見当たらないのだ。
「これ…魔物の仕業なの?」
「…まるで人を消してしまっているようじゃな」
そう言うとエルとルーシーが魔法の痕跡などがないか調べ始める。フーは少し怯えているようでリクのそばから離れない。
「ダメね。手がかりはないわ」
「魔法以外の力、か。厄介な相手かもしれん…」
ここに残っても仕方がないので二つ目の村に向かう。
結果は同じだった。この日のうちに三つ目の村まで行くことが出来たが、そこでもなんの手がかりも見つからなかった。もはやここにはいないと考えるのが順当だ。
すでに日は暮れていたので四人はとりあえず野営の準備をして、今後の方針を話し合う。
「北上して魔族領に入るべきじゃな」
「やっぱりそれしかないか…」
「手がかりがないんじゃあ仕方ないわね。とりあえず早く寝ましょうか」
四人が寝ようとすると、ルーシーが声を上げる。
「っ!結界が破られた…一匹だがこっちに近づいてくる」
「マジかよ、ルーシーの結界を破るなんて。やっぱり厄介なやつみたいだな」
「とりあえず外に出ましょう、戦闘準備よ。フーは後ろに下がっていて」
外に出た四人はそれが向かってくるであろう方角を向いて戦闘準備に入る。
次の瞬間それが四人の頭上に現れ、話しかけてくる。ニアから聞いていた通り翼を持った犬だ。
「お前たち、なかなか強そうだな」
それから発せられた明らかに知性を持つ言葉にリクたちは衝撃を受ける。
「…俺はリク、人族だ。お前は誰だ?」
「む?先に名乗られてしまったのならば名乗らねばならんな。俺の名はグラシャ=ラボラス。悪魔族だ」
信じられないとリクたちが動揺するが、会話を続ける。
「…悪魔族だと?そんなものがこの世界に?」
「この世界…ではないな。どうやら今お前たちと事を構えるのは得策ではないようだな。俺も無事では済むまい」
「…逃げるのか?」
ここで無理してでも倒した方がいい。リクの直感はそう言っていた。
「安い挑発には乗らんよ、焦らずとも近いうちに会うことになるだろう。ではなリクと連れの竜よ」
「っ!」
次の瞬間グラシャ=ラボラスは姿を消していた。それは転移魔法ではない、魔力の残滓を残すことなく忽然と消えた。
「あいつ…竜だと?竜と悪魔には何か関係があるのか?」
「フー!?どうしたのじゃ!?」
「あ、悪魔……怖い…」
ガタガタと肩を震わせ、顔色は真っ青になり滝のような汗を流している。明らかに様子がおかしい。それはただ強い者と出会った反応ではない。
「仕方ないわ、とりあえず家に戻りましょう。必要ならまたここに転移すればいい」
「そうだな」
現状ではこれ以上ここにいる理由はない。とりあえずフーを落ち着かせることが最優先だ。四人は廃村を後にして我が家へと帰ることにした。
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