第68話 依頼

 ヘルプストの冒険者ギルドに戻った四人、受付ではニアがここに常駐している冒険者の手に負えない依頼をまとめてくれていた。


「みなさん、今でしたらこちらの三件が長らく未達成になっております」


 ニアが見せてきた依頼は三件だけ。リクたちはもっとあるのかと思っていたので少々拍子抜けする。


「意外と少ないのね?」


「ええ、最近は難しい依頼をファングが請け負ってくれているんですよ。かなり気合いが入ってますね。恐らく難しい依頼をこつこつとこなしてSランクになろうと言うことではないでしょうか?」


「ほう、そういう方法でもSランクにはなれるものなのか?」


「前例はありません。ですがある程度の難易度の依頼を確実にこなせるとなれば、可能性はあると思います」


「そうか、そういう手もあるんだな。確かに自分達が前例になればいいだけか」


「ええ、もしそういう方法でSランクになれるのと分かれば、あまり積極的ではないAランク冒険者たちに発破をかけることができるかもしれません。それはギルドにとっても悪い話ではないですから」


「じゃあこの依頼はファングでも手を焼く依頼ってことね?」


「ええ、では順に説明させていただきます。まずは素材収集が二件ございます。コカトリスの肉と卵、そしてキラーボアの毛皮です」


 思わぬ依頼にリクたちが困惑の表情を浮かべる。もはや我が家の食卓に欠かせない食材だ。


「ちょっと待った、それって難しいのか?」


「ええ、何せこの辺りには生息していないのではないかと思われます。依頼者はこの国の貴族の方なのですが、難しいと説明してもとりあえず依頼を出させてくれとおっしゃるので」


「ああ、そういうことか。確かにファングも遭遇したことないっていってたな」


「もしかして皆さんは遭遇したことがあるんですか?」


「そうじゃな。専らうちの鶏肉と言えばコカトリスじゃし、豚肉と言えばキラーボアじゃ」


「……はわわ」


 最近落ち着いてきたと思われていたニアだったが、予想外の出来事に以前の姿が戻ってきた。


「うーん、やっぱりそっちの方がニアっぽいな」


「ええ、そうね」


 リクたちが笑っていると、なんとか自力で正気を取り戻したニアが気を取り直して説明を続ける。


「し、失礼しました。続いての依頼ですが、二ヶ月ほど前、魔族領に程近い村が三つ魔物によって壊滅しております。Bランクパーティが討伐に当たりましたが、帰還しておらずそのままになっております。そのパーティは近くAランクに昇格すると言われているほどの実力を持っておりました」


「ふむ、これはなかなか興味深い依頼じゃな。どのような魔物かは分かっておるのか?」


 リクとエルはルーシーって魔物使ってただけあって魔物好きだよなという視線を向ける。


「実はよく分かっていないんです。翼を持った犬だと生き残りの方は言われていたのですが、そのような魔物はこちらでは把握しておりませんで」


「翼を持った犬、とな。確かに妾も心当たりがないのう」


 顎に手を当てて豊富な知識を探るが回答は無いようだ。リクはそんなルーシーの様子を見て提案する。


「いずれにせよ被害が出ているんだ。行ってみよう。それ以来被害はないのか?」


「はい。それ以来南下してくることもないようなので、ギルドからすると少し優先度が下がっております。ただ驚異であることは間違い有りません」


「面白そうね。未知の魔物か、ルーシーが好きなやつね」


「エル、妾は魔物好きではないぞ?ただ新たな知識が欲しいだけじゃ」


「そうなの?初めて深淵の森に行ったときは楽しそうだったけど」


「む?まあ知識として知っていても、実物にはなかなかお目にかかれない魔物が多かったのでな」


 そう語るルーシーの顔は少し嬉しそうだ。リクたちはそれは魔物好きじゃないのか?と疑問に思うが、不毛な議論になりそうなのでスルーする。


「ではこの三件、受けていただいてよろしいでしょうか?」


「ああ、受けるよ。二件は明日には達成できるから」


「え?」


 キョトンとしているニアに手を振って、リクたちは拠点から深淵の森に転移する。


「お父さん!一緒に狩りに行こうよ!」


「ああ、分かった。今日の狙いはコカトリスとキラーボアだからな」


「うん、依頼を受けたやつだね!」


「気を付けて行って来るんじゃぞ?」


「私たちはご飯作って待っておくからね」


 最近はフーも狩りに参加するようになっている。彼女に勝てるようなものなどこの深淵の森にはいない。とはいえ一人で行かせるのは心配なのでリクがついていく。


「あっ!いたいた」


 フーがコカトリスの巣を見つける。コカトリスは雄鶏と蛇がくっついたような風貌をした魔物だ。嘴や爪での攻撃や、蛇の部分が噛みついてきたりする。蛇は致死毒を持っており食らうと厄介だ。

 フーは木陰に身を隠し、隙を見て一気に駆け出すと強烈な蹴りを雄鶏のような頭部に見舞う。リクによって身体強化魔法をマスターしたフーの一撃は、その命を刈り取るのに十分な威力を有していた。


「お父さん!取れた!」


「すごいぞフー!身体強化魔法も大分物にしたな」


 フーは自慢げに胸を張るとコカトリスの死骸と卵を空間収納魔法で収納する。これはもちろんエルから教えてもらったものだ。親の贔屓目ではなく、フーの成長速度はすさまじいの一言だ。今はまだそれぞれの技や魔法の精度はリクたちに劣る。だがこのまま三人がフーに色々と教えて体が成長していけば、竜種最強になるのではないだろうかとリクは思っている。


「次はキラーボアだね。『索敵』……あっちだ!」


「どう考えても俺より範囲は広いし、感知も早いよな…」


 リクとて索敵は使える。だがフーはルーシーほどではないにしろリクよりは遥かに上手だ。もはや保護者として一応来ているだけだ。


「いた!」


 キラーボアの姿を見つけてその前に躍り出る。キラーボアは鋭い牙を持った三メートルほどの猪の魔物だ。本来正面に立つなど自殺行為だが、あえてフーはそれをした。

 フーの姿を確認したキラーボアが猛スピードで突っ込んでくるが、フーはそれを避けることなく身体強化魔法を使い正面から牙を受け止める。暫し膠着したものの、勢いをつけてもフーを圧倒できなかったのだからキラーボアが勝てる道理もない。

 フーはキラーボアを投げ飛ばし、脳天めがけて渾身の正拳突きを叩き込むとキラーボアは絶命した。フーはリクの姿を見つけると、満面の笑みでピースサインをしてくる。その可愛さにリクは顔を緩め、ピースサインを返してやる。


「これで今日の狩りは終わりだな、すっかり一人で出来るようになったな」


「うん、お父さんたちが色々教えてくれるからだよ!」


 何て出来た子だとリクは感激して、ご褒美にフーを肩車して我が家へと帰る。キラーボアに関しては毛皮が必要ということだったので、毛皮を剥いで肉は夕食とヴァーサの餌に使った。

 夕食を終えた四人はいつものようにリビングで少し話をする。今日の話題はギルドからの依頼についてだ。


「あの依頼の魔物どう思う?」


 エルが単刀直入にリクとルーシーに尋ねてくる。フーはリクの膝の上でうつらうつらとしている。


「ちょっと情報が少なすぎるよな。魔族領の近くって言うくらいだから魔族領に棲む魔物なのかな?」


「どうじゃろうな、確かにそれであれば気候が違うから南下してこないということも分かる」


「分からない相手のところにフーを連れていくのが心配なんだよな…」


「そうね、本人は行きたいって言うだろうけど」


「そうじゃな、出来ればフーには待っていてもらいたいが」


 三人はどうしたものかと悩んでいると、フーがいきなり抗議の声を上げる。


「私もついていく、戦闘には参加しないからいいでしょ?」


 上目使いでリクを見てくる可愛さに許可しそうになるが、ここはきちんとしないといけないところだ。


「フー、起きてたのか…」


「お父さん今日見てたでしょ?私ちゃんと戦えるよ?自分の身を守るだけなら出来るよ?」


 フーの切実な願いに言葉を返すことが出来ない三人。しばらく考えたのちルーシーが提案をする。


「では今回は連れていこう。その代わり竜種がおるところには連れていけぬ。これが条件じゃ」


 リクとエルは驚いてルーシーの方を見やる。だが冷静に考えてみれば悪くない条件かもしれないと思い直す。この世界で一番危険なのは竜種だ。何がなんでもそこにフーを連れていくのは阻止したい。

 逆に言えば竜種以外ならばリクたちにもフーに気を配る余裕がある。落とし処としては悪くない。


「うん、それでいい。お父さん、エルお母さんもいいでしょ?」


「分かったわ、危ないことしないようにね?」


「フー、戦闘に参加するのは俺たちが許可を出したときだ。守れるな?」


「うん、分かった。お父さん、お母さんありがとう」


 ギルドから依頼された謎の魔物討伐、リクたちは家族で向かうこととなった。

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