第67話 竜種のブレス

 バロンの鍛冶屋に着いた四人。フーの紹介も簡単に終わり、リクの手甲に異常が生じていないかを見てもらう。


「見る限り問題はないな、竜種の牙を使ってるんだ。そうそう変形することはねえよ」


 バロンの説明にリクはほっとする。最近その竜種やアイといった強い相手と戦うことが続き、自分でも手甲に頼った戦い方をしてしまっているという自覚があるからだ。上手く使えていると言えばそれまでだが、それが無いと戦えないのでは困る。


「安心したよ。こいつにはずいぶんと助けられているからな」


「嬢ちゃんたちの杖はどうだい?」


「問題ないな。それどころか魔法の効率が良くなって助かっておるよ」


「私も助かってるわ」


 二人の正直な感想と思わぬ意見にバロンも喜ぶ。


「そりゃあ良かった。つまり魔法銀の純度によって魔法の効率が良くなるってことなんだろうな。こりゃあちょっとした発見だ」


 その話を聞いたリクがフーを見て考える。もしかしたらフーのブレスで魔法銀の純度を高められるかもしれないと。


「なあバロン。今は魔法銀ってもうないのか?」


「いや、最近ベルファス火山の鉱山が徐々に稼働しだしたからな。大量ではないが少しなら仕入れてるぜ?」


「ちょっと見せてもらってもいいか?」


「どうかしたのか?まあ構わんが」


 そう言って奥の工房から魔法銀の塊を取り出してくる。表面には不純物が混ざっており、お世辞にも高純度とは言い難い。


「お前さんたちの魔法銀に比べたら純度は低いな。こればっかりはどうにもならん。魔法銀は加工が難しくて不純物の分離が鋼のようにはいかねえんだ」


 リクがエルとルーシーの方を見やると二人が頷く。どうやらリクの言わんとしていることを察しているようだ。そしてその為にはバロンにフーのことを言わないといけない。

 しかしリクはあまり心配していなかった。バロンからすれば純度の高い魔法銀が得られるのだから願っても無い話だ。そこら中に言いふらすとは考え難い。


「フー、この不純物をブレスで取れるか?」


「うん、出来ると思うよ!」


 当然ながら二人の様子を見ているバロンには何のことか理解できない。


「バロン。誰にも言わないで欲しいんだが、フーの正体は火竜なんだ。水竜からの依頼で人化した火竜を俺たちが娘として育てている」


 バロンは口をぱくぱくさせて言葉を発することが出来ない。


「まあ口で言っても仕方ないから、裏の広場を借りるよ。フーおいで」


「うん!」


 フーが元気よくリクの後ろをとてとてと歩いていく。バロンはその場から動けない。


「ほれ、バロン。行くぞ」


 ルーシーに促されてやっと立ち上がったバロンは、二人の後ろに着いて行く。

 裏の広場は相変わらず武器の試し斬りなどに使うもの等がごちゃごちゃと転がっている。そして目についた岩の前にリクが魔法銀の塊を置く。


「フー、じゃあこれに向かって頼む!」


「うん、分かった!行くよ!」


 フーが口を開けると口の前に光球が現れる。一目ですさまじいエネルギーが凝縮されていると分かる。エルとルーシーもフーのブレスは初めて見るので興味津々だ。バロンに至っては腰を抜かしている。

 やがて光球からレーザーのようなブレスが魔法銀に向かって放たれる。そしてブレスは魔法銀に衝突すると弾かれたりすることなく、まるで吸収されているかのように見えた。

 リクは風竜ヴェントとの戦闘やフーとの実験で魔法銀がブレスを吸収しているような感覚を体感していたが、見るのは初めてだ。やがてフーの光球が消え去るとブレスが終わる。

 リクが急いで魔法銀を確認すると、見事な純度の魔法銀が作られていた。


「成功だ!」


「…ルーシーどう思う?」


「…恐らく魔法銀は魔力を吸収しておるのじゃろうな。つまり竜種のブレスは魔力を放っているようなものと考えられるじゃろう」


「つまりその高密度の魔力によって魔法銀の中の不純物を消滅させている、というところかしらね?」


「そうじゃろうな。何れにせよ人に出来る芸当ではないな」


「でしょうね。やっぱりフーはすごいわね」


「うむ、自慢の娘じゃな」


 リクとフーがエルとルーシーの下に向かってくると、バロンが気絶していることに気付く。


「ちょっとキャパオーバーだったかな?」


「まあ衝撃的すぎるわよね」


「ドワーフのおじちゃん大丈夫?」


「大丈夫じゃ、フーがすごいからビックリしただけじゃよ」


 バロンを心配するフーに優しい言葉を掛けてあげるルーシー。とは言え目を覚ましたとき大丈夫かと三人は思うが。


「仕方ない、運んでやるか」


 リクがバロンを店に運び、長椅子の上に寝かせる。


「そう言えばエルとルーシーはさっき何か話してたみたいだけど、原理が分かったのか?」


「うむ、あくまで推測にすぎんがな」


 そう言ってエルとルーシーはリクに竜種のブレスと魔法銀の純度が上がる理由を説明する。それを聞いていたフーがブレスについて首肯する。


「竜種のブレスは属性関係ないよ。どの竜でも同じことが出来るよ」


「それなら単に属性を付与していない高密度の魔力をぶつけているって感じかしら?」


「そうじゃな。無属性でありながら、なぜ熱を持つのかなどは良く分からんがな」


 そこまで黙って話を聞いていたリクがふと思いついたことを口にする。


「…もしかしたら竜種のブレスは魔法なんじゃないか?」


 リクの話を聞いてエルとルーシーが目を閉じて考える。そして考えを整理した後エルが口を開く。


「つまりブレスは単に高密度の魔力を放っているんじゃなくて、熱を付与した魔力を放出する術式を持つ魔法?」


「ああ、あとブレスって戦っているときに思ってたんだが、水を熱する速度が物凄いんだ。だからそれにプラスして触れた物質を内側から高温にしているんじゃないかな?でも結局は魔法だから魔法耐性の高い魔法銀で防げるんだと思う。ただの物理現象であれば魔法銀でも防げない」


 リクのイメージはマイクロウェーブによって水分子を運動させて温度を上昇させる電子レンジだが、その説明は二人には分からないので省く。つまり竜種のブレスは外からの高温と内部からの温度上昇という二段構えの強力なものということだ。そしてその温度上昇は電子レンジの比ではない。

 だからこそリクが行ったブレス対策、魔法銀の手甲でのガードと体中から絶えず水を出して体を覆い続けることが有効だった。もしも体に直接ブレスが触れていたら、電子レンジに放り込まれるようなものでただでは済まない。


「ふむ、では限りなく純度の高い魔法銀は魔法でダメージを受けることは無いということかのう」


「ああ、魔法では傷がついたり、溶けたりすることは無いだろうね。もっとも風魔法なんかをもろに受けたら、魔法銀に傷がつかなくても吹き飛ばされると思うけど」


「お父さんすごい!そう言われればそんな気がする!」


 フーの同意も得られたので、どうやら正解のようだとリクたちは思う。


 議論に一応の決着を見たところでバロンが目を覚ます。いきなりフーを見て驚くといけないので、リクの後ろに隠れさせる。とにかくまずは魔法銀を見せて、メリットを認識させることが得策だろうと三人は考えた。


「バロン、見てみろよ」


 リクの手には先ほどまでとは比べ物にならないほどの純度を誇る魔法銀がある。起き抜けにこんなものを見せられたら、下手すれば再び気を失いかねない。だがバロンの職人魂が何とかその意識を繋ぐ。


「…これはすげえ。あのちっこい火竜の嬢ちゃんのおかげなのか?」


「そうじゃ、フーならこれをいくらでも作れる」


「っ!本当か?ぜひ頼む!」


 どうやら大丈夫そうなのでリクがフーを前に出すと、フーがおずおずとバロンに尋ねる。


「…おじちゃん大丈夫?」


「ああ、大丈夫。嬢ちゃんはすごいな。また頼むよ!」


「うん!分かった!」


「しかしお前さんたちは借りを返したと思ったら、すぐ新しい借りを作られるな」


 呆れるようなバロンの口調にエルが悪そうな笑みを浮かべて言う。


「あら、借りを作られたくないなら別の鍛冶屋に行こうかしら?」


「いやいや、勘弁してくれ。ここまですげえもんを別の鍛冶屋になんて渡せるか!嬢ちゃんの事は絶対秘密にする」


 冗談だとわかっていても大慌てでバロンが懇願する。それだけの価値がこの魔法銀にはある。


「ああ、よろしく頼むな。またちょくちょく顔を出すと思うけど、急ぎの要件があればギルドに連絡を依頼してくれ」


「分かった。また必要なもんが有ったら言ってくれよ!」


 そして四人はバロンに別れを告げると、難航している依頼を纏めているニアの下へと向かう。

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