第66話 心配かけました
花見の翌日、ミアにニアとオルトが心配していたことを聞いていたので顔を見せに行く。まずはギルド、フーのギルド登録はどうしようかと思ったが、今のところメリットはなさそうなので見送る。職業火竜とか出たらどうしようかと思うので賢明な判断だとリクたちは思う。
「ニアー、久しぶりね」
ニアの師匠ことエルが声を掛けると、ニアは首が千切れんばかりの勢いで顔を向けてくる。
「エルさん!リクさんにルーシーさんも。心配しましたよ!」
ちょっと目に涙をためているのを見て、リクは昨日のミアの時と同様に申し訳ない気持ちになる。
「あら?ニア、そんなにリクのことを心配してくれてたの?ありがとね」
エルにお礼を言われて、悲しそうだったニアの顔が明るくなる。
「心配かけたねニア。ガウェインはいるかな?一応顔を見せておこうかと」
リクがそう言うと、ニアが例によって私も行きますと言ってついてくる。受付が結構忙しそうだけれども大丈夫なのかとリクたちは思う。
ガウェインの執務室に通された四人。相変わらずいかつい風貌に似合わない丁寧な仕草で紅茶を淹れてくれる。
「災難だったなリク。ところでそのお嬢ちゃんは?」
ガウェインが尤もな質問をしてくる横で、ニアがはっと声を上げている。今更気付いたらしい。まあそれだけ心配だったのだろうと好意的に受け止めておく。
「俺たちの養女だよ。名前はフーって言うんだ」
「フーです。よろしくお願いします!おじちゃん」
フーが元気いっぱいに挨拶をしてリクたちが誉めてあげる。その様子を見てガウェインとニアは呆気に取られている。
「そ、そうか。よく出来たお嬢ちゃんだな。おじちゃんはガウェインだ。ここのギルドで一番偉い人だな。よろしくフーちゃん」
「私はニア。エルさんの弟子なの。よろしくねフーちゃん」
自己紹介も終わったところで、少し聞きたいことが有ったリクが切り出す。
「なあガウェイン。アイから国がギルドに手を回してランクを操作していたって聞いたけど、そんなことがあるのか?」
その言葉を聞いたガウェインが渋面を作り、答えていいものか悩む。やがて苦々しい表情でぽつぽつと言葉を発する。
「まあ…あるな。それもこんな支部での話じゃねえな。そんなことが出来るのは本部の連中だ」
「ギルドの本部?どこにあるんだ?」
「お前らも行ったろ?ラビュリントスだよ。あそこは国の影響を受けにくい。表向き中立を保っているギルドには都合がいいんだよ。ダンジョンがあるのも大きいな」
「そうじゃったのか。まあ確かにそれなりに大きなギルドじゃったが、ダンジョンがあるから当然かと思っておったわ」
「じゃあその本部の連中がフォータムから賄賂でも貰ったってところかしら?」
「まあそうだろうな。フォータム側はアイってやつに、勇者としての箔をつける為にSランクにしようとしたんだろう。ところでそのアイはどうしたんだ?フォータムに戻ってきたって話は聞かねえが」
「アイなら今は色々あってスプール王国の騎士団で働いてるよ。実力は確かだしな」
アイがスプール王国で働いていることは秘密ではないので公言しても問題ないが、精神操作の話はしない。ギルドは中立と言ってもここはフォータム共和国だ。あまり大っぴらに国の暗部を公言するとマズい。何よりガウェインたちに迷惑をかけかねない。
「…リクがそう言うんなら間違いねえんだろうな。それにしてもラビュリントスのダンジョンも踏破しちまったんだろ?全冒険者が寄ってたかって踏破出来てねえってのによ」
「まあギルド関係者なら知ってて当然か。とは言ってもファングに四十階層まで連れて行ってもらったからな」
「それにしても、だよ。そういやファングの連中も大分力をつけてやがったな。Sランクになるって息巻いてたぜ」
「そうか、けど実際Sランクなんてそうそうなれるようなもんじゃないだろ?」
リクはウィルとラークがSランクになったら覚悟を決めると聞いているので、一応心配している。だがSランクとなると相応の偉業を達成しなくてはならない。ハードルはかなり高いと言える。
一例としてラビュリントスのダンジョン踏破があるが、ウィルたちからすれば風竜ヴェントを倒して踏破しないと意味が無いと考えるだろう。形だけではなく実力を伴ったSランク。そうなるとかなり厳しい条件だ。
「そうだな。まあこればっかりは焦っても仕方ねえ。奴らが地道に力をつければ、いつかはそういう日が来るかもしれん」
ガウェインの言葉を聞いたリクは考える。英雄と呼ばれるほどの偉業、確かにそんなものは達成できる機会すら普通は無い。いくら何でもアキとアイリスが気の毒だなと思う。とは言えウィルとラークもいつかは心変わりして覚悟を決めるかもしれないので、その日を待つ方が現実的かもしれない。
結局のところ自分に出来ることはそのチャンスが訪れたときに、それを掴めるように手伝いをしてやるだけだと思う。
リクが思考している横でルーシーがガウェインに依頼について尋ねる。
「ところで今は困っている依頼は無いのか?妾たちも夏までなら少し余裕がある。解決できるものはしておいた方が良かろう」
「そうか!それは助かる。ニア、いくつか塩漬けになってる依頼をピックアップしてくれないか?」
「分かりました。ではまとめておきますので、後ほど受付にお越しくださいね」
「あ、ニア。俺たち一度出てから戻ってくるよ。どうも心配をかけちゃったみたいだからな」
「では用事が済みましたらお越しください」
「よろしくね、ニア!」
エルに声を掛けられたニアが嬉しそうに部屋を出て行く。実に分かりやすいとリクたちは思う。
「じゃあ俺たちも行くよ」
「ああ、依頼の方よろしくな!」
リクたちはギルドを出て次なる目的地のオルトの店に向かう。フーは昨日もフォータム共和国に来ているが、あまり歩き回ったわけではないのでキョロキョロしている。
「お父さん、この辺りの家は変わったのが多いね?」
「ああ、お父さんが元いた世界の建物が作られているんだよ」
「へーそうなんだ。お父さんの世界も行ってみたいな」
リクはフーにも異世界出身であることを伝えている。家族に隠し事はしない主義だ。
「ああ、いつかみんなで行けたらいいけどな」
程なくするとオルトの店が見えてくる。店番はやはりミアだ。
「こんにちはミアさん!」
「いらっしゃいニャ。フーちゃんは挨拶が出来て偉いニャ」
またしても怪しく光るミアの目を警戒して本題に入るリクたち。
「今日はオルトさんは居るのか?」
「いるニャ。ちょっと待つニャ」
ミアが奥に入ってオルトを呼びに行く。その間フーは食材を色々見て回っている。
「このお店でいつも買ってきてるの?」
「ああ、そうじゃよ。うちではリクの世界の料理が多いからのう」
「そうね、私たちもすっかり慣れちゃったし」
「うん、私も好き!」
「そうじゃな、妾もじゃ」
リクにとっては嬉しい限りだ。自分が嬉しいからと言って自分の世界の料理ばかり作るのは気が引ける。家族が好きと言ってくれるのであればひと安心だ。
「お待たせしました。リクさん、ご無事なようで何よりです」
「オルトさん。ご無沙汰しております。ご心配お掛けしたようで申し訳ありません」
「いえいえ、ご無事でしたらそれで構いませんよ。態々ありがとうございます。ところでリクさん、少し小耳に挟んだのですが、リクさんは流人なのですか?」
「ええ、すみません隠しておりまして」
「いえいえ、考えてみれば自然なこと。それでしたら流人料理や文化に造形が深いのも得心が行きます。そして勇者でありルーシーさんが元魔王とは驚きました」
「すまぬ、あまり公表するのも憚られるのでな」
「当然のことですよ。それでも私たちを含めこの街の人間はルーシーさんの人柄を知っておりますし、リクさんと非常に仲睦まじい様子も広く知られておりますから大丈夫ですよ」
リクとルーシーはそんなに知られているのかと少し恥ずかしい気持ちになるが、心当たりがあり過ぎるので敢えてツッコむことはやめておく。
「それは安心しました。それでは私たちはこれで。また今度食材を買いに参りますね」
「はい、今日は態々ありがとうございました。お待ちしております。」
「フーちゃん今度は服を買いに来てニャ」
オルトとミアに見送られて四人は次の目的地を目指す。次はバロンの下だ。リクの手甲もかなり無茶な使い方をしているので、顔見せがてら少し見てもらおうと言うことだ。
そうしてリクたちはバロンの鍛冶屋へと歩を進める。
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