第65話 フーのために

 四人の口論は当然周囲の注目を浴びており、バドミントン勝負が行われることも筒抜けになる。すると周りに座っていた人たちが少しずつ下がり、簡易的なコートが出来上がる。

 リクは野球観戦をしながらビールを飲むような気分かなと思う。ましてや今からバドミントンをするのは四人の女性だ。しかも贔屓目なしに見て四人とも顔はいいので、よい酒の肴になるのは当然のことかもしれない。

 試合形式は十一点先取の三ゲームマッチ。ルールはざっくりとしたものでサービスは自コートの真ん中より後ろから打って二回で交代。とにかく相手のコートに返せばOKというものだ。もちろん魔法の使用は禁止。この四人が魔法有りで試合をしたらどうなるかなど想像するまでもない。

 サービスの順番はジャンケンで決める。やはりフォータム共和国出身のファングは当然のようにジャンケンを知っていた。まずはアキのサービスでスタートする。


「いくわよ!」


 アキのサービスがルーシーに向かって打たれる。それをルーシーが返球するのだが、とにかく球速が凄まじい。日本代表かよと思わずリクがツッコんでしまう。当然アキとアイリスに取れるはずもない。

 そこからの展開はなかなかに酷かった。ウィルとラークの話ではアキとアイリスは子供の頃からバドミントンで遊んでいただけあってそこそこ上手い。なのでコントロールもある程度出来るので徹底的にエル狙い。エルは三回に一回くらいの割合で空振りをするので当然だ。なんとかルーシーがそれをカバーするが、一進一退の攻防が続く。

 ひどい試合になりだしたのはエルが暴走を始めたからだ。明らかに空振りしているのに返球されたり、軽く打っているはずなのに初速で三百キロオーバーの返球をしている。さすがに審判のリクから咎められるが、証拠がないの一点張り。

 当然アキとアイリスも魔法を使いだし、収拾がつかなくなる。さすがにそれくらいの分別はあるのか、観客に被害が出ていないのでリクたちは黙って見守ることにした。本当は口を出すと怖いというのが大きな理由だが。


「リク!これどうしたの?すごい騒ぎになってるからみんなで見に来ちゃったよ」


 さすがに大騒ぎになっておりギャラリーもどんどん増え、ついにはアイたち騎士団まで見に来た。


「ああ、アイか。四人が口論をしだしたから、魔法抜きでバドミントンで勝負をつけたらどうかって言ったんだ。そうしたらこうなった」


「なんでっ!?どう考えても魔法使ってるよね?」


「エルが暴走してね…あとはこの有り様だよ。気が済むまでやらせるしかない。まあ回りに怪我人が出ないようにはしてるみたいだけど、俺たちも気を付けて見てるって感じ」


「ふむ、そういうことなら私たちも手伝わせてもらおう」


 先程話に出たアイの上官で、リクを誉めてくれたアメリアが警護を請け負ってくれると言い出す。


「アメリアさん、いいんですか?皆さん非番なのに…」


「なに、国民を守るのに非番もなにも関係ないさ」


「すみません、うちの嫁たちのためにご迷惑をお掛けしまして。よろしくお願いします」


「気にするな。それではアイ、早速各員に指示を出して配置につこう」


「はい!じゃあまた後でねリク」


「ああ、助かるよ。よろしくなアイ」


 アイとアメリアは騎士団の元に行って事情を説明し、回りのガードを始める。意外なことに嫌そうな顔をしているものはいなかった。騎士団としての意識の高さなのか、魔法を使った試合を近くで見られる喜びなのかは分からない。

 それから約二十分後、強化をかけていたラケットとシャトルがついに限界を迎え、試合が強制的に終了となった。四人の顔は試合前と違って晴れやかなものになっている。リクの想定通りだ。とりあえず体を動かせば怒りはどこかに行くだろうという脳筋理論であったが、今回は非常に有効だったようだ。


「ふう、なんで喧嘩してたんだったかしら?」


「うむ、よく分からんな」


「二人ともごめんね。余計なこと言ったわ」


「…ごめん」


 アキとアイリスがエルとルーシーに謝るが二人は気にすることないと手をヒラヒラとさせる。そしてスッキリとした顔でエルが言う。


「さーて、運動したら喉が乾いたわ。麦酒飲まなきゃ」


「ほどほどにと言いたいところじゃが、賛成じゃな。アキとアイリスも飲むぞ」


「「うん!」」


 そうして四人はまた酒盛りを始める。仕方ないのでリクとウィルとラークは回りに迷惑をかけたと頭を下げて酒を配るが、みんな面白いものが見れたと喜んでいたので気が楽になる。


「アイ、ありがとう。アメリアさんと騎士団の皆さんもありがとうございます。よかったらこれ持って行ってください」


 そう言ってリクはエルに出してもらった麦酒の樽一つとフー特製のおかずを渡す。もちろん食材の説明をしたら大いに驚かれたが、逆に感謝される。


「リク殿は本当にすごいな。コカトリスにキラーボア、どちらも一般人からすれば伝説級の魔物。それがただの食料とはな」


 アメリアが少しの呆れを含んだような感嘆の声を漏らし、少し悪戯っぽい笑みを浮かべて続ける。


「しかしそんなリク殿でも奥方には勝てぬようだな」


「はは、俺なんて比べ物になりません。うちの嫁さんたちは世界最強ですよ」


 この言葉は決して冗談でも、自身を落としているわけでもない。リクは心の底から彼女たちのすごさを認めている。そしてその言葉の持つ意味はアメリアとアイにも理解できる。


「そうか、ならばアイ。お前も頑張らねばな」


「っ!は、はい」


 突然水を向けられたアイは思わず肩をビクッとさせるが、少し頬を朱に染めて首肯する。特に相談したことがあるわけではないのだが、リクのことを話す様子や、今日の様子から十分察することが出来たようだ。


「では私たちは戻るよ。アイ、済まぬが今日は主賓だ。こちらに来てくれよ?」


「わ、分かっています。じゃあリクまたね」


「ああ、またな。頑張れよ」


 アイとアメリアを見送り、輪の中に戻るリク。すると少しフーが元気がなさそうにしているのに気付く。


「どうしたフー?」


「お父さん、私もバドミントンやりたかった…」


 目に涙をためているフーを見て心が痛むリク。そして大切な愛娘の願いを叶えてやらない選択肢など存在しないと思い、エルに言う。


「エル、フォータム共和国に行くぞ!バドミントンラケットとシャトルを買ってくる!」


 キョトンとした顔をしているエルたち女性陣だが、フーの様子を見て顔が青ざめる。


「そ、そうね。こんなときのためのこの腕輪だわ」


 そう言って自身の左腕につけられている腕輪を見せるエル。きちんと限界まで魔力を蓄積してあるので、転移魔法二回使用することが可能だ。


「フー、良かったら一緒に行くか?」


「行く!」


 リクがフーを誘うとぱあっと悲しい顔が笑顔に変わる。子供は表情がコロコロ変わって可愛らしいなと一同が思う。


「よし、じゃあちょっと行ってくる」


 そう言うと人気の無い場所まで移動して、三人はエルの転移魔法でフォータム共和国の拠点まで転移する。これでフーもフォータムに転移ができるようになる。


「さて、じゃあ例によってミアの店だな」


「ええ、早く行きましょう」


 フーを真ん中にして手を繋ぎミアの店へと向かう。ミアの店はデパートのような感じになっており、食料品だけでなく衣料品や娯楽用品まで様々なものが置いてある。なので困ったときはとりあえずミアの店に行くのがリクたちの行動パターンになっている。


「いらっしゃい…ニャ?」


 リクの前に立つフーを見てミアが固まる。そういえば会ったことなかったなとリクとエルが思う。


「久しぶり、この娘はフー。俺たちの養女だよ」


「お、驚かさないでほしいニャ。いつの間にこんな大きな娘が出来たのかと思ってビックリしたニャ」


「でもフーは紛れもなく俺たちの娘だぞ」


 そう言ってリクとエルはフーの頭を撫でてやる。フーもリクたちが自分のことを本当の娘だと思って接してくれているのは良く分かっているので、心底嬉しそうに目を細める。


「これはなかなかの素材ですニャ…」


 怪しく光るミアの目を警戒する二人が早速用件を切り出す。


「実は今日はバドミントンのセットを買いに来たんだ」


「…ていうかリクさん勇者討伐騒動は大丈夫だったんですかニャ?」


「ああ、やっぱり知ってたんだな」


「そりゃあそうですニャ。最初は同じ名前の別人かと思いましたニャ。でもニアが泣きそうな顔でうちに来るから本人だと分かったニャ。私もニアもうちの父もかなり心配してましたニャ」


 かなりの剣幕でリクに迫ってくるミア。どうやら本当に心配していたようでリクも申し訳なくなる。


「ご、ごめん。片付いたらすぐ顔を出すべきだったな…」


「まあ無事に終わったのならいいニャ。またニアにも顔を見せてあげるニャ」


「ああ、分かったよ」


「それで今日はバドミントンのセットですニャ?」


 気を取り直してミアが商売人モードになる。


「ええ、どうせならフーの体でも使いやすいサイズとかあればいいんだけど」


「もちろんありますニャ。では三階へどうぞですニャ」


 ミアの商店は三階建てになっており、一階は食料品、二階は衣料品、三階は娯楽用品を含めた雑貨売り場となっている。もちろんリクとエルは前回ここでバドミントンのセットを買っているので知っている。

 フーは早速子供用のバドミントンラケットを持って、軽く振っている。


「私これがいい!」


「それじゃあ大人用と子供用何本必要になりますかニャ?」


「そうねえ、大人四本、子供一本でいいかしら?」


「それでいいよ。あとシャトルも一ケース貰おうかな」


「毎度ありですニャ!」


 リクたちはミアに別れを告げて拠点へと戻る。ニアとバロンにも顔を見せた方がいいかと思ったが、フーのバドミントンの方が優先だ。

 拠点からエルの転移魔法で花見会場に戻る三人。そこで見たものは平然と飲み続けているルーシーと、酔いつぶれているファングの四人だった。


「どうしたんだよ…」


「見ての通り酔い潰れておる。アイリスもせっかく『解毒』が使えても潰れては意味がないのう」


 心底呆れかえっているルーシー。リクたちは介抱するのも面倒なので、四人でバドミントンをすることにする。

 初めてのバドミントンにフーは嬉しそうな表情を見せる。バドミントンも楽しいが、家族で遊べることが嬉しいようだ。こうして花見はトラブルがありながらも楽しく終えることが出来たのだった。

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