第64話 バドミントンをしよう

「そこの君たち。ちょっといいか?」


 いきなり声を掛けられ、リクたちが声の主の方を振り向く。そこには憲兵隊らしき三人組がいた。もちろんリクはやっぱりなと思うが、仕方がないので穏便に収める為、なるべく丁寧に応対する。


「はい、なんでしょうか?」


「実は先程冒険者がここで揉め事を起こしていると連絡が入ってな。場所からするとここかと思ったんだが」


「ええ、恐らく間違いないでしょうね。ウィル、ちゃんと説明しろよ」


 予想通りの展開に心底面倒くさそうなリクはウィルに丸投げする。そもそもその場にいなかったのだから当然の事ではあるが。


「ああ、冒険者の集団がうちのアイリスにちょっかい出してきやがったんだよ。それで揉めたってわけだ」


「…ざっくりすぎるのう」


 ルーシーが呆れたような声を出す。これには他の面々も激しく同意だ。


「まあ、連絡と相違はないが少し事情を聞かせてもらわねばならん。こちらへ来てもらえるか?」


「ええー!面倒くせえなぁ…」


「あの…俺たち後から合流したんで、その場にいなかったんですけど」


「む?そうか。そういえばどこかで見た顔だな?」


 そう言って憲兵隊がリクの顔を覗き込んでくると、ついこの間までよく聞いていた女性の声がする。


「あれ?リクじゃない!どうしたの?」


「ん?アイじゃないか。元気か?」


「っ!あなたはもしや稲妻の戦乙女アイ様では?」


 なんかすごい二つ名が聞こえたとリクたちが思っているとアイが顔を真っ赤にしている。


「そ、その名前で呼ぶのは勘弁してください…」


「もうそんな二つ名で呼ばれるほどになってるのか…」


 リクが感心していると、それが止めだったのかアイが顔を覆って崩れ落ちる。英語で言うと【ライトニングヴァルキリー】アイをよく表しており、素晴らしいセンスだとリクは思うがアイは恥ずかしいようだ。


「あ、アイ様?この方たちはお知り合いなのですか?」


 未だ顔は赤いままだが何とか立ち直ったアイがリクがスプール王国の勇者であることを説明する。


「なんと、つまりあの決闘でアイ様に勝った方でしたか…」


「リクは地味だから仕方ないわよね」


「うむ、間違いなくあの決闘で目立っておったのはアイじゃからな」


「…わざわざ言わなくても分かってますけど」


 そんなことは嫁二人に言われなくともリクは重々承知している。あの戦闘の意味が分からない者からすれば、自分はド派手な雷撃に対し背後に回って締め落とした姑息な奴という認識だろうと。

 大分卑屈になっているが、あれだけ大騒ぎになった決闘であったにもかかわらず、その後街中で自分に声を掛けてくる人間など皆無であったので仕方のないことだった。


「まあ話を聞く限りでは多勢に無勢。尚且つあちらが先に手を出したようですので不問に致しましょう。ですが揉め事は起こさないよう宜しくお願い致します」


 憲兵隊はアイのファンらしく、彼女が間に入ってくれたことで何事も無く収まった。憲兵隊が去っていくのを見送るとリクはアイに礼を言う。


「ありがとうアイ。助かったよ」


「どういたしまして。それでさっきの二つ名なんだけど…」


「ああ、稲妻の戦お…」


「聞かなかったことにしてっ!!」


「あ、ああ…分かった」


 余りにも切実な感じだったのでとりあえず了承する。リクは格好いいのにと思っていたが、言わない方がよさそうだと判断する。

 アイはエルとルーシーに向き直り先日の礼を言う。


「エル、ルーシー。魔道具ありがとう。私頑張ってみるから」


「まあ大変だと思うけど頑張って」


「そうじゃな。妾たちは応援するからの」


「…うん!ありがとう!」


 なんだか含みのある会話だと思いながらその様子を眺めているアキとアイリス。その視線に気付いたのかアイが自己紹介する。


「初めましてアイです。今はスプール王国の騎士団として働いています」


「ええ、決闘見てたから知ってるわ。私たちはファングっていう冒険者パーティを組んでるの。私はアキ、こっちがリーダーのウィル、大きいのがラーク、小さいのがアイリスよ。よろしくね。さっきは助かったわ」


「どういたしまして。こちらこそよろしくね」


 両者の自己紹介が終わったのを確認してリクが声を掛ける。


「それでアイは何でここにいるんだ?」


「うん、今日は私非番なの。それで同じように非番の人たちが歓迎会代わりに花見に行こうって」


「そうだったのか。心配だったから、上手くやれているようで何よりだよ」


 その言葉にアイが嬉しそうな笑顔を見せる。その時フーがリクに声を掛けてくる。


「ねえお父さん。トイレどこ?」


「ああ、じゃあ一緒に行こう」


「あ、私案内するよ。丁度私たちのいる方向だから」


「そうか、助かるよ。じゃあ行こう」


 リクとフーが手を繋ぎ、アイが反対側に寄り添うように歩いていく。アキとアイリスは少し距離が近いのでは?と思い、アキが思い切ってエルとルーシーに尋ねる。


「あれはそういうことよね?」


「ええ、そうね」「そうじゃな」


 二人の反応にアキとアイリスは驚く。その反応が決して苦々しいものではなく、認めているような雰囲気だったからだ。


「驚いたわ、そんなの絶対認めないと思ってたのに」


「確かにのう。自分でも驚いておるよ」


「あとはリク次第よ。とは言えあの娘も王国に恩を返すっていうくらいだから、何年かは騎士団を続けるでしょうけどね」


「…なんで?二人は嫌じゃないの?」


 どうしても理解できないといった様子でアイリスが聞いてくる。


「リクとの時間が減るのは嫌じゃのう。じゃがあの娘は妾たちによく似ておる」


「…似てる?」


「あの娘、口には出さなかったけど、私たちに悪いからって諦めようとしてたの。本当はリクさえ了承すればいいのにね。だから私たちは応援するの」


「要するにいい娘だからってことかしら?」


「ま、そういうことね」


 手をひらひらさせながら答えるエル。これ以上は突っ込んでくるなという意思表示のようだ。ちなみにウィルとラークは四人の会話に全くついて行けず酒を飲んでいた。

 程なくして戻ってくるリクとフー。アイは自分が主賓の歓迎会なので騎士団の方に戻った。


「騎士団の方はどうだった?」


 エルが少し探るようにリクに聞いてくる。


「ああ、みんなアイを受け入れてくれてるようで良かったよ」


「そう、それは良かったわ。リクは気付かれた?」


 少し悪戯っぽい表情を見せるエル。


「一人だけ気付いてたな。アイの直属の上官で女の人だったけど、すごく誉められたよ。まあ分かる人には分かるってことかな」


「お父さん嬉しそうだった!」


 実際のところ男女関係なく気付いてもらえてうれしかっただけなのだが、ともすれば女性に誉められたのが嬉しいと捉えかねられない言動に二人の様子が剣呑な物になる。


「ほう、そんなに嬉しかったか」


「ちょっと鼻の下が伸びてるんじゃないかしら?」


 二人の様子にリクとフーは訳が分からないといった様子で顔を見合わせている。そして咄嗟にフーが二人に向かって口を開く。


「でもお父さんはお母さんたちに誉められた方が嬉しいって言ってたよ!」


「あっ!フー、言っちゃダメだって…」


「あっごめんなさい…」


「いいよ、助けてくれようとしたんだよな」


「うん…」


 リクがフーの頭をいつものように優しく撫でると、フーも気持ちよさそうな顔で目を細める。


「…その、ごめんなさい」


「…済まなかった」


 エルとルーシーがリクに謝ってくる。二人からしても、いつもならあまり気にならない筈なのに何故だろうという気持ちになる。そんな二人にアキが小声で言う。


「あのアイって娘に嫉妬してるのよ」


 傍で聞いていたアイリスもうんうんと頷いている。自分の感情を見透かされて二人は恥ずかしいような、情けないような気持になる。


「ま、感情はままならないってことね」


 得意げに言うアキと頷くアイリスに悔しいので何か言いたくなる二人。


「アキとアイリスだって人のこと言えないでしょ!いつまでもうじうじしちゃって!」


「そうじゃぞ!待つばかりなんてつまらんぞ!」


「いつ私たちがうじうじしたって言うのよ!」


「絶賛進行中じゃないのよ!」


 その様子を見てリク、ウィル、ラークがうわぁと言う顔で引きまくっている。とはいっても止めないわけにはいかない。これはフーの情操教育に非常に悪い。そこでリクはあることを閃く。


「四人とも正々堂々と勝負してみたらどうだ?」


 声を掛けた瞬間四人に物凄い形相で睨みつけられ、後ろに下がりそうになるが何とか耐える。そして、すっとバドミントンラケットを差し出す。


「これで負けた方がしっかり謝る。それでどうだ?」


「ええ、望むところよ」


 アキが答え、アイリスもうんうんと頷く。


「私たちに勝てると思ってるのかしら?」


 エルが答え、ルーシーが鷹揚に頷く。


 かくして当初の予定とかけ離れたバドミントン勝負が繰り広げられることとなった。

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