第63話 セレス

 スプール王国の郊外にある丘の上に転移してきた四人。遠くに桜のような木が見える。歩いて十分ほどで着きそうな距離だ。


「…ここから見ると本当に桜みたいだ」


 リクが遠くに見える花を見て思わず呟く。


「サクラ?それがリクの世界にある花の名前なの?」


「ああ、そうだよ。あれは何て言う花なんだ?」


「あれはセレスっていう花よ」


「セレスか、いい名前だな。よし!じゃあ行こうか!」


「「うん」」「うむ」


 リクと嫁二人は手を繋いで歩き、フーはリクに肩車してもらっている。アイとの決闘があった日と同じだ。

 風が心地よい。多分スプール王国が一番日本に近い気候を持っているだろうとリクは思っている。日本の春と同じような快適さを感じる。一つ大きな違いは花粉がないことだ。リクは重度の花粉症で、この時期はマスクが欠かせなかった。空手の稽古の時は鼻づまりで呼吸が苦しかったことを思い出す。


「リク、機嫌が良さそうじゃな?」


「ん?そりゃそうだろ。愛する家族と共に花見だ。機嫌が良くならない理由がない」


「ふふ、そうじゃな」


「リクもずいぶん自然にそういうことを言えるようになったよね」


 好きだとか愛しているなんて言葉を口に出すのは憚られる、そんなタイプだったリクが変わったものだと二人は思う。


「そういえばそうだな。結婚したからなのか?」


 少し眉間に皺を寄せて思案するリク。言われてみればよく言うようになっている。だからといって軽く言っている気持ちは毛頭ない。しばらくして一つの可能性にたどり着く。


「二人を信頼して頼ろうって思ってから変わってきたのかもしれない」


「そうか、それは嬉しい限りじゃな」


「うん、とっても嬉しいわ」


 そう言って二人はリクに身を寄せてくる。


「お父さん私も頼ってね!」


 少し二人が羨ましくなったのか、フーが話に入ってくる。


「ああ、頼りにしてるぞ!」


 四人がセレスの下まで来て見上げる。周りには多くの花見客が来ており、思い思いに宴会を楽しんでいる。中には酒を飲んでいる人もいるので禁止はされていないようだ。


「桜よりもピンク色が濃いかも。でもきれいだ」


 ここでリクが言っている桜とはソメイヨシノの事だ。元々花を愛でるような性格ではない為、桜の種類など見ても分かるはずもない。なので記憶の中の一番有名なものと比較する。


「うわあ!お父さん、お母さん。きれいだね!」


 フーもセレスを気に入ったようで、リクの肩の上ではしゃいでいる。三人はフーは火竜としての記憶を失い子供になったのだから、色々なことを経験させてやりたいと思っている。今回の花見はフーのこの反応だけでも大成功と言える。


「さてと、場所を探さないといけないわね」


「しかしいい席はさすがに埋まっておるのう」


 四人があたりを見渡して敷物を敷く場所を探す。すると先日も聞いた声が聞こえてくる。


「おーい、こっち来いよ!」


 ファングの四人だ。まさに今から始めようというタイミングだったようで、なかなかいい席も取っている。


「なんじゃ、まだおったのか…」


「ルーシーなんだとはご挨拶じゃないの。結構いい席でしょ?」


 ルーシーはリクの決闘にファングが金を賭けていたことをあまり快く思っていないので、やや不機嫌そうだ。アキはそんな様子に怯むことも無く招き入れる。


「まあ仕方ないのう。先日のことは水に流そう」


「そう来なくっちゃ、ほらみんな座って!」


 八人が座っても大分広い。四人の割に席を取りすぎじゃないかとリクたちが思っていると、それを察したウィルが疑問に答える。


「実はアイリスに絡んできたバカどもがいてな。ちょっと痛い目を見てもらったら快く席を譲ってくれたんだよ」


 ニコニコ顔で語るウィルだがアイリスに危険なことが有ったら笑っているはずがない。大方ちょっと声を掛けたくらいだろう。やれやれと呆れているとリクはふと思う。


―あれ?俺この国の勇者だけど、こいつらと一緒にいても大丈夫か?もしかして憲兵とか来たりしない?―


「まあやつら結構な大所帯だったからな。俺らだけじゃ広すぎて居心地悪かったんだ。四人が来てくれてよかったよ」


「ふむ、アイリス大丈夫じゃったのか?」


「…うん、心配してくれてありがとう」


 相変わらずアイリスはルーシーに懐いているようで、しっかり横の席をキープしている。ルーシーの横にはリク、その横にエル、膝の上にはフーという席順だ。ファング側はアイリスの隣にアキ、その横にラーク、その横にウィルだ。ウィルはアイリスが遠くて少し微妙そうな顔をしている。


「私たちは自分たちで作った弁当持ってきてるけど、ウィルたちは?」


「宿屋で弁当作ってくれるサービスがあったからな。頼んで作ってもらったよ。この時期は花見に来る観光客が多いから、いい商売になるんだとよ」


「それなら広げてみんなで食べましょうか?」


 エルの提案に全員が異議なしと頷く。リクたちも調子に乗って作り過ぎたので丁度よかった。

 そして宴会が始まる。エルが収納空間から酒を出してきたときにはファングからは大歓声が上がった。


「…私、二日酔い治せるようになったよ」


「そうか、それは良かったのう。だからと言って飲みすぎはいかんぞ。エルのようになる」


「…うん、分かってる」


 さりげなく下げられたエルが二人に対して抗議の声を上げる。


「ちょっと!私が飲みすぎるのはリクとルーシーのせいなんだから」


「俺たちに張り合わなければいいだろ?」


「えー!仲間外れみたいじゃないのよ」


 そう言いながら頬を膨らませたエルがリクにくっついてくる。ファングも先のダンジョン踏破でパーティを組んだ際に、こういった光景には慣れてきているので特に何も言うことは無い。


「お母さん、飲みすぎは体に悪いんだよ」


「…はーい」


 これにはファングの四人が噴き出す。エルがリクに甘えるのはいつものことだが、フーに諭されるのは初めて見る。尤もリクとルーシーにはお馴染みの光景になりつつあるが。


「それじゃあ気を取り直して。リクの決闘の勝利を祝って乾杯!」


「カンパーイ」


 なんだかこいつらと会うといつも飲んでるなと思ってファングを見るリク。例外ももちろんいるが、冒険者というのは宵越しの銭を持たない主義なのかガンガン金を使う。ファングも例外ではないため、リクたちと会うといつも宴会が始まる。


「この唐揚げ美味しい!何の肉なの?」


 アキが唐揚げの味に感動して聞いてくるので、自信満々にフーが答える。


「コカトリスだよ。私が作ったの!こっちの卵焼きはコカトリスの卵だよ」


 可愛らしさいっぱいのフーに癒されるリクたちと、固まるファング。コカトリスは紛れもなく上級の魔物であり、ほとんどの者が一生口に出来るようなものではない。だが深淵の森ではそこそこの魔物でしかないのでリクたちもよく食べている。ヴァーサが好きなようなので、もしかしたらヴァーサが生み出しているのかもしれない。


「何を驚いてるんだ?お前たちだって普通に狩れるだろ?」


 心底不思議そうな表情をするリクたちに、ファングが猛然と頭を振ってツッコむ。


「いやいや、そもそも遭遇したことすらないわよ!」


「そう言えば私もうちの近く以外では見たことないわね」


「そうじゃな。当たり前のように出るから麻痺しておったわ」


「…この腸詰肉は?」


 おずおずとアイリスが聞いてくるので、またしてもフーが胸を張って答える。


「キラーボアだよ!とっても美味しいよ?」


「キラーボアって三メートルくらいある猪だよな。討伐依頼が出たらAランクだぞ…」


「ふーん、でもいい豚肉の味だし」


 心底興味なさそうにリクが答える。大事なのは美味しいかどうかだと言わんばかりだ。ちなみにこれもヴァーサが好きな魔物だ。


「要らないなら私たちで食べちゃうわよ」


「うむ、勿体ないからのう」


「私頑張って作ったから美味しいよ?本当に食べないの?」


 フーの言葉でファングの四人は思い切って食べ始める。そもそもコカトリスやキラーボアは毒ではないどころか体にいい。そのうえフーが美味しく料理してくれたんだから食べて当然だとリクは思う。


「確かに美味い。一流のレストランでもこんな美味い料理はなかなか無い」


「本当よね。食材の事は忘れて味を楽しむわ」


 ラークとアイリスも無言でどんどん食べ進めている。それを見てフーがにこにこと笑っている。

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