第62話 お花見に行こう

「はー、久しぶりの我が家だ」


 相変わらずエルがローブのままリビングのソファにダイブする。そしていつものようにそれを見たルーシーが苦言を呈する。


「エル、フーが真似をする。ローブを掛けて手を洗いに行け」


「エルお母さん、手を洗いに行くよ!」


 フーにまで言われたエルはさすがに恥ずかしくなったのか、文句を言うことも無く言うとおりにする。


「お母さん、よく出来ました!」


 そう言ってフーがエルの頭を撫でる。エルは恥ずかしくて顔が真っ赤になっているが、さすがに払いのけることは出来ないのでされるがままだ。それを見てリクとルーシーは自業自得だと大笑いをする。


「あー、なんか久しぶりに平和な日常だな」


 ソファに座ってリクが思わず呟く。その膝の上にはフーが座り、左肩にはエル、右肩にはルーシーが頭を乗せている。確かにここのところ忙しかった。新婚旅行兼ダンジョン探索に始まり、アイのリクとルーシー討伐宣言。結構な期間を外で過ごすことになり、我が家でゆっくりするということが出来なかった。


「そういえばフーは家にいるより王城の方が長くなっちゃったな」


「うん、でも私このおうち好きだよ。木のにおいがいいにおいだもん」


 三人はフーを見ているとついつい火竜だということを忘れてしまう。寧ろずっとこのままでもいいのにとさえ思う。


「そう言えばフーはどれくらいで大人になるの?」


「えっとねー、あと百年くらいかな」


「「長っ!」」


 思わずリクとエルが息を揃えてツッコんでしまう。だが百年このままと言われたら当然の反応だ。人族からすればという条件が付くが。


「ふむ、竜種も大体百年で成人ということか。魔族と一緒じゃな。尤も寿命は竜種の方がはるかに長いがのう」


 リクはその話を聞いて以前考えたことを思い出す。自分とエルがいない世界でルーシーが生きて行かなくてはいけないということを。彼女がただ一人残されるのは心が痛かったが、フーが一緒にいてくれると思えば、少しだけ気が楽になる。

 そしてルーシーとフーが寂しいと感じたときに自分たちを思い出してくれるよう、これからも家族でたくさんの思い出を作って、家族を愛し、愛されようと思った。


 一週間ほど訓練や研究をしたり遊んだりしながら我が家での生活を楽しむ四人。王城での暮らしは至れり尽くせりではあるが、やはり我が家に比べれば少し息が詰まる。豊かな自然―と言っていいのか分からないが―の中で暮らすのが一番だとリクは思う。

 リクが相変わらずフーを膝に乗せてのんびりしていると、フーが声を掛けてくる。


「お父さん、次はどこに行くの?」


「うーん、そうだなぁ。エルとルーシーはどこかいいとこ知ってる?俺じゃあ良くわからないんだよね」


「今はちょうど春だからピンク色の花が咲く丘が、スプール王国にあるわよ。その花は短い期間しか咲かないから、王国の人たちは花を見ながらお弁当を食べたりするの」


「それはいいのう。魔族領はまだ行くには寒い。人族からすれば、あと二、三ヶ月は後でないと辛いじゃろう」


「へー、花を見るのか。俺がいた世界にもあったよ。同じようにピンク色の花が短い期間だけ春に咲くんだ。大人たちはそれを見ながらお酒飲んだりしてたな」


「お酒!いいわね、じゃあ弁当とお酒持っていきましょう!」


 酒と聞いてエルのテンションは最高潮だ。ちなみにエルは酒に弱いわけではない。やめておけと言われてもリクとルーシーのペースに合わせるので毎度潰れるのだ。そして本人はルーシーに治してもらえるので反省しない。


「エル、酒量はほどほどにせんといかんぞ?」


「お母さん、飲みすぎはめっだよ!」


「はーい」


 気のない返事をするエルに、こればかりはフーに言われても打てど響かずって感じかなと思うリクだった。

 そして早速弁当の準備に取りかかる。最近はエルも米を炊くことをマスターしたので、そちらに専念してもらう。意外だったのはフーが料理を出来るということ。竜種なのに料理をすることでもあったのだろうかと三人は疑問に思う。


「ねえ、フーってなんでそんなに料理上手なの?」


「んー、分かんないけどやり方を知ってるから?」


「ヴァーサの仕業か?でもいくら竜種とは言え料理なんて知らないんじゃないのか?」


「フーがこうして人型になっておるのじゃ。やつも人型になってそういう知識を仕入れておるのかもしれん」


「わざわざ竜種が人族の料理を食べに来るのか?」


「リクよ、毎日毎日ただ魔物の肉を食べるだけではつまらぬと思わぬか?腹がふくれるとか栄養接種をする為、というよりも娯楽の一種じゃろうて」


「確かに…」


「リクはそういうのに疎いわよね。私たちのことを言えないわよ?」


「う…」


 初デートの時に二人がそういうことに疎いと考えていた自分が同レベルだと認識して恥ずかしくなる。


「お弁当のおかずはこれくらいでいいかな?」


 大人三人が無駄話をしている間も黙々と作り続けていたフーが三人に聞いてくる。見ると大量のコカトリスの唐揚げとその卵を使った卵焼き、茹でられた腸詰め肉が出来上がっていた。あとはサラダでもつければ十分だろうと思える。


「すごいなフー、いつの間にこんなに出来たんだ?」


「えへへ、頑張ったの!」


 むふーといいながら胸を張るフー。考えるまでもなく誉めて欲しいのだと分かる。三人はしっかりとフーを誉めて、頭を撫でてあげる。


「あとはエルの方の米が炊けたら、おにぎり作ろう」


「うん、もうすぐ炊けるわよ」


 十分ほど経つと白米が炊ける。もちろん炊飯器などないので釜炊きだ。白米が輝いており、上手く炊けていると一目で分かる。


「すっかりエルは米を炊くのが上手くなったのう」


「エルお母さんすごい!」


 フーと同じようにむふーと薄い胸を張っているエル。やはり三人はそんなエルの頭を撫でてあげる。そしておにぎり作りを開始する。実はおにぎりを作るのは初めてだ。フーもやったことがないとのことだった。


「あっつい!」


 説明も聞かずに張り切っていきなり米を取ろうとするエル。当然熱い。


「エル、いきなり米を触ったらダメだって。火傷する。ここに水を用意してるから、手を濡らしてから握るんだよ。そうしたら熱さもマシだし手にも米がつきにくくなる」


「先に言ってよ…」


「説明を聞く前に始めようとしておいて良く言えるもんじゃな…」


 ルーシーは呆れながらエルの手に回復魔法をかけてやる。その横でフーが平然と握り始める。


「フー?熱くないのか?」


 驚いたリクは思わず声が少し上ずってしまうが、相変わらずフーは平然としている。


「うん、熱くないよ?具を真ん中に入れて三角に握ればいいんだよね?」


「あ、ああ。そうか。竜種なんだから当たり前なのか」


 冷静に考えて結論を得るリク。ついついその事実を忘れてしまう。それだけ普通の娘として扱っている証拠でもある。


「そういえば俺も熱くないわ。これは便利でいいな」


 対ダメージ障壁によって、米の熱さくらいでは問題ない。フーとリクがハイペースでおにぎりを量産していく。負けじとルーシーも頑張って作っているが、やはり一歩劣る。エルは形が整わないと、一つ目を延々とこねくりまわしている。


「エル、大きすぎんか?あと口に入るもんじゃ。それくらいにしておけ」


「うーん、難しいわ。まあ食べるのはリクだからいいのよ」


「ええ…」


 一目でそれと分かるので避けることなど出来そうもない。まあ愛する嫁の作ったおにぎりだから問題があるわけではない。

 そうしておにぎり作りも終わり、弁当の用意が完了した。


「あとはお手拭きと敷物と飲み物だな。せっかく外に遊びに行くんだからフォータムで買ったバドミントンでも持っていこうか?」


 リクたちは頻繁にフォータムに行っていただけあって、リクの世界の娯楽品も少しづつ仕入れていた。特にスポーツ用品はそこまで構造が複雑なものはないので、多く販売されている。


「いいわね、今度こそ負けないわ」


「ふん、エルは身体能力が並みじゃからのう」


「これがバドミントン?面白そう!やってみたい!」


 さすがのフーもバドミントンは知らないらしい。でも空飛べるから絶対強いよなとリクは思う。


「ああ、ごはん食べたらやろうな。四人いるからダブルスが出来る。楽しそうだ」


 時刻はちょうど昼に差し掛かる頃、エルが昔行ったことがあると言うので転移魔法で行くことが出来る。今がちょうど花見最盛期、そして今日は休日だ。間違いなく人が多いと思われるので、少し離れたところに転移してから散歩がてら歩こうということになる。


「えーっと、弁当ヨシ。飲み物ヨシ。お手拭きヨシ。敷物ヨシ。遊ぶものヨシ。大丈夫そうだな。じゃあ早速行こう」


 そうして四人は転移魔法でスプール王国の花見スポットへと向かうのであった。

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