第61話 アイ2
「う、うぅん…ここは…?」
目を覚ますと見知らぬ天井が私の目に入ってくる。状況がつかめず私は辺りを見回す。どうやら医務室のようだ。先程まで戦っていた勇者リクと二人の女性、十歳ほどの女の子の姿がある。
「目が覚めたようじゃな。ここは闘技場の救護室じゃよ、勇者アイ」
「恩人に向かってお礼でもいったらどうかしら?」
女性二人から少し棘のある口調で話しかけられ、私は少し戸惑ってしまう。そんな私の様子を見て勇者リクが優しい口調で話しかけてくる。
「覚えているかい?君は俺に落とされたんだ。それで俺がここまで運んできたんだよ」
そうだ、私は彼に負けたのだった。強かった。あんなに強い人を見たのは初めてだ。でも目の前の彼は本当に普通の青年といった感じだ。黒髪黒目なので親近感も感じる。
「勇者リク…そっか、私負けたのか」
なぜか私の表情を見て彼が安堵している。ケガをしてないか気にしていたのだろうか。
その後、彼は私が疑問に思っていた雷撃に耐えられた理由も話してくれた。さっきまで敵だったというのに警戒心があまりない人だと思う。
色々と話を聞いていると二人の女性は彼の奥さんみたいだ。ということはあの褐色のルーシーと呼ばれている人が元魔王なのだろう。少なくとも私にはとてもそんな風には見えない。話し方はなんだか仰々しい感じがするが、ただの一人の女性だ。
もう一人のエルと呼ばれている女性もそうだが、彼のことが好きだということが良く分かる。お互いを信頼しているのがこんな短時間でも理解できる。私にはそんな存在はいない。羨ましい。
あと何故あんな大きい娘がいるのだろうか?考えられるのは養女だろうか。やはり彼女も彼にすごく懐いているのが分かる。まるで本当の娘だと思えるほどだ。
そして彼はさっき驚くべき言葉―この世界に来て―と言っていた。つまり元はこの世界の住人ではないということだろうか。聞いてみなくてはならない。
「今の話を聞く限り、あなたはもしかして召喚者なのか?」
「俺もリクでいいよ。聞いてなかったんだな。俺も召喚者だよ、そして俺は魔王討伐まで思考操作を受けてた」
やはり彼も召喚者だった。黒髪黒目ということで恐らく日本人なのだろう。同郷の人に会えるのはやはり嬉しいものだ。それにしても彼の言う思考操作とは何だろうか。
「…思考操作?」
「ああ、召喚者には条件付きで思考操作を施すことが出来るんだ。俺なら魔王討伐するまでは思考を制限されると言うもの。アイの場合は俺を殺すまで思考を制限すると言うものじゃないかな?」
彼から告げられた言葉は突拍子もない衝撃的な物だった。それでも私には彼が言っていることが事実だと分かった。ある時から彼のことを聞くとひどくどす黒い不快な感情が私の思考を支配するようになっていた。彼と先程対峙した時も同様だった。どうしても殺さなくてはならないという感情に私は支配されていた。
そして彼は彼の奥さんがそれを解除してくれたと伝えてくれた。確かに今は彼を見てもそんな感情は湧いてこない。
そして彼女たちは私に声を掛けてくる。最初のような棘は感じられない。
「リクは人が好いからのう。自分を殺そうとするものを助けてやるんじゃから」
「そうね、解除魔法を作ったのは私たちだけど、一番感謝しないといけないのはリクにだからね」
確かにそうだ。彼は最初からそのつもりで私と対峙していたのだと分かる。私が命を狙っているであろうことを理解しながら私を助ける。本当に人が好い。奥さんたちからすれば彼の身が危険に晒されるのだから嫌だっただろう。
「…ありがとう、リク。あとごめんなさい」
彼は私の気持ちを慮ってお礼だけを受け入れた。何も気にすることは無いと言ってくれた。本当に強くて優しい人だ。頼りがいのある人というのは、こういう人のことを言うのだろうか。私にとっては初めての感情なので良く分からない。でも彼に対して好意を持っているのは確かなのだろう。少し顔が熱くなるのを感じる。
「うん、ありがとう…」
そして私たちは各国の来賓が待つ場所へと呼ばれる。きっとフォータムの大統領と外交官もいるだろう。全く気が進まないが彼に促されて私も一緒に行くことにする。
まず私たちにスプール王国のフリュー王から労いの言葉がかけられるところから始まった。
その後、彼はルーシーさんの手を引いて婚姻を結んだことを各国の来賓に堂々と報告する。それに対してオートン大統領が食って掛かっている。それでも彼は一歩も引かない。あくまで報告であり、承認を求めているのではないと言い切った。そして魔族に利することは無いと言い放っている以上、誰もそれ以上突っ込めない。唯一ウィンテル帝国の皇帝がルーシーさんに質問をしたが、彼女もやはり同じ回答をする。そして彼らは皇帝と大公から婚姻の祝福を見事勝ち取る。
それを見た私は彼女たちが心底羨ましくなる。本当に頼もしい人だ。そしてこんなことが出来るのは彼女たちを本当に愛しているからだろう。
そして話題は私のことに移る。フリュー王がオートン大統領に私の処分について尋ねる。
「我が国の勇者が申し訳ありませんでしたな。自国に連れ帰り、審理を受けさせましょう」
私は役立たずとして処分されるのだろうか。それともまた道具のように使われるのだろうか。思わず肩が震えてしまうが、彼が私の肩に優しく手を置いて大丈夫だと言ってくれる。たったそれだけのことなのに、私の震えは止まっていた。
フリュー王は私を人心を惑わせた罪でスプール王国で裁くと言った。きっとこれは彼らと打ち合わせ済みのシナリオなのだろう。まさか今日まで会ったこともない人に、ここまでしてもらえるなんて信じられない。いずれにせよ彼は私を守るために手を尽くしてくれた。
私の心をふわふわとした不思議な感情が包む。少し顔が熱を持っているのが分かる。気が付くと私は声を掛けてくれた彼に自然な笑顔を見せていた。
城へ向かうまでに私は色々な話をした。思えばこんなに自分のことを話したのは初めてかもしれない。自分のことを知って欲しいという感情なのだろうか。彼らは私の話に相槌を打つだけでほとんど突っ込んだ質問はしてこなかったが、唯一彼に敵対心を持った時期だけは質問を返してきた。
城の中では私は自由に動き回ることは出来なかった。それは仕方ないことだと分かっているので気にはならない。それに彼らがいつも話し相手になってくれたので、寂しくはなかった。
ある日エルさんとルーシーさんだけで私に会いに来た。二人は私の今後について聞いてきたので、漠然と今持っている考え、何らかの形でこの国と陛下に恩を返したい。願わくば騎士団に入れるのが理想だと伝える。本当なら彼のところに行きたいという気持ちがある。我ながら大胆な発想だとは思うがそれは出来ない。彼は二人の奥さんを本当に愛しているし、何より彼女たちに悪い。二人は嘆息して分かったと言って去って行った。
そして運命の審理の日、私は罰金刑となった。無罪放免は体裁が悪いからだろう。
審理の後、私は彼に身の振り方を伝える。きちんと恩を返す、これが私に出来ることだ。
私の今後を聞いた彼はコンパクトミラーのような物を手渡してくる。開けたりしてみるが何なのか全く分からない。そして彼が使い方を説明してくれると、思わず嬉しい気持ちが溢れ出し笑顔になってしまう。これがあればいつでも彼と連絡を取ることが出来るのだ。
彼はこれはエルさんとルーシーさんが私にくれたものだと言う。それを聞いた私は理解した。二人は私が本当は彼の下に行きたいと思っているのを分かっているのだと。そしてその上でこれをくれたのだと。生まれて初めて抱くこの感情を抑える必要はないと言ってくれているのだと。
それなら私は頑張ろう。彼のそばにいられるように、彼に好きだと言ってもらえるように努力しよう。まずは出来ることから始めよう。この国に恩を返して、いつかきっと彼女たちと一緒に彼のそばで生きて行こう。
こうして私は生まれて初めて恋をして、努力することを誓った。
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