第60話 今後は
王城に行く間に一行はアイから色々な話を聞いた。アイはもともと剣道を向こうの世界でやっていたということ。こちらに来てから実戦剣術を学んだということ。やはり身体能力が高く、最初から相手になるものが少なかったこと。雷を操作できるスキルが発現し、勇者となるように言われたこと。それからリクを討伐するように言われたこと。ギルドのランクについては国が手を回していたらしいこと。
どの話も大体リクたちの想定の範囲内だった。だが一つだけ気になることが有った。
「今の話を聞く限りでは制約を課す時期は、ある程度自由があるのかもしれないな」
「そうじゃな。どう逆立ちしてもかなわぬ相手に挑ませるほど馬鹿ではあるまい。いつもそんなことをしていたら国の関与もすぐにバレてしまう」
「ねえアイ。あなた以外にも召喚された人っているのかしら?」
「うん、何人かいた。でもその人たちは戦闘に適性が無くて、知識を提供するのがメインだったの。だから私もあまり関りが無くて詳しいことは知らないの」
「そこまでして召喚を繰り返す理由は何なんだ?」
「…これは私の推測だけど国力の増強だと思う。一番の目的は軍拡。この世界に無い軍の装備に関する知識や、用兵術などを求めていたみたい。そういった知識を持たない者たちが文化の方面に回されていたと思う」
「つまりフォータム共和国の流人文化は完全な副産物ってことか…」
「…ねえ私どうなるのかな?」
アイが不安そうな顔で聞いてくる。フォータム共和国には帰りたくないと言っても、どこにも帰る家がないのだ。誰も頼るものがいない異世界で不安になるのも無理は無い。
かと言ってリクはうちに来ればいいなんて言えない。エルとルーシーは押しかけではあったが婚約者だ。だから一緒に棲むことも一応OKを出した。しかもまだまだ新婚の嫁二人がいる家に、若い女性に来いなんて頭おかしいだろうと思う。
もはやとりあえず当り障りのない答えを返すしかなくなる。
「まずは審理の結果を待たないとな、その上でどうしたいか考えてみるといい」
「…うん、そうだよね。ちょっと考えてみる」
アイの少し寂しそうな顔が気にかかるが、それは仕方のないことだとリクは感情を処理する。そもそもリクの最優先は嫁二人と娘だ。あまり他の者に気をかけすぎるのは良くないと思っている。
やがて一行は王城に着く。アイは立場上、投獄までは行かないが軟禁状態となるとのこと。リクたちもアイの審理が終わるまでは王城に滞在することになった。
そして四人はあてがわれている部屋に戻る。
「ねえ、アイのことどうするの?」
「どうって言われてもなあ。エルとルーシーがいるのに、うちに来いってのも変な話だろ?」
その言葉にエルとルーシーが少しほっとした表情をしたのもつかの間、フーが特大の爆弾を投下する。
「アイお姉ちゃん、可哀想だね…一人ぼっちになっちゃうよ」
この優しい言葉に三人の心は抉られる。フーを悲しませない為、うちに呼ぶことが出来ないのであれば、彼女の居場所を作ってやらねばという気持ちになり議論が白熱する。
「一番大事なのはアイの気持ちだよな…」
「そうね。パターンごとにシミュレーションが必要だわ」
「うむ、まずは考えられる選択肢を出していくのがよかろう」
そして考え出したパターンは四つ。
一、スプール王国の騎士として働く
二、冒険者として生きていく
三、剣を置き、普通の町娘として生きていく
四、元の世界に戻る
「一は言わずもがな一番うまく収まるな。力量も申し分ない、あとはスプール王国の体裁的にいいのかどうかだけど」
「そうね、一を希望したら何か私たちから譲歩してでも雇い入れてもらいましょう」
「では次は二じゃな。これはどうじゃろうな…ファングにでも頼るか?」
「そうだな、確かにパーティメンバーを募集しているパーティは珍しくないだろうし。さすがにファングに入れるのは気の毒な気がする」
「そうね、あそこはそのうちくっつくだろうから気まずそうね」
「じゃあ二の場合は俺たちとファングでパーティを探すって方向だな」
「うむ、三番は…これは難しいのう」
「就職先を探してあげるとかかな?」
「それぐらしかないかしらね…住居はその気になれば転移魔法陣の部屋を提供してもいいかしら?」
「…でも着替え中とかに転移したらマズいだろ…」
「…では三番は就職先と住宅探しの手伝いをするのが良かろう。四番…これはのう」
「まあ三番と同対応じゃないか?それで俺たちが頑張るくらいしかないだろう」
「そうね、ざっとこんなものかしら?」
そう言って三人は横目でフーを見やると、見事に電池が切れたように眠っている。少しやるせない気分になりながらも、その可愛さに癒される三人だった。
一週間後にアイの審理が開かれた。開かれるまでの間もリクたちはアイが寂しくないようにと話し相手になるために毎日通った。
結果は罰金刑。与えられる処罰の中でも、最も軽いものだった。これはフリュー王が精神操作に忌避感を持っていることが大きな要因だ。本当は罰する必要など無いと思いながらも、フォータム共和国から身柄を強引に引き受けた手前お咎めなしも難しかった。
そして審理にはリクだけが立ち会ったので、そこでアイに答えを聞く。
「アイどうするか決めたか?」
「…うん、私この国で騎士として働くわ。陛下に恩を返したい。許可ももらえた」
そう語る彼女の瞳にはしっかりとした決意が宿っている。それを見てリクは安心する。
「頑張れよ。そうそう、これを渡しておくよ」
そう言ってリクはコンパクトミラーのような物を手渡す。連絡用の魔道具だ。王城にいる間にエルとルーシーが完成させていたのだ。そして二人がアイに渡してあげてくれとリクに頼んでいた。
「…これ何?」
アイが開いたり閉じたりしながら魔道具を隅から隅まで観察する。
尤もな質問にリクが使い方を交えて答えると、アイは感激してリクに礼を言う。
「お礼ならエルとルーシーにまた会った時にでも言うといい。アイにこれを渡してくれって頼んできたのはあの二人だから」
「っ!そうなんだ…分かった!今度会ったら絶対お礼を言っておく!」
アイには二人が自分にこの魔道具を送ってくれた意味が分かった。
そしてアイはまずはここで恩を返すことに専念しようと決意する。中途半端な気持ちでは彼の横に立つことなど出来るはずがない。
「困ったらいつでも連絡するといい。同郷なんだから遠慮するなよ」
「うん、いろいろありがとう。またね!私、頑張るから!」
アイはリクと握手を交わして改めて誓いを立てる。必ず彼の横に立っても恥ずかしくない人になろうと。
王城のあてがわれた一室。エルとルーシーは複雑そうな表情で会話をしている。フーはリクとの訓練で疲れたのか昼寝をしている。
「うーん、我ながら甘い采配だわ…」
「まあ仕方あるまいよ。妾たちがあの娘の立場だったらと考えるとどうしても、な」
「そうね、あそこで第五の選択肢を言わないあたりが奥ゆかしいわね」
実は二人はリクがいない時にアイの今後について本人から聞いていた。この国の王に恩を返したいというその気持ちは決して嘘ではない。だがその時の彼女の心はまだ定まっていなかった。だからその結論が自分たちに遠慮してのものであることも分かった。
二人は彼女は自分たちと同じ感性を持った人間だと理解した。そしていつかこの国に対する恩を返した時、自分たちを頼ってきたのなら応援してあげようと思っている。
「まあまだ先の話じゃよ」
「そうね、騎士の中に素敵な人が見つかるかもしれないしねー」
「そう思うか?」
「ぜーんぜん」
彼女が他の人間を好きになることはあり得ない。リクを愛する二人には良く分かる。だからいつかその日が来るだろうということを考えると複雑な気分になるのだった。
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