第59話 宣言
まず第一声はホスト国であるスプール王国フリュー王が発する。
「勇者リク、そしてフォータム共和国の勇者アイよ。見事な戦いぶりであった」
リクとアイは跪くと、決まりきった挨拶を述べる。
「身に余る光栄です」
「お褒めに与り光栄です」
「して、勇者アイよ。体の方はもうよいのか?」
「はい。ほとんどケガをすることなく終わりました。私の完敗です」
アイにはリクとの力量差がはっきりと分かっている。自分がケガをしても構わないという攻め方をリクがしていれば、あっという間に終わっていたと思っている。
「うむ、無事であるのならば何よりだ。さてここからは堅苦しい雰囲気は抜きにして行こう。リクよ、そなたから我らに対して話があると聞いておる」
その言葉を受けて、リクはルーシーの手を取り一歩前に進み出る。
「私は先だってこの先代魔王ルーシーと婚姻を結びました。そしてこの婚姻は私たちの個人的な物であり、私が魔族に利することはないと、この場をお借りしまして申し上げさせていただきます」
これを受けてざわめきが上がる。もちろんこの場にいるのは各国の要人なのだから、そういう噂は耳にしている。しかし本人から確かな事実として聞くことと噂として聞くことでは驚きの度合いが違う。
そこですかさず場の雰囲気を味方にしようとフォータム共和国のオートン大統領が声をあげる。
「しかし、魔族に利することはないと言っておったが、それを証明することは出来るのか?」
これは想定の範囲内の質問だ。リクは毅然とした態度で答える。
「いえ、出来ません」
「では話にならないのではないか?」
「なぜでしょうか?私が魔族に味方するというのであればその証拠を持ってくる方が先となるはずです。無いことの証明というのは出来ません」
リクの言葉にオートン大統領が激昂する。
「それはただの開き直りではないか!長年人族と魔族は争ってきた。もちろん今もそうだ。ならば魔族に味方しない証明をするのは当然のことだ」
これも想定の範囲内の話だ。悪魔の証明の話で折れてくれればとも思ったが、わざわざ討伐を高らかに宣言するような人物が折れるわけがない。
「勘違いしていただいては困ります。私はここに報告に来たのです。皆様の承認を得るために来たのではありません。そして私の言葉を信じるも信じないも皆様次第です。ですがもう一度言っておきます。私が魔族に利することはありません」
リクはこの場に来る前に自分にルールを課していた。強い言葉を口にする必要はない。ただ淡々と事実のみを述べればよい。感情的になってはダメだ。相手は腹芸の得意な海千山千の猛者たち。そっちの土俵では争わない。
リクのこの方針は効果があった。リクに裏などない。故に駆け引きなど通じない。魔族領に攻めこまれるのはいい気分ではないが、ルーシーの覚悟もある。だからリクは何も交渉しない。
オートン大統領がリクの言葉に対する返答に窮していると、今度はウィンテル帝国のヴィンス皇帝が言葉を発する。
「それは奥方も同意件なのかな?」
ウィンテル帝国は魔族領に接しているので気になるのも当然だ。ルーシーに直接聞いているようなので、本人に答えさせる。
「はい、私はリクと婚姻を結んだときに、その覚悟はしております」
今やルーシーもスプール王国民。王の顔に泥を塗らぬよう、尊大な態度をとることはない。
「ならば私から言うことはありませんね。お二人の婚姻を祝福しましょう」
あっさりとヴィンス皇帝は認める。議論の不毛さが理解できているのだろう。
「私も認めます。お二人の今後に幸あらんことを祈りましょう」
ザマール公国のゾーマ大公もそれに倣う。こうなると多勢に無勢だ、オートン大統領も祝福こそしないものの渋々了承する。だがこれで終わらせるわけにはいかない。アイ件も片付けなければならないとリクは考えている。
すでに呼びに来た兵士に、アイの精神操作魔法を解除したことを王に伝えるように頼んでいる。ここからはフリュー王の出番だ。
「さて、リクとルーシーの婚姻の件はこれで良いかな。次にオートン大統領、フォータム共和国の勇者アイが二人の討伐を宣言した件だが、この落とし前はどうつけるおつもりか?」
これにはオートン大統領が苦々しい顔を作りながら答える。
「我が国の勇者が申し訳ありませんでしたな。自国に連れ帰り、審理を受けさせましょう」
役立たずとして処分するか、もう一度鍛え直してリクに差し向けるつもりだと分かる。この言葉にアイは下を向いて肩を震わせる。リクはそれを見ると、アイの震える肩に手を置き大丈夫だとそっと囁く。
「つまり勇者アイの暴走であり、国は関与していないと?ならば勇者アイの身柄はこちらに引き渡してもらおう。我が国の審理を受けてもらう」
「何ですと?なんの権利があってそんなことを」
「勇者アイは我が国の勇者リクを魔族と通じた裏切り者であると喧伝し、人心を惑わせた。貴国ではそうではないかもしれぬが我が国では立派な罪だ。ならば当然我が国の審理を受けてもらわねばならぬ」
この世界に犯罪者の引き渡しのような取り決めはない。その国で犯した犯罪であればその国で裁かれる。そしてフリュー王は知っている。アイは操られていただけであると。何らかの処分をしなくては面目が立たないかもしれないが、軽いものになるだろうとリクは考えている。
予想外の展開にオートン大統領は言葉を返すことができない。そもそもアイが敗北したときから、彼は計画の失敗を悟り焦っていた。だからこそアイが絶対的な討伐対象であるリクを目の前にしているにも関わらず、狂気に身を操られていないことに気付かなかった。そしてリクもフリュー王もわざわざアイの精神操作が解除されたことを伝える理由もない。
「では以上だな。リクよ、済まぬがアイをつれて王城に戻っておいてくれぬか?」
「分かりました。それでは失礼します。行こうアイ」
「うん、わかった。ありがとうリク」
リクに向けてアイは頬を少し染めながら自然な笑顔を見せていた。リクは特に深くは考えず、ほっとしたんだなと思い、フーを抱き抱えてアイと王城へ歩いていく。エルとルーシーは渋面を作ってそれを眺める。
「あれはそういうことかしら…」
「どうじゃろうな。まあリクの良さが伝わるのは吝かではないが…」
「…ふう、リクは天然のたらしね」
嘆息するエルにルーシーが心配いらないとばかりに頭を振る。
「しかし妾たちがおるからのう。あれが気持ちを伝えれば分からぬが、リクがどうこうすることはなかろう」
「まあそれはそうだけどね。でも伝えられたとしても、リクは多分気持ちを受けられないんじゃないかな?」
「ふむ。命を助けたものから好きと言われても困る、というところか?」
「ええ、そうね。リクは別に鈍いわけじゃないわ。今回みたいに命を助けてあげた、なんてのがなければ気付いたんじゃないかな」
「まあ命の恩人に好意を持つのは当たり前じゃからな。それが尊敬か憧憬か恋愛感情かの違いはあるが」
「そういうことね。今のリクはあの娘に好意を向けられても恋愛感情とは捉えないわ。あの娘自身もそれらを恋愛感情と勘違いしているっていう線もあるしね」
「…ちなみにエルはあの娘をどう思うのじゃ?」
「…まあ悪い娘じゃないとは思うけどね。まだ良く分からないわ」
「尤もじゃな。そういうことがあるかもしれんくらいに思っておくか」
「そうね、まあ私たちを頼ってきたら応援してもいいかもね」
「確かにのう。本来おかしな話じゃとは思うが…なかなかに感情というのは度しがたいものじゃ」
「エル、ルーシー何やってるんだー?早く行くぞー!」
リクたちから少し離れて歩く嫁二人は手を挙げて応える。二人は今、複雑な感情を抱いている。自分達をきちんと立てた上で、リクにアプローチする者がいるのであれば吝かでないように思えている。
この世界は一夫多妻制であり夫が妻として迎えれば、他の妻が可否を言うことなどない。だが二人はそれは嫌だし認められないと思っている。
そして自分たちが嫌だといえばリクは諦めるであろうことも分かっている。しかし裏を返せば自分達が認めるような者であれば構わないのではないかとも思える。
いずれにせよリクとふれあえる時間が減るのが嫌だということだけは、二人ともが抱く確かな思いであった。
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