第56話 アイ
※アイ視点です
私は人から恵まれていると言われる。学校の成績、運動神経、人望、家柄、そして容姿。およそ人が欲しがるものを全て持っていると。
それ自体を否定するつもりはない。実際私は他人と比べて努力と言うものをしているとは思っていない。
学校の成績は授業を聞いて、予習復習だけをするだけ。塾に行って参考書を何冊もこなす人の方が努力している。
運動神経は子供の頃からやっている剣道を休まず稽古に行っているだけ。自主練習をしている人の方がよっぽど努力している。
人望は勉強を教えたり、困っている人を助けたりしていたら人から頼られるようになっただけ。率先してみんなを率いている人の方が努力している。
家柄は産まれた家がたまたま名家だっただけ。一代で財を成す人の方が努力している。
容姿は両親の容姿を受け継いだだけ。日々手入れを欠かさず、食事や運動に気を使っている人の方が努力している。
私は何も努力をしていない。それでも人から羨まれる結果を残せてしまう。人生は不公平だと思う。だけど努力している人たちは私を見ても妬まない。あの人は別格だからと言う。悪意のないその言葉はお前は人ではない何かだと言われているようで私を傷つける。
それでも特に不満はない。人から羨望の眼差しで見られるような人生だ、文句を言ってはバチが当たるというものだろう。
ただ一つだけあるとすれば親友と呼べる人がほしかった。心から愛することができる人がほしかった。
誰もが私を一段上に見る。普通に話したりする友達はもちろんいる。それでも私を一段上に見ている限りは親友にはなれない。
男の子は決して私を恋愛対象として見ない。一度聞いてみたら自分が惨めに思えるからと言われた。
親友や恋人は対等な関係なのだろうと私は思う。頼り頼られるような関係だと。私は誰も頼らない。いつも頼られるだけ。だからきっと私にも原因がある。だけど頼ることなんてないのだから仕方ないだろうとも思う。
一流の大学に入学して一年、相変わらずの日々を過ごす。私の周りにはたくさんの人がいる。だけど親友と呼べる人や恋人はいない。いつか私にもそんな人が出来る日が来るのだろうかと思いながら家路を歩く。すると突然私の下の地面が光る。目の前が真っ白になり、次の瞬間多くの人に囲まれていた。
「おお成功だな。初めまして異世界からの来訪者様」
理解が追い付かない。目の前にいるローブを着た人は私のことを異世界人と呼んだ。つまりここは異世界なのだろうか。確かに回りの人もそれっぽい服を着ているし、鎧を着けている人もいる。これが夢でなければ本当にそうなのだろうと分かる。
自己紹介をすると私は豪華な一室に通される。中世ヨーロッパのような雰囲気だ。真っ赤なフカフカの絨毯が一面に広がり、一目で上等なものと分かるほど豪華な装飾が施された机や椅子がある。
落ち着かない豪華な椅子に座らされた私は召喚について教えられた。そしてもう元の世界に戻る術はないことも。これからここで私の生活の面倒を見ること、異世界の知識を教えてほしいということ、一度戦闘訓練に参加してみてほしいということを言われた。
いきなりの出来事だったので、全てのことを理解できたわけではない。それでも確かなことは私はこの世界で生きていかなければならないと言うことだった。
私は家族のことを考える。両親は私がいなくなってどう思うだろうか。悲しむだろうか。それとも失望するのだろうか。何も思わないのだろうか。悲しむ、という選択肢はない気がする。そもそも年に数回しか二人と会わないのだから何も思わない気がする。後継者は兄がいるのだから何の問題もないと思いそうだ。
私は友人のことを考える。彼女たちはどう思うだろうか。頼りになる人がいなくなって残念くらいのものだろうか。そこで私は気が付く。自分は彼女たちをそういう人間だと認識しているということに。親友なんて出来るはずないと思わず苦笑する。
いずれにせよ帰れないのだから仕方がないと思い直す。ならばこの世界に順応するしかないと。
初めての戦闘訓練、私は騎士団長以外の者には負けなかった。どうやら私の身体能力は、こちらの人からするとかなり高い水準のようだ。しかし剣道と剣術の差はやはり大きい。それでも学べば自分にも出来るだろうという自信がある。私は騎士団員の方たちから称賛を受け、戦闘訓練を継続することになる。最初は私の他にも召喚者がいたが、彼らには戦闘の適正がないようでそれ以来訓練に姿を表すことはなかった。
召喚されてから三ヶ月が経ち、私は二十歳になっていた。この世界は十五で成人扱いらしいので特に祝うようなこともなかった。戦闘訓練は引き続き行っており、今では国で一番の剣士となっていた。そしてスキル雷操作が発現したことで、この国の勇者と呼ばれるようになっていた。
騎士団員の方から魔王を討伐したスプール王国の勇者がヘルプストに滞在しているという話を聞いた。少しその勇者に興味が湧く。きっと強いのだろう、一度会ってみたいと思った。しかし私には自由に街に出る許可は出ていない。ひたすら訓練をするだけの毎日だ。
そんなある日私は初めての任務を騎士団長から言い渡される。
「迷宮都市ラビュリントスのダンジョンを踏破してくるように」
私は二人の騎士と魔導師と共にザマール公国の迷宮都市ラビュリントスへと向かう。任務とは言え初めての外国に私の心は踊る。話では未踏破のダンジョンで、かなりの難易度とのことだったので気を引き締めないといけない。
私たちは宿を取ると早速ダンジョンへと赴く。おどろおどろしい雰囲気なのかと思ったら、入口が荘厳な神殿の中にあったので驚く。入口の冒険者ギルドの担当者にギルドカードの提示を求められる。私はそんなものを作った覚えがないのだが、私のものも用意されておりランクはAとなっていた。ランクの決め方など私には分からないので、そういうものなのかと思い中へと入る。
お供の魔導師がかつて二十五階層まで潜ったことがあり、私たちはそこからのスタートとなった。
連れてきた騎士と魔導師は国でもトップクラスの実力者だったので私たちは問題なくダンジョンを攻略していく。とは言え四十階層以降のフロアはさすがに難しく、攻略に時間を要してしまった。
魔物では四十階層のミノタウロスと四十九階層のワイバーンが強敵だったが、私のスキルでなんとか倒すことができた。剣技だけでは勝つことは出来なかっただろう。
五十階層で待っていたのは風竜ヴェントと名乗る竜種だった。玉座のような場所に座るその竜種は、私たちを見ても特に感情を出すことなく加護をあげると言って血を飲まされた。尤も加護なんてただのお守りだと言っていたので意味はないのだろう。
ヴェントから鱗をもらった私たちは入口のギルドの担当者にそれを見せる。やはり踏破者は初だったとのことで大いに驚かれた。しかし古くからの言い伝えで風竜が棲むと言われていたこともあり、私たちのダンジョン踏破は認められた。
国に帰るとなぜか盛大なパレードが催される。私のダンジョン踏破祝いと、勇者お披露目の為のものらしい。少し私の感情が曇る。結局この世界に来ても私は大した努力もせずにここまでこれてしまった。元の世界と何が違うのだろうかと思うと、どうしても笑顔が上手く作れない。
国に戻ってからしばらくすると、スプール王国の勇者リクが元魔王と婚姻を結んでいるという話を聞いた。その時なぜか私には自分のものとは思えない黒い感情が自身の中にあることを自覚する。その感情がどこから来ているものかは分からないが、全ての感情を飲み込むほどの激情だった。
そして私はもう一人の勇者として魔族と通じる勇者リクを討伐すると宣言した。
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