第55話 お祭り

 リクたちはフォータム共和国の勇者アイとの決闘まで十日程の日数を残していたので、エルとルーシーを加えて訓練を行うことになった。

 特にこの間にマスターしておきたいのが転移魔法だ。とはいえ魔力量の少ないリクでは使いこなすことは不可能なので、ヴェントとの戦闘でエルが使った拳だけを転移させる方法を練習する。


「…難しい」


「リクはちゃんと術式を理解してないからダメなのよ。何となくで使おうとしても無理。術式を理解して魔法のイメージをしっかり作らないと一生かかってもできないわよ」


「リク、とりあえず詠唱をして使えるようになる方が先決じゃないかのう?」


「やっぱりいきなり無詠唱は無理か…」


 リクの考えでは前衛での戦闘中にのんびり詠唱などしている暇はない。それ自体は決して間違った考え方ではない。しかしいきなり無詠唱の練習をするのは完全に間違っている。これはエルやルーシーのような卓越した才能の持ち主が出来ることであり、魔力操作以外は平凡なリクには土台無理な話であった。


「見て見て!出来たよ!」


 フーの前方に黒い霧のようなゲートが出来ている。紛れもなく転移魔法だ。そして実際にその中に入ったり出たりしている。王城内の部屋に通じるようになっていた。


「フー、お主はやはり天才じゃのう」


「さすが竜種よね…」


「…これが才能の差か」


 考えてみれば当然の話だった。ヴェントも転移魔法陣を作ってダンジョンに設置していたように、竜種が転移魔法に対する適正を有しているのは明らかだ。それでもルーシーですら未だに目視できる範囲外の転移は出来ないのに、習い始めてすぐに使いこなしてしまうその力量と才能には驚愕させられる。


「ねえねえエルお母さん。これ多分よく魔力の質を知ってる人のところなら、知らないところでもいけそうだよ?」


「え?ちょ、ちょっと待って」


 そう言ってエルは訓練場を一度出ていくと、リクのすぐそばにゲートが作られ中からエルが現れる。


「本当だ……どれくらい近しい人なら出来るんだろう…確かにこの術式ならそういう解釈も出来るのか…いやでも…」


 一気に魔法オタク、もとい研究者モードになるエル。多分彼女に話しかけても無駄だろうと思いリクはルーシーに話しかける。


「使ってみて理解したのか、元々持っていた記憶がよみがえったのかどちらだろうな…」


「そうじゃな。どちらにせよフーは妾たちにとって、ただ可愛いだけの娘ではないようじゃな」


「ヴァーサの思惑はよく分からないけど、フーは可愛いし色々なことが出来る。俺たちにとっては悪いことじゃないな」


 わざわざ竜種を養女にして育てろと言うからには、何らかの思惑があるとリクは考えている。ヴァーサのことだから単に面倒でという可能性が無いわけではないが。しかし今は考えても仕方のないことなので、とりあえずフーを誉めることにした。


「フー、すごいぞ!お母さんでも分からなかったことなのに」


「うん!私使ったら何となくその魔法が理解できちゃうみたい!」


「それは羨ましいのう。それなら魔法は無詠唱で使いたい放題じゃ」


「っ!フー、今の話本当?じゃあね、これ教えてほしいんだけど……」


 さっきまで顎にてを当てて、ひたすらぶつぶつと小言を言っていたエルが急に接近してくる。あまりの勢いにフーが驚いてひっくり返りそうになるのを、リクがそっと支えてやる。


「自分の世界に入っているようで、ちゃんと聞いてたんだな…」


「うむ、エルはああなっていても魔法のことであれば聞き逃すことはないぞ?」


 ああやって自分より優れたものにどんどん話を聞きに行けるのがエルの才能だなとリクは思う。いくら竜種とはいえ見た目は幼女の自分の娘に質問するなんて、変なプライドを持った人間では出来ないだろうと。


「…そうか。何にせよ、魔法の研究が捗りそうで何よりだよ。俺ももうちょっと練習してみようかな」


 リクは転移魔法の自主練習に戻り、ルーシーはエルとフーの魔法談義へと加わる。

 残りの日々はこのようにして過ぎていく。成果としてはリクの転移魔法は、なんとか指一本分程度なら出来るようになってきていた。エル曰く、ここまできたらもう完成は近いとのこと。


 そうしていよいよ決闘の当日を迎えることになる。


「完全に見世物だな…」


 街は闘技場での大イベントを迎えるにあたってお祭り騒ぎとなっていた。各国からの要人に加えて、わざわざ観光客まで来ているようだ。折角だからということでリクの試合をメインイベントとして、武闘大会も開かれていた。


「お父さん!あれ食べようよ!」


「ああいいぞ!はぐれないようにちゃんと手を繋いでな」


 試合は夕方ごろになるとのことだったので、昼食をかねてお祭り気分の街を練り歩く四人。実はフーが来たことで切実な問題が浮上している。


「フーが可愛いのは分かるけど、リクはベタベタしすぎじゃないかしら?」


「うむ、妾もリクとベタベタしたいんじゃがな…」


 リクがフーを可愛がるあまり、いつも一緒にいるため嫁二人は少しフラストレーションをためていた。今だって以前なら腕を組んで街を歩いているところだ。決してフーが可愛くないわけではない。単に自分達もベタベタしたいだけだ。


「ちょっと作戦会議が必要かしらね…」


「してどうするのじゃ?」


「そうねえ…リクにはフーを肩車してもらって、私たちは腕を組みましょうか?」


「それはいいアイデアじゃな。早速実行じゃ」


 そして二人はリクのもとに行き、無理矢理作戦を実行する。最初はちょっと嫌そうな顔をしたリクではあったが、自分がついついフーばかり構っているという認識もあったので了承する。かくして合体ロボのような風体で街を練り歩くことになる。


「わー高い高い!色んな物が見えて楽しい!」


 いくら自分が飛べるからと言っても、やはり父親の肩車は別格なのだろう。嫁二人の可愛いワガママの産物ではあったが、フーが楽しそうで良かったと三人はほっと胸を撫で下ろす。

 そして四人が祭りを楽しんでいると、見知った顔から声をかけられる。


「よう、久しぶりだな!」


 ファングの四人だ。万が一にもリクが負けることはないと思いながらも、心配で見に来たとのことだった。


「久しぶり、連絡ありがとうな」


 ファングからの連絡によってリクたちは、フォータム共和国の勇者アイが自分達を討伐しようとしていることを知った。もし知らずにフォータムに入っていたら、面倒なことになっていただろう。


「…ところでこの娘は?」


 アキが当然の疑問を口にする。ラークとアイリスもうんうんと頷いている。


「私たちの養女のフーよ」


「うむ、フーよ。こやつらは妾たちの友人じゃ。挨拶をしなさい」


 ルーシーからそう言われると、フーはわざわざ一度地上に降りてぺこりとお辞儀をして挨拶をする。


「初めまして、フーです。お父さんとお母さんたちの娘です」


 大輪の花のような笑顔を見せながら挨拶するフー。ファングの四人は完全にフーの可愛さにやられていた。アイリスに至っては我慢しきれずに頭を撫でている。もちろんリクたちもその挨拶の様子を見て可愛さに悶絶していた。


「子供いいなぁ…」


「…うん」


 ボソッと言ったアキの言葉に、フーの頭を撫でながらアイリスが返答する。言うまでもなくその瞬間、ウィルとラークの目が真剣なものになる。リクたちはまだくっついてないのかと思うが口にはしないでおく。


「今日はこの為だけに来たのか?」


「ああ、最近結構忙しかったからな。お前らにも会いたかったし、応援と休暇を兼ねてな」


「そうか、それだけ精力的にやってるんならSランクになる日も遠くないな」


「そうだな」


 そういうとウィルはリクの近くに来て小声で話す。その表情は真剣そのものだ。


「俺とラークはSランクになったら告白するからな!」


「…そうか。なんでわざわざ俺に言うんだ?」


「誰かに言っとかないと逃げちまいそうでな…」


 リクは相変わらずだと思う反面、まあ一歩前進したのかとも思う。今までの二人を見る限り、おそらくそういった切欠がないとずるずる行ってしまうのだろうというのがよく分かる。リクとしても余計なことはしないが、友人の恋路がうまく行って欲しいとは思っている。


「なにひそひそ話してるのよ。それでリクの調子はどうなの?」


「ああ、問題ないよ。ヴェントとの戦いで負った火傷もあとは少し残ったけど治ったよ」


「そう、それならいいわ。私たちあなたに全財産賭けてるから頼むわよ!」


「…アキ。そういうのを言っちゃうのはどうかと思うけど」


 アイリスに突っ込まれるも、アキは声を大にして反論する。賭けていると言われて複雑な表情になるリクたちだが、彼女がそれを意に介すことは無い。


「いいえ、言っておかないとダメよ。わざと負けるなんていうことされたら困るもの。頼むわよリク!」


 アキの迫力にフーが驚き、リクにしがみついてくる。


「アキ、フーを怖がらせるなよ。大丈夫、ちゃんと勝つよ。て言うか決闘って金賭けてるんだな…」


「フーちゃんごめんね。まあ他人の決闘なんてお金でも賭けなきゃ、よっぽど血を見るのが好きなやつらしか集まらないわよ。ある意味ではお金をかける方が健全なんじゃないかしら?」


「まあ…それもそう…なのか?」


 いまいち納得できない感じのリクにエルが助け船を出す。


「この世界には娯楽が少ないからね。こういうのは娯楽に餓えている人たちの格好の餌食なのよ」


「ああ、そういうことなら分かるかも」


「いずれにせよ、人が死ぬかもしれんことに金を賭けるなんていい趣味とは言えんがのう」


 ルーシーがそう言ってファングの方を見やると、慌てて四人は目をそらす。


「ま、まあとりあえず俺たちはお前が勝つって信じてるぜ!頑張れよ!」


 そう言ってそそくさと去っていく四人を見て嘆息する三人と、よく分かっていないフーだった。

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