第54話 フーの実力
リクたちはフーを連れてスプール王国の王城に来ていた。いきなり娘を連れてきたので驚かれるが、養女だと伝えると少し怪訝な目で見られるも問題なく通してもらうことができた。見た目は完全に普通の女の子なのだから、危険はないだろうと判断したようだ。
エルとルーシーは到着早々研究を開始する。召喚魔法陣の研究など魔法の研究の中でも最高峰だ。当然リクには手伝うことはできないので、フーと遊ぶことにする。
とりあえず訓練場を借り切って鬼ごっこをしてみようと提案する。これはフーがどれくらい動くことが出来るのかを確認する意味でもあった。これに関してはリクには確信があった。昨日フーは角を隠す術を知っていた。恐らく戦い方や、基本的に生活に困らない程度の記憶は残っているのだろうと考えたのだ。そもそもヴァーサは結構いい加減な性格なので、アレの言う言葉を鵜呑みにしてはダメだとリクは思っている。
「よーし、じゃあお父さんが鬼だからな!飛べるなら飛んでもいいぞ!」
「うん、わかった!」
フーの背中から真っ赤な翼が生まれる。間違いなく火竜フーランメの翼だ。そしてかなりのスピードで縦横無尽に飛び回る。ダンジョンで見たワイバーンよりもかなり早い。リクであってもそれなりに身体強化をしないと捕まえることは出来ないと思えた。
「すごいぞフー!じゃあいくぞ!」
「はーい!」
可愛い返事だなと思いながら、リクは身体強化魔法を発動する。強化度合いは五倍だ。
地面が凹むほどの勢いで踏み込むと一気にフーに向かってリクが飛び出す。フーは驚いたような表情を見せるが、高度をあげて回避する。
「…すごいな、ちゃんと見て反応できてる」
「お父さんすごい!楽しいね!」
「まだまだお父さんは本気じゃないぞ!」
「私ももっと早く動けるもんね!」
フーはさらにスピードをあげて飛び回る。体が小さい分、成竜の時より早いのではないかと思えるほどだ。これはリクにとっては僥倖だった。身体強化をしてやっと追い付けるほどの存在を追う訓練など早々出来るものではない。愛娘と遊びながら強くなれるのだから正に一石二鳥だ。
同時にやはり飛び回る相手への対処というところが自分の克服すべき弱点だと再認識する。そしてフーを楽に捕まえられるようになれば、もはや苦戦することなどほとんどないだろう。
リクは身体強化魔法の強度を十倍まで引き上げる。ここまで来るとさすがにフーでも動きを捉えきれない。
「フー捕まえた!」
「わー、捕まっちゃった!お父さんすごいね!」
娘に誉められて誇らしい気持ちになるが、きちんと娘も誉めてあげなければと思い直し実践する。
「フーこそすごかったぞ!お母さんたちじゃあ捕まえられないと思うぞ」
「えへへ、私お父さんに勝てるように頑張る!」
誉められて少しはにかむと、元気一杯といった様子で宣言する。そんなフーを見ているとリクまで元気をもらえる。
「そうだな、お父さんも負けないように頑張らないといけないな」
「うん!」
「じゃあもうすぐお昼ご飯の時間だから、手を洗って部屋に戻ろう。お母さんたちも戻ってるかも」
研究中だから戻ってないかもなと思いながらフーと部屋へと向かう。相変わらず王城の絨毯はフカフカでフーもすごいすごいと言って喜んでいる。そしてふとフーを見ると背中から翼を出したはずなのに、その服には穴が開いていないことにリクが気付く。
「フー、服破れなかったのか?」
「破れてもすぐ魔法で戻せるよ?」
事も無げに言う娘にリクは驚愕する。自分には絶対にできない芸当だ。
「そうなのか?フーはすごいな!魔法はお父さんより遥かに上手だ」
「そうかな?ありがとう!」
部屋に戻るとやはり二人は戻っていない。少し悲しそうな顔を見せるフーを見て、リクの中でたった今我が家のルールが一つが生まれた。娘が出来た今、食事は家族揃ってとらなければならないと。
「よし!お母さんたちを呼びに行こう」
「うん、でもお母さんたち忙しくないの?」
「そうだな、でもご飯はみんな一緒がいいだろ?」
「うん、みんなで食べたい!」
二人は手を繋いでエルとルーシーが研究している部屋に向かう。途中すれ違う兵士たちがフーに手を振っている。リクは正体を知ったら驚くだろうなと思うが、うちの娘は可愛いので仕方のないことだとも思う。
目的地である研究室に着くとフーが勢いよく扉を開ける。
「お母さんたち、お昼ご飯食べよう!」
「もうちょっとだけ…」
「うむ、キリの良いところまでは…」
「お母さんたち、ご飯はみんなで食べなきゃめっだよ!」
フーからかけられたその言葉に二人は苦笑しながらこちらへ向かってくる。愛娘にそう言われては行かない訳にはいかない。
「ごめんねフー、食べに行きましょう」
「うむ、家族で食べないとな」
フーを真ん中にしてエルとルーシーが片手ずつ繋いで部屋へと戻る。リクはそれを後ろから見ながら呟く。
「…いつか二人も子供を産むのかな」
今でも十分幸せだが、もっと幸せな未来を想像してリクは思わず顔を綻ばせる。
「リク、何をにやにやしておるのじゃ。早く行くぞ」
ルーシーに指摘されて三人の後を小走りで追っていく。その顔は緩んだままだったので三人には不思議そうな目を向けられてしまうが、幸せな気分のリクには気にならなかった。
四人は部屋に戻って食事を始める。気を使ってくれたのか、侍女は扉の外で待機しており四人だけで食事を楽しむことが出来た。
「フーはすごいよ。俺が十倍に強化してやっと捕まえられたんだ」
「ほう、それは大したものじゃな。妾たちでは捕まえられんかもしれんな」
「フーは私たちの娘なんだから当然よね」
三人に誉められてフーは上機嫌だ。リクたちにとってフーが強いことは喜ばしいことだ。しかしリクたちはフーを戦いの場に連れていこうとは思わない。訓練だけは遊びを通してやるつもりだが、それは自分の身を守るためのもの。なるべく娘には危険な目に遭って欲しくないのは自然なことだ。出会って二日目でもリクたちは彼女を大切に育てると決めている。
「研究の方はどうなんだ?」
「順調よ。今の魔法に通じるものがあるからそこまで時間はかからないかも」
「へー、そういうものなのか?」
「そうじゃな、今も精神操作の魔法は存在しておる。リクにかけられていたものよりは稚拙じゃがな。その上位互換と思えばそれほど難しいものではない」
リクには全く分からないが、この二人が言うのであればそうなんだろうと無理矢理納得しておく。
「ねえねえ、お母さんたち何の研究してるの?」
「人助けのための研究じゃよ」
「そうなんだ、お母さんたちすごいね!」
娘に誉められて二人の顔が緩む。リクにはその気持ちがよく分かる。子供はストレートに感情を表現してくれるので心に響くのだ。これは見習うべきことだなと思う。
リクとフーが訓練をして、エルとルーシーが研究をする。食事と寝るのは一緒。そんな生活が三週間ほど経過する。
フーはすでにリクが十五倍の身体強化魔法を使ってやっと捕まえられるレベルにまでなっていた。さすがは竜種と言ったところだ。本人はお父さんに遊んでもらっているつもりなので上達も早い。もちろんリクの動きだって洗練されてきているが、それを上回る成長速度だ。
「なあ、フー。もしかしてブレスって撃てるのか?」
そう言えばと思い立ちリクがフーに尋ねる。少し試してみたいことがあった。
「うん、撃てるよ!」
「少しだけ撃ってもらっていいか?」
自分に向かって撃てというジェスチャーをしながら言うリク。もちろんフーは驚く。
「え?お父さんに向かって撃つの?危ないよ!」
「大丈夫、お父さん強いから」
「じゃあちょっとだけだよ?」
そう言ってフーが口を開けると口の前にエネルギーが凝縮されたような光の球が現れる。間違いなく竜種のブレスだ。そしてそれがリクに向かって放たれる。
もちろんリクは魔法銀の手甲を身に付けて、念のため水纏を使用する。さすがにこれ無しで受けるのは危険だ。フーのブレスは成竜の時よりも収束されており、まるでレーザーのようだ。範囲的には手甲で十分に受けることが出来る。十秒ほどブレスが続き、リクは全て手甲で受けきった。
「お父さんすごいよ!」
「はは、この手甲が凄いんだよ」
「でも普通そんなことできないよ?」
「まあそうかもしれないな。でもフーのブレスもすごかったぞ」
そう言ってリクはフーの頭を撫でてやる。フーは気持ち良さそうに目を細める。
リクが試したいこととはブレスを魔法銀で完璧に吸収できるのではないかということだった。風竜ヴェントのブレスを受けた時、自分が思った以上に手甲が役に立った。その事に疑問を持ったリクはこの仮説を立て今回実験したのだった。想定通り魔法銀はブレスを吸収し、弾いたりするようなことは無かった。
「えへへ、ありがとう!」
そんな二人のもとにエルとルーシーがやって来る。ここに来てから初めてのことだ。その意味を察したリクが声をかける。
「もしかして出来たのか?」
「ええ」「うむ」
二人は胸を張って答える。それを見てフーがとてとてと二人の母のもとへと駆けていく。その後ろ姿はとても癒されるものだった。
「お母さんたちすごい!これで人助けできるんだね!」
「ありがとう、フー」
「うむ、ありがとうな。フー」
二人に頭を撫でられて、またもやフーは気持ち良さそうに目を細める。それからフーも母二人の頭を撫でると、二人も幸せそうな笑顔を浮かべる。フーは初めから三人に懐いてくれたが、この三週間で少しは家族らしくなってきたかなとリクは思う。
「そういえばリクはなんで手甲つけてるの?」
リクがあからさまにマズいという表情をしたのを嫁二人は見逃さない。そしてフーが空気を読まずに良かれと思って母二人に教える。
「お父さんがブレスを受けたいって言ったから、私がブレスを撃ってあげたんだよ!」
「「リクっ!!」」
そのあと小一時間ほど説教を受けたのは言うまでもない。その様子を見てフーが少し申し訳なさそうな顔をしていたので、リクは少し心が痛んだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます