第53話 フー
話し合いを終えた三人はスプール王国へと戻る。先日と同じ部屋でフリュー王と宰相プランタ、そして宮廷魔導師筆頭のエリックがそれぞれ神妙な面持ちでリクたちを待ち受けていた。
「召喚のこと黙っていて申し訳なかった」
開口一番フリュー王が頭を下げて謝罪をする。一国の王が頭を下げるその意味は大きい。当然それを見て宰相は苦々しい顔をしているが、公の場でないことから口を挟むことはしなかった。
「頭を上げてください、陛下。謝罪のお気持ちは十分伝わりましたので」
「しかし許せぬものではなかろう。一時我らはお主を魔王討伐の道具として扱った。人道にもとる行為だ」
「複雑な感情は確かにあります。ですが幸いにも私は道を大きく踏み外すことなく、旅を終えることができました。もし気持ちが治まらないと言われるのであれば、ひとつ聞いていただきたいお願いがございます」
「うむ、何でも言ってくれ」
「召喚の魔法陣を見せていただきたいと存じます」
その言葉を聞いたときの王の反応がリクには少し気になった。特に驚くこともなく予想通りと言った感じだったからだ。そして一つの推測をもってリクが続ける。
「フォータム共和国の勇者も召喚者。であれば何らかの制約がかけられていることは想像に難くありません。それが私たちの討伐であった場合、今回の作戦は水泡に帰してしまいます。であればそれを解除できる方法を模索しなければならない。陛下はそういう思惑があって召喚の秘密を明かしたのではないのでしょうか?」
リクの突然の発言に王以外の者が驚く。この推測はその場で思いついたものである為、エルとルーシーも当然驚いている。
「大した慧眼じゃ、我としては二度手間になるようなことは避けたい。もうひとつ…こんなことを言えた義理ではないが、お主に制約をかけた自分が許せんかった。あのようなことは人にするべきことではない。解除する方法があるのならば知っておきたい」
悔恨の言葉を口にする王の表情を見たリクたちは思う。この王は本来優しい人間だと。かつてルーシーが魔王としての振る舞いと自分の性格との差に苦しんだように、この王も苦しんでいるのだというのがありありと伝わってくる。ただ彼は少しだけルーシーより現実主義だった。だからこその制約の黙認だろう。
「分かりました。それでは見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「うむ、エリック。案内してやってくれ」
「はい、仰せのままに」
リクたち三人は部屋を後にして、エリックに連れられて城の地下へと向かう。普段は固く閉ざされた門の奥、かつてリクもただ一度だけ来たことがある。召喚されたその時だ。
「初めて来るわ…」
「ええ、エルさんにはすべてを見せると言うことでしたが、ここだけは厳重に管理されておりましたので」
その説明にエルは不満そうな顔を見せる。魔王討伐の褒美はすべての魔法書と魔道具の閲覧許可だった。当然エルの認識では召喚魔法陣も例外ではなかったはずなのに、見せてもらえていなかったのが気に障ったのだ。
「こちらが召喚の魔法陣になります。起動するには宮廷魔導師が十人がかりで魔力を注ぎ込む必要があります。もしかしたらエルさんとルーシーさんなら一人でも起動させてしまうかもしれませんがね」
軽口を叩くエリックに反応することなく、エルとルーシーは魔法陣を興味深げに見ている。
しばらく見た後、ルーシーが声を発する。
「妾はもう覚えた。エルはどうだ?」
「ええ、私も覚えたわ。解析するのは未だ時間がかかるけどね」
「さすがだな。出来そうなのか?」
「そうじゃな、全てを解析するとなるとさすがに長い時間が必要となるな。じゃが制約を課す部分にのみ注力すれば二週間ほどあれば十分じゃろう」
「そうね、解析に二週間。解除する魔法の開発に二週間。一ヶ月時間があれば問題ないわ」
その言葉にエリックが顔を青くして驚愕している。二人がとんでもないことを言っているのは魔法に疎いリクでも分かる。二人には及ばずとも曲がりなりにも宮廷魔導師の筆頭、一般的には魔導師の頂点にいるとも言えるエリックには尚更だ。
「…お二人を見ていると自分がいかに矮小な存在か思い知らされます」
その言葉に聞き捨てならないとばかりにエルが反応する。その表情は怒りを通り越して、何も読み取れない程冷徹な物になっている。
「なぜそのようなことを考えるんですか?私たちはただ魔法が好きで研究しているだけです。誰かと比べることに意味がありますか?」
突然向けられた辛辣な言葉にエリックが硬直する。なにも言葉を返せない。そんなエリックの様子は意に介さずエルが続ける。
「以前お会いしたとき、リクのパーティの選考会でしたね。私はあの場にいた魔導師が許せない。魔法を突き詰めようと言う気概を持つのではなく、誰々より上だとか下だとかそんな魔導師ばかりだった。だから私の魔法を見て、あなたを含め彼らは自尊心を守るために私を化け物扱いした。確かに私には人並み外れた魔力があるし、才能もあるのでしょう。だけどそれに驕るような真似は一度もしたことありません」
毅然と言い放つエル。あの日リクが憧れたエルそのものだ。彼女は魔法に対しては本当に真摯な姿勢を崩さない。並外れた魔力量や、才能は二の次だ。その姿勢こそが彼女が彼女たる理由なのだ。
自分よりも一回り以上年下の女性から向けられる正論。それはエリックには堪えるものだった。自分もかつては彼女のようだったはずだ。地位を得たことで周りの才能に嫉妬し、魔法への情熱を燻らせてしまった。
「……その通りですね、ありがとうございますエルさん。昔の自分を少し思い出せました。リクさん、良い伴侶をお持ちのあなたが羨ましいです」
思わぬ言葉に顔が赤くなるリク。自分の嫁が誉められているのは嬉しいが、恥ずかしいものは恥ずかしい。それでもきちんと言葉にしてあげなくてはならない。
「…ええ、自慢の嫁ですから」
その言葉を聞いたエルは少し頬に朱を差しながら満足げに頷く。少しルーシーが羨ましそうにしていたので、リクはルーシーもだよと伝える。
王と宰相のもとへ戻った三人は一ヶ月ほどの時間があれば解除魔法の開発が出来ることを伝える。
「それであれば一ヶ月後に城下町の闘技場で決闘の舞台を用意してはいかがでしょうか。各国の要人にも来てもらうのですから、それくらいの猶予は自然なことと思われるでしょう。各国に自国の勇者を披露したいフォータム共和国としては渡りに船となるはずです」
宰相の提案は非常に理にかなった物であり、反対するような理由は見当たらない。そのため三人と王はこれを了承する。
「では一ヶ月間王城に滞在するということでよろしいですか?」
この提案はエルとルーシーには願ってもいないことだ。やはり実物が近くにいる状態と言うのは大きいし、研究の施設も我が家より当然充実している。
「では一度家に戻ってから、明日参りますのでよろしくお願いします」
三人は着替え(さすがに下着は変える)を取りに帰るため、深淵の森へと戻る。すると珍しくヴァーサから声をかけられる。
「やあヴァーサ。また明日から一ヶ月ほど王城に泊まり込みになるよ」
「そうか、ならば約束通りこれを連れていけ」
そう言ってヴァーサがリクたちの前につれてきたのは十歳ほどの女の子。赤い髪に赤い目、その頭部には控えめながら角が見える。
「…もしかして」
「うむ、火竜じゃ。養女として育ててやれ。記憶は消しておいたから頼むぞ」
「あっ!ちょっ!…逃げやがった」
「可愛い」
「うむ、可愛いな」
「…お姉さんたち誰?」
「私たちはあなたのお母さんだよ。あっちがお父さんね」
「…呑み込みが早すぎる」
エルとルーシーはすっかり自分達が育てるつもりになっている。確かに見た目はとても可愛いらしい娘だ。そして恐らく断るという選択肢など存在ないとリクにも分かっている。
嘆息するリクのもとに娘がとてとてと近づいてくる。
「お父さん?」
「ああ、お父さんだよ」
上目遣いで見てくる火竜(幼女)に一瞬で陥落するリク。誰もこの可愛さには抗えない。リクは思わず脇の下に手をいれて高い高いをしてやる。火竜はキャッキャと楽しそうな声をあげる。
「よし、お前の名前はフーランメのフーだ!」
「…安直すぎないかしら?」
「分かりやすくていいのではないか?」
フーを連れて三人は家の中へと入る。明日から王城に泊まり込みとなる上で少し問題が出来てしまった。
「まあ、養女として引き取った娘だと言えば連れていくのは問題ないじゃろう」
「ええ、問題はその角ね。帽子とかで隠す必要があるわね」
そこでリクはもしかしたらと思い、一応聞いてみようとフーに声をかける。
「なあフー、角って消せないのか?」
「出来るよ!」
そう言ってフーは角に手を当てると、手から光が発せられて角が消える。角が消えたその姿はどこからどう見ても完全に普通の女の子だ。
「へー、すごいぞ。フー」
「えへへ、でも角は出してた方が楽だよ」
「じゃあ俺たち以外の人がいるときは消すようにすればいいよ」
「うん、そうする!」
そんな会話をしている二人を眺めるエルとルーシーは羨ましそうだ。フーがリクの膝の上に座っているからだ。フーが羨ましいのか、リクが羨ましいのかは分からない。
こうして一家にいきなり娘が出来る。ヴァーサに押し付けられた感は否めないが、それを補ってあまりあるほど可愛いので三人はフーを受け入れたのだった。
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