第52話 おかえり
「どこに行こうか…」
リクは勢いで王城を飛び出して来たものの行く宛などあるはずもなく途方にくれる。空は白み始めているがまだ活動している人は少ない。
リクが街を歩きながら考えるのは二人の嫁のこと。つい先日悲しい顔をさせないと誓ったのに情けないとリクは思う。だがそんな誓いも吹き飛んでしまうほど、あの召喚の秘密と夢は強烈すぎた。
人生を積み木に例えるならば、こつこつ自分で積み上げてきたのに、ある部分だけ他の人間が積んでいる感覚だ。果たしてその上に積まれた積み木は、本当に自分で選んで積んだものと言えるのだろうか?リクには分からない。
事実勇者として召喚され魔王を討伐することになりリクの人生は大きく変わった。そんな大きな人生の分岐点を他人に決められた。そして今の生活だって全てはその上に成り立っている。まるで嘘に嘘を積み重ねた結果が今の自分ではないかとも思える。
エルやルーシーを愛した自分は本当の自分なのだろうか。彼女たちが愛してくれるのは本当の自分なのだろうか。そんなことばかりリクは考えてしまう。自分のこの先の人生は自分で選んだつもりでも選ばされた人生でしかないのではないか。そんな考えが頭から離れない。
心細いけれども誰も頼ることができずに独りで悩む。当然思考は堂々巡りになり、いつまでも結論を見出だせない。
何処にも行く宛がないリクはひたすら歩く。食べることも寝ることもなく、ただただ足が赴くままに。
三日後、リクは深淵の森の入口に立っていた。ここに来ようと思ったわけではない。足を動かしていたら自然とここに辿り着いてしまった。
ここまで来たのだからとりあえず家に帰ろうとリクは思う。都合の良い妄想かもしれないが、嫁二人が待っていてくれるのではないかと思ってしまう。あの笑顔にもう一度会いたい、二人に傍にいてほしいと思ってしまう。
「最初からそうすれば良かったんだ…」
そしてリクはやっと気付く。今の自分が本物かどうかなんて、大した問題ではないのだと。今の自分をエルとルーシーが受け入れてくれるならば、それに甘えればいいのだと。自分にとって大事なのは二人が傍にいることなのだと。最早変えられない過去ならば、今の自分が大切に思う人を大切にすればいいだけなのだと。
リクにはなぜか分かった。きっとあの二人は自分の帰りを待っていると。確たる証拠など無い。だけど彼女たちはそこにいると分かる。決して都合の良い妄想などではない。一刻も早く帰って彼女たちに会いたい、二人を愛していると伝えたいと思った。
身体強化魔法をフル稼働させて森の中を疾走する。魔物たちには目もくれず、最短距離を突っ走る。五分ほど走るといつものログハウスが見える。少し緊張するが入口のドアを開ける。
「「おかえりなさい」」
「…ただいま」
笑顔で迎えてくれる二人の顔を見ると、リクは涙が流れるのを止められない。そんなリクを二人は何も言わずに抱き締めると、ルーシーがソファに座り膝枕をする。
「何か言うことは?」
エルがリクのほっぺたをつねりながら言う。その痛みがリクにはなんだか心地いい。
「二人ともごめん。…ありがとう」
「うむ、心配かけおって。まあ帰ってきたのじゃから良しとしよう」
ルーシーがいつもの調子で鷹揚に頷き、エルも仕方ないという感じで頷く。
「安心したら眠たくなってきた……」
「ゆっくり眠るといい。妾たちは傍におる」
頭を優しく撫でながらリクの欲しかった言葉をルーシーがくれる。エルは手を握って安心させてくれる。リクはこの三日間眠っていなかった。眠ったらまたあの夢を見るのではないかと思い怖くて眠れなかった。だけど二人の優しさに包まれた今なら怖くない。リクは睡魔に身を任せ、穏やかな表情で眠りについた。
翌朝リクは気持ちよく目覚めることができた。夢を見たような記憶はなく、深く眠ることができたと分かる。寝始めた頃はまだ夕方頃だったというのに、空は完全に明るくなっている。ルーシーは膝枕をしたまま、エルは手を握ったまま眠っている。本当にずっと傍にいたのだと分かる。
そして二人もやがて目が覚める。いつものように寝起きのキスをして朝食を済ませると、三人並んでリビングのソファに座る。そしてリクは二人に城で見た夢のことを話す。
「…あの日、エルと冒険してた頃の夢を見たんだ。その夢の中で俺は人を殺してた。自分の邪魔をするのだから当然だって。……それでルーシーも殺そうとしていたんだ…もう少しでというところで、頭の中でダメだって声がして目を覚ました」
二人はリクの腕をぎゅっと掴みながら、何も言わずに話を聞いている。
「目が覚めた時、夢の最後のシーンが思い出せなかった。だけどルーシーの顔を見たら全部思い出した。あれはもう一人の俺だって分かってしまった。怖かった。涙が止まらなくなって、吐き気もひどくて、自分が自分でないような感覚になってしまったんだ」
その時のことを思い出してリクの肩が震えると、二人はそれを止めるように腕を掴んだまま肩に頭をのせる。落ち着いたリクは話を続ける。
「こんな自分には二人を愛する資格なんてないと思ってしまった。愛してもらえる資格なんてないと思ってしまった。そうしたら二人と話をするのが怖くなって…」
「でも今は違うんだよね?」
「うん…もう過去は変わらないし、ルーシーだって生きている。それが例え限りなく低い可能性の結果だとしても運が良かったと思うことにする。そんなことを独りで悩むよりも、大好きな二人の傍にいたいと思った」
「私はリクが好き。心から愛してるわ。どこにも行かない、ずっと傍にいるわ」
「妾もリクを愛しておる。どこにも行かんでくれ。頼む」
「うん、俺も二人を愛している。ずっと傍にいるよ。この気持ちは嘘じゃない。誰かに作られた物じゃないって自信をもって言える」
リクの言葉を聞くと二人は笑みを浮かべ、頬にキスをする。
「スプール王国はどうするの?」
「……どうするかな」
「…確かに許しがたいのう。フォータム共和国の勇者の件でリクが派手に力を見せて終わりで良いのではないか?戦争の件は首を突っ込まなくてもよかろう」
「…多分フリュー王はこうなることが分かっていて教えてくれたんだよな」
「リク、考えていることは分かる。じゃが今回の件は前提条件が崩れたのじゃぞ?」
「そうよ、甘い顔を見せる必要はないと思うけど?」
「…分かってる。ひとつ条件を出して、今まで通りにするってのはどうかな?」
「「どんな?」」
「召喚の魔方陣を見せてもらう」
エルとルーシーの顔が驚きに染まるが、すぐに納得したような表情になる。
「成程な…いい考えかもしれん」
「そうね、私もそれは興味あるわ」
「よし、じゃあスプール王国の件はそれで決まりだな。もうひとつ考えないといけないことがある」
二人は声を発することなくリクの言葉を待つ。
「フォータム共和国の勇者、彼女にどんな制約がかけられているかだ」
思わぬ言葉に二人は愕然とする。リクが何を考えているかが分かるからだ。
「っ!そんなのリクには関係ないわ」
「うむ、降りかかる火の粉じゃ。払うだけで良いと思うが?」
「恐らく俺の同郷なんだ、それに俺もそうだけど召喚時に制約をかけられていても記憶はしっかりと残っている。そのことで自分がこんなにも苦しんだのに、同じ境遇の人を放っておくわけにはいかない」
リクの目には決意が宿っている。それは二人が好きな目だ。もはや彼の考えを覆すことはできないと分かってしまう。二人は肩をすくめて嘆息する。
「…言っても無駄のようね。全く手がかかるんだから…」
「そうじゃな。それでどうするんじゃ?」
「俺にはよく分からないが、二人なら召喚の魔方陣にある制約を作る部分が分かるんじゃないか?実際俺たちを討伐するまで諦めないような制約だと困る。だから解除する方法を知りたいとなれば見せてくれる可能性は高い」
「つまり、魔方陣の解析をして制約を消す方法を見つけろってことね?」
「なかなか無茶振りをしてくれるのう…」
二人は呆れるような声を出しているが、その表情は明るいものだ。
「ああ、悪いな。せっかく俺には頼れる嫁二人がいるんだからね。頼りにしないと、だろ?」
おどけて言うリクの言葉。二人にはこれ以上なく嬉しいものだ。リクはとにかく一人で抱え込みたがる。最近はその傾向も徐々に良くはなってきているが、二人にはまだ物足りない。だから明確に頼りにしてくれていることが分かるのは嬉しい。だからこそ結果を出したいと二人は思う。
「仕方ない、この大魔導師が一肌脱いであげましょう」
「ふふ、賢者もな。しかし古来から伝わる召喚魔法陣、興味深いのう」
「ええ、超一級の研究材料よ。腕が鳴るわ」
本当に頼もしい嫁二人だとリクは思う。そして彼女たちがいれば自分は大丈夫だと。
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