第51話 三人の気持ち

―――――ルーシー視点―――――


 翌朝、私たちはいつものようにリクの横で眠り、目を覚ます。まだ彼は目を覚まさない。彼がこんなに目を覚まさないなんてことは今まで無かった。不安でたまらない。あの時彼の心が壊れてしまい、二度と目を覚まさないのではないかと思ってしまう。

 リクが強いことは私たちが一番知っている。だけど彼も一人の人間だ。彼の心は決して無敵ではない。だからこそ私たちが傍にいられる。

 私たちの気持ちは既に固まっている。何があろうと彼の傍を離れない。例え彼が離れることを望んだとしても傍にいると決めた。私たちは今の彼を愛しているのだ、だから何の関係もないのだと。

 食事の用意が出来たと言われても、私たちは傍を離れない。食事なんて喉を通らない。入浴なんて魔法を使えばどうにでもなる。もしも私たちがいないときに彼が目を覚ましたらどう思うだろうか。些細なことかもしれないが、彼を傷つけてしまうかもしれない。少しでもその可能性があればそれが怖くてたまらない。


「早く起きてね、三人で家に帰るわよ」


 普段と変わらない口調でエルが眠る彼に語りかける。もちろん彼女も不安に思っているだろう。だけど私たちは何があっても彼を受け入れると決めているのだ。きっと彼もそれを望んでいるのだろうと勝手に思っておく。


「早く帰ろう、妾たちはずっと傍におるからの」


 そんな生活が三日ほど続く。王や宰相が見舞いに来たいと言っても断り続ける。彼がこんな状態になっているのに会えるわけがない。もし会ってしまったら何をするか自分でも分からない。

 彼の寝顔を眺めるだけの毎日ももう飽きてきた。早く彼と話したい。彼といろんなところへ出掛けたい。彼とキスをしたい。彼に抱き締めてほしい。彼に心から愛していると伝えたい。私はそんなことを考えながら、いつものように彼の腕を抱き寄せて眠りにつく。


―――――リク視点―――――


 今日このスプール王国を俺は旅立つ。相棒は魔導師のエルだ。年下でちょっと気難しいけれど尊敬できる娘だ。きっとこの旅は上手くいく。さっさと魔王を倒して元の世界に戻ろう。

 俺たちの旅は順調に進んでいく。途中魔物が出てくるが、自分でも驚くくらい自然に殺すことができた。自分はこんなにも肝の据わった人間だったのかとふと思うが、すぐにその思いは霧散する。

 魔族領を目指して進む俺たちの前に、盗賊が現れる。五人組の盗賊は有り金全てとエルを差し出せと言う。なんでこんなやつらにエルを差し出さないといけないのか。自分達には魔王討伐という大義名分がある。そんな自分達の邪魔をするのだから、こんな奴等殺しても何の問題もないだろう。それにしても弱い、あっけなさすぎる。この世界の人族ってこんなに弱いのだろうか。こんな弱さでも盗賊なんて出来るものなんだなと思う。

 ここで生かしておいても、また犠牲者が出るだけだ。改心するとか泣きわめいてるけれど知らない。一度道を踏み外したのだから死んでも文句はないだろう。きっちりと止めを刺す。止めの瞬間に少しだけ頭が痛むが、すぐに治ったので気にしない。

 いよいよ魔族領に到着した。他の魔族と交戦する前に魔王がやって来た。魔族の強さを計りたかったので計算が狂ってしまったが、手間が省けたので別にいいかと思う。魔王は俺と一騎討ちをしたいと言っている。どう考えても魔法主体の戦法で自分が苦戦するような相手には見えないので了承する。

 魔王は確かに強かった。恐らく一流の冒険者であってに勝てないだろう。エルとならいい勝負だと思う。だけど俺とは絶望的に相性が悪い。なんだか粘られるのも面倒になってきた。魔王だから死んでも文句はないよな。思いっきりぶん殴って帰ろう。

 あ、今チャンスだ。これで終わりだ。死ね!


―ダメだっ!―


「…夢……?」


 勢いよく起き上がるとフカフカの高そうなベッドの上だ。外は真っ暗だ。汗がびっしょりで気持ちが悪い。夢の最後になにか取り返しのつかないようなことをしそうになった気がするが思い出せない。いつものように俺の横には二人の嫁が眠っている。二人はひどくやつれているように見える。

 いつもするように彼女たちの頭を優しく撫でる。そしてルーシーの顔を見るとその光景がよみがえる。あの夢の最後が。


「…俺は…ルーシーを殺そうとした?」


 それを認識したその瞬間、涙と吐き気が止まらない。自分にとって世界一大切な人をこの手で殺す?そんなことはあり得ない。あり得ないのにあの夢の中の俺は間違いなくそれをしようとした。あの夢の中の俺は誰だ?あれは俺?それとも別人?

 そして俺は思い出す。エリックさんが言った召喚魔法の制約を。


「…あれは…もう一人の俺だ」


 怖い。もしルーシーのところに行くまでに人を殺していたら、俺はルーシーを殺していたかもしれない。いや、殺していた。そう考えると震えが止まらない。涙が、吐き気が止まらない。今こうやって傍にルーシーがいてくれることは奇跡だ。むしろルーシーが死ぬ確率の方が高かったとさえ思える。

 今が良ければそれでいいなんて思えない。俺は人殺しを平然としたかもしれない人間だ。ルーシーを殺していたかもしれない人間だ。二人の傍にいる資格があるのか、二人に傍にいてくれと願う資格があるのか分からない。

 もう自分が誰なのか分からない。俺は俺だと自信をもって言うことができない。自分のことすら分からない人間。そんな俺が彼女たちを愛する?そんなの滑稽でしかないだろう。

 目を覚ました二人に会うのが怖くて、俺は窓から部屋を飛び出す。この世界に俺の居場所なんてない。どこに行けばいいのかなんて分からない。とにかく独りになりたい。その時の俺の思考には誰かに頼るなんてものは微塵もなかった。


―――――エル視点―――――


「どうして……?」


 愛する人がいなくなったベッドを眺めながら思わず呟いてしまう。悲しみ、怒り、後悔、様々な感情が入り乱れている。こんな感情は初めてだ。人を好きになるって不思議なものだ。それはルーシーも同じみたいだ。

 彼はまた自分達を頼ってくれなかった。頼ってもらえなかった自分達への失望、頼ってくれなかった彼への怒りが混在する。だけど私たちにはリクの気持ちが痛いほど分かる。きっと彼は今の自分を根こそぎ否定されたかのような気持ちなのだろうと。

 そして優しい彼はこう考えるはずだ。自分には私たちを愛する資格なんてないと。なんて身勝手なんだろうと思う。愛することに資格なんて要らない。私たちは彼に愛してほしいのだ。彼が愛したいかどうかは彼が決めればいい。文句は言わない、多分。

 私たちは覚悟を決めている。もう彼を一生愛すると決めたのだ。早く彼に会って頭を撫でてもらって、抱き締めてもらって、キスをしてもらわなければ。あなたを愛していると言ってあげなければ。それならばやることは一つしかない。


「…ふう、今度は妾たちが探す番じゃな」


「ええ、見つけて、しっかりと叱ってやらないと」


「それだけではなかろう?」


「もちろん。たくさん甘えさせてもらうわ」


「うむ、それはいい考えじゃな」


「でも探しに行くまでもないわよね?」


「そうじゃな。思い付きで他のところに行くかもしれんがのう。ただ待っておればいい」


 私たちはそう言って笑いあうと城を飛び出していく。愛しい彼に会うために。

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