第50話 召喚の秘密
身体強化魔法の属性付与を見せるリク。纏う魔力の色が赤色、水色、緑色と次々に変化する。宮廷魔同士であるエリックはもちろんのこと、王と宰相にもそのすごさは伝わっているようだ。
「…素晴らしい。こんなことが出来るなんて」
感嘆の声を漏らすエリックにリクは釘をさす。
「あくまで竜種の加護を受けた体だからですよ。一度同じ要領で加護を受けていない属性を試してみたら激痛でした」
リクのその言葉に嫁二人が大きく反応する。そんなことは聞いていないと抗議の目をリクに向ける。鋭い眼光の二人を見てリクはしまったと思うが時すでに遅し。後で長い説教を受けることになると覚悟する。
「しかしこれで確かに加護を受けていると証明されたわけか」
「それでリク殿、勇者の件はどうされるおつもりで?」
王の言葉を受けて宰相が続ける。それが一番気になっていることなのだから当然だろう。
「私が一騎討ちに応じると喧伝してもらえないでしょうか?そしてしかるべき場所で各国の要人の前で彼女に勝ちます」
「…あまり目立ちたがらないリク殿らしからぬ考えだと思うが」
宰相がリクの言葉に疑問の声を上げる。事実リクは自分の力を誇示することを嫌っていた。今回のことがなければ一生そのままだっただろう。
「こうなった以上は仕方ありません。最早隠すことが出来ないのであれば、積極的に見せて関わらない方が得策だと思わせます」
「成程、それは確かに理にかなった判断ですね。陛下いかがいたしましょう?」
「我もそれがよいと思う。その場で我が国が持つ守護者の力を示し、かつ我らから他国を攻めることはないと確約すれば、我が国は長く安寧を享受することが出来るであろう」
二人の言葉を聞いていたリクはもう一つの考えを口にする。
「私としては、その場でルーシーと婚姻を結んだことを発表したいと思っています」
「…リク」
突然の言葉にルーシーは目を白黒させている。
「そして彼女との婚姻は個人的なものであり、魔族との繋がりはないと表明します」
「…しかし他国の人間からすれば、それで疑いが晴れることはないと思うが?」
尤もな意見だと、その場にいる全員が宰相に同意する。しかしリクには別の思惑がある。
「あくまで建前として宣言するだけで良いのです。それだけで表立ってそれを言う国もなくなるでしょう。私たちも痛くない腹を探られるのは面倒ですので」
五人の反応を見ながらリクが続ける。
「確かに私とルーシーが婚姻を結んだとなれば、いくら私たちが魔族に関わらないと言っても他国はそうは思わないでしょう。それこそ自分達が魔族に攻めいれば私たちが相手になるかもしれないと思ってくれるでしょうね」
そこまで聞いて王が徐に口を開く。王としてどうしても確認しなくてはならないことがあるからだ。
「…実際魔族の助けはせぬのだな?」
「はい、しません。私もルーシーも、もちろんエルも。ですが私はなるべく彼女の一族を滅ぼしたくない。これは私のワガママです。ですが万が一魔族が攻めてくるのならば私が迎え撃ちます」
「私たちだよ!」
「うむ、エルの言う通りじゃ。妾もこの国の民、相手が誰であろうとその責務は果たす」
頼もしい嫁二人の言葉にリクが頷く。
「分かった、そこまで言うなら信じよう。元よりリクたちは婚姻を結んだことを公表するだけじゃ。それを相手がどう解釈するかまでは考えんでよかろう」
「はい、ありがとうございます」
話が終わり帰ろうとする三人を、王が呼び止める。
「リク、そして二人の妻にも一緒に聞いてもらいたいことがある。…エリック、召喚の秘密を彼らに伝えてやってくれ」
「っ!陛下!それはっ!」
王の言葉に宰相が慌てる。三人には何のことかさっぱり分からないが、その狼狽ぶりからあまり良くないことであると分かる。
「我が国の軍人でない彼らがここまで国に尽くしてくれると言うのだ。最早彼らに対して秘密を持つわけにはいかぬ」
決して声をあらげているわけではない。だが、意思の籠った厳かな声だ。宰相も説得するのは不可能だと悟る。
「…分かりました。エリック話したまえ」
そのただならぬ雰囲気に三人が身構える。大きく息を吐いてエリックが静かに語り出す。
「召喚魔法には一つ召喚された者に対して、条件付きで制約をかけることができます。私たちがリクさんにかけた制約は、魔王討伐までという条件付きの思考の制限です」
三人は理解ができず、沈黙している。エリックはそんな三人の様子を確認しながら、ゆっくりと話を続ける。
「思考の制限と言っても大したことではありません。ただ魔王討伐という条件を達成するのに不要と思われることに興味をとられない、魔物のように討伐の妨げになるものは排除するようにというものです。これによってリクさんは最短距離で魔王討伐を果たすことになりました」
「そんなことが……」
リクは召喚されてからの自分について考える。
確かに思い当たる節はある。いくら勇者として召喚されたからといっても、あの時の自分はなんの疑問も持たずに魔王討伐へと赴いた。あまりにも不自然だ。いくら魔物とはいえ命を奪うことになんの疑問も持たなかった。あんな平和な世界に住んでいた自分が出来ることではない。まるで知らず知らずのうちに自分が作り替えられていたような気分だ。もし自分の前に魔物ではなく………
目の前が暗くなる。ひどく気持ちが悪い。吐きそうだ。遠くから嫁二人の声がする……
話の途中で意識を失ったリクはエルとルーシーに付き添われて城の一室で眠っている。
「ひどい、あんまりよ。人を道具のように使うなんて…」
涙を流しながらリクの頭を撫で、エルは悲痛な声をあげる。
そしてルーシーは言葉を発することなくリクについて考える。
果たして今ここで眠る彼は本当の彼と言えるのか。思考を操られていた期間を持つ彼は、もはや別の人間になっていると言っても過言ではないのかもしれない。思考を操られていたときも彼は記憶がきちんとある。その間に魔物とは言え命を奪うことを出来るようになってしまった。たしかに冒険者になるものならば誰もが通る道だ。だがそれは自分の意思で乗り越えるべき壁だ。決して人に操られた状態で越えるべき壁ではない。
「……運が良かったというべきか…」
「…どういうこと?」
ぼそりと呟くルーシーの言葉にエルが反応する。その言葉には少しの非難と怒りが含まれている。ルーシーもエルの気持ちは分かるのでそこには触れず、なるべく淡々と続ける。
「言葉通りじゃよ。人を殺さなくて良かった。運が良かったとしか言いようがない」
その言葉にエルは愕然とする。もしルーシーの討伐に障害となる者がいれば、リクは間違いなくその人を殺していた。人を殺さなかったのはたまたまでしかない。ただの結果論でしかないと。そして恐らくリクもそれに気付いてしまったのだろうと二人は思った。もしもリクが人を殺してしまっていたらと考えると恐ろしい。きっと優しい彼は自分を許せないだろうと。そんな彼がどうするかは想像に難くない。
彼女たちはリクがどんな人間かよく知っている。だからこそ彼が目覚めたとき、どんな言葉を掛ければいいのか分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます