第49話 新婚旅行

 迷宮都市ラビュリントス、リクたちはここをザマール公国の拠点と決めた。ヴェントが棲むことと、自治都市のような形態を取っていることが大きな要因だった。


「家を探そう」


 毎度お馴染みの拠点探しをすることとなる。スプール王国で学んだように、拠点は豪華である必要がない。なんなら大学生の独り暮らしのような間取りでも何ら問題がない。深淵の森にすぐ帰ることが出来るのだから。

 三人は冒険者ギルドに顔を出す。ダンジョンではなく街中にある方だ。ここのギルドはダンジョンがあるからなのか、ヘルプストよりもかなり大きい。受付の女性は見知らぬ顔の腕組みした三人を見て怪訝そうな顔をする。条件は面倒なのでただ一つだけ。ダンジョンに近いこと。

 恐らくこの町に用事があるとしたら風竜ヴェントくらいだ。それが何よりも優先すべき事項であるため一番近い物件に決めた。


「さて、拠点も決まったし、新婚旅行を楽しもうか!」


 面倒事が片付いて晴れやかな気分になったリクたち三人は、ラビュリントスから馬車で一時間ほど離れたザマール公国のリゾート地ベラーノに来ていた。

 もちろんその装いはヘルプストの変態、もといファッションモンスターことミアセレクトの水着である。

 エルは水色のフリル付きオフショルダービキニを着こなし、彼女の可愛らしさを全面に押し出してくる。ルーシーはシンプルな黒のビキニ。その素晴らしいスタイルを存分に生かそうという意図を感じる。パレオを巻いていることで何とかリクにも直視できる。

 リクには水着の良し悪しなど分からない。分からないが、今目の前にいる二人の嫁が素晴らしいことだけは分かった。


「二人とも可愛い、よく似合ってるよ!」


―さすがミア、いい仕事だ。ヘルプストに行ったらお礼を言わないとな―


 リクの言葉に羞恥心で顔を赤くしていた二人は、はにかみながらも何とか水着姿を受け入れる。


「うわー、きれいだね!」


「うむ、魔族領の海とは全く違うのう」


 初めて間近に見る海の広大さと美しさに感嘆の声を漏らすエルと、極寒の荒れる魔族領の海との違いに驚くルーシー。そしてリクもその海水浴場の美しさに目を奪われていた。リクの海水浴場のイメージと言えば湘南の海だ。何度か行ったことがあるが、お世辞にもきれいとは言いがたかった。

 しかしベラーノの海は本当にリゾート地という言葉が良く合っていた。青く透き通った海に白い砂浜。多くの海水浴客で賑わっている。


「うわー、しょっぱい」


 海に向かって走り出したエルが砂に足をとられて海にダイブする。どうやらはずみで海水を少し飲んでしまったようだ。


「エル!はしゃぎすぎじゃぞ。ほれ、大丈夫か?」


 ルーシーはやれやれといった様子で肩をすくめるとエルに向かって手を差し出す。エルは恥ずかしそうに頭を掻きながらその手をとる。


「うん、ありがとう。でも海って本当にしょっぱいのね」


「…うむ、本当じゃのう」


 好奇心には勝てず、ルーシーも海水を少し舐めて感激している。そんな二人のやり取りは微笑ましいもので、どれだけ見ていて飽きないとリクは思う。しかし自分も混ざりたいので、そばに駆け寄ると二人に向かって水を掛ける。急な攻撃に思わず悲鳴をあげるエルとルーシーが恨めしそうにリクを見る。


「やりおったな!エルやるぞ!」


「うん!リク覚悟なさい!」


「あはは、って待った待った。魔法は無しだぞ!」


 二人の頭上に海水でできた五メートルほどの水球が出来ていく。その光景はまるでアトラクションのようで他の海水浴客は楽しそうに笑ってみている。やがて二人の手を離れた水球がリクの頭上でただの海水に戻る。もちろんリクはかわそうと思えばかわせるが、そんな無粋なことはしない。水着なので濡れても問題ないと、ここは甘んじて食らい全身びしょ濡れになる。

 そして三人はしばし海で何もかも忘れて遊ぶ。リクが二人に泳ぎ方を教えたり、砂遊びをしたり、貝殻探しなど。エルとルーシーは先程の水球を見ていた子供たちに自分達にもやって欲しいとせがまれたりもした。もちろん控えめな水球を作ってやってあげる。

 しかし楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。三日間の滞在を終えて三人がベラーノを出発しようとした時、ギルドカードにファングから連絡が入る。


【フォータム共和国勇者アイ、リクとルーシーの討伐を宣言。ヘルプストには戻るな】


 その一報を聞いてリクはほっと胸を撫で下ろす。最悪の事態は回避出来たと。標的が自分達であれば無駄な被害を出さずにことを収めることが出来るかも知らないからだ。


「俺たちを狙ってくれるなら好都合だな」


「そうじゃな、要らん犠牲を出さんで済む」


 そう答えるルーシーの表情は心底安堵したものだった。一先ず魔族が討伐されるということが無いと分かったからだ。覚悟をしていると言っても何も感じないわけではない。

 言葉には出さないがリクとエルは彼女の背負うものが、今より多くならなくて本当によかったと思った。


「とりあえずスプール王国に顔を出すべきかしらね?」


「ああ、エル。頼めるか?」


「もちろん。じゃあラビュリントスに戻る時間も勿体ないから、ここから転移するよ」


 そして三人はスプール王国の拠点に転移する。すでに王国にもフォータム共和国の件は伝わっており、リクたちが現れると王と宰相が待つ一室へと通される。


「突然の訪問申し訳ありません」


「よい、恐らく今日来るであろうことは分かっていたしな。フォータム共和国の勇者の件じゃな?」


「ええ、降りかかる火の粉は払わないといけませんから」


「勇者アイは召喚者らしいな…」


「ヘルプストで一度見ましたが、私と同じ黒髪黒目の女性でした」


「ふむ、それで彼の者に勝つことができるのか?大々的にラビュリントスのダンジョンを踏破したと喧伝しておるが」


「心配ありません。彼女は本当の意味でダンジョンの踏破をしておりませんが、私たちは先日完全に踏破しました」


 その言葉に王と宰相は顔を見合わせてどういうことかと尋ねてくる。


「あのダンジョンの最下層には風竜ヴェントが棲んでいます。ダンジョンの完全踏破はヴェントに力を認められなくてはなりません。そして私たちは彼の竜を倒し、加護をもらっています。しかし彼女は最下層まで辿り着いたものの、ヴェントの加護はもらえなかったようです」


 その言葉に二人は驚く。ラビュリントスに風竜ヴェントが棲むということはまだ知らなかったようだ。そして三人がそれを倒したということも俄には信じがたいことだった。


「信じられん…」


 思わず宰相が呟く。これには王も同意する。


「それでは宮廷魔術師のエリックさんを読んでいただけますか?証拠を見せますので」


「…分かった、少し待っていてくれ」


 宰相はそう答えると、近衛兵の一人にエリックをつれてくるように申し付ける。

 やがてエリックが来たようで、部屋のドアがノックされる。


「エリックです。お呼びとのことでしたので参上いたしました」


「入ってくれ」


 入室の許可をもらいエリックが入ってくる。その姿を見てエルは少し顔をしかめる。彼女は選考会のことがあって、エリックにあまりいい印象を持っていない。

 エリックはリクたちの方に少し視線を向けるが、まず王に対して言葉を発する。


「お呼びでしょうか陛下」


「うむ、リクがお主を呼んでくれば、面白いものを見せてくれるというのでな」


 面白いなんて言ってないんだけどなと思いながらもリクは口を挟まない。エリックはその言葉を聞くとリクたちに向き直り、挨拶をする。


「久しぶりだね、リクさん、エルさん。そして初めましてルーシーさん。おっと、今はリク卿と呼ぶべきかな?」


 少しおどけるような口調で話すエリック。リクが召喚されたときに色々と世話をしてもらったこともあって、ある程度気心は知れている。


「いや、今まで通りでいいですよ。お久しぶりですねエリックさん。お元気そうで何よりです」


 リクに倣って二人も丁寧に挨拶をする。エルもいい印象ではないからといって失礼なことをするほど子供ではない。


「ええ、この通り元気ですよ。そういえばご結婚されたと聞きました。遅ればせながら、祝福をさせてください。おめでとうございます。私にも挨拶に来てくれてもよかったのでは?」


 少し悪戯っぽい笑みを浮かべながらエリックが言う。リクはこの人こういう所があるんだよなぁと思いながら、当たり障りのない言葉を返す。


「ありがとうございます。ご挨拶に伺ったときは不在でしたので。申し訳ありません」


「いえいえ、ただの冗談ですよ。さて、陛下の御前ですのでお話はここまでにして、私に用とは何でしょうか?」


 相変わらずのマイペースに苦笑しながらリクは風竜の加護を得たことを説明する。ついでに水竜と火竜の加護も持っていることを。


「信じがたいことではありますが…その証明とはどうやってするのでしょうか?」


「私が身体強化魔法を得意としていることは当然御存知ですね?加護を得たことでそれに属性の付与が出来るようになりました」


「なんですって!見せてください!!」


 もはや陛下の御前だと言うことを完全に忘れているエリック。エルとルーシーは呆れながらも気持ちは分かると思い、リクは魔導師とは魔法マニアでないといけない理由でもあるのだろうかと思う。魔導師だから魔法マニアなのか、魔法マニアだから魔導師なのか。そんなことを考えて沈黙しているリクを見て、宰相は困っていると思い助け船を出す。


「エリック。陛下の御前だぞ」


「す、すみません。取り乱してしまいました」


「いえ、それを見せるためにお呼びしたのですから」


 そう言って立ち上がると三人に属性を付与した身体強化魔法を見せるのだった。

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