第48話 踏破
「…めちゃくちゃ痛い…」
エルに膝枕をしてもらいながらルーシーとアイリスに治療を施してもらうリク。特に下半身の火傷がひどい。良くこの状態で渾身の一撃を放ったものだと六人が感心する。
「…無理しすぎだよ」
「…全くじゃ」
何とか震えた声を振り絞るエルとルーシー。もちろん怒っているわけではない。二人はあの時動けずにただただブレスに耐え続けるリクの後ろ姿を見ることしか出来なかった。二人はそんな弱い自分が許せなかった。自分の弱さのせいでリクに二度と会えなくなっていたかもしれないと思うと怖くてたまらなかった。
「ごめん。だけどちゃんと三人を守るっていう約束は守ったよ。その約束が無かったら死んでたかもしれないね」
未だ体中に残る火傷の痛みで辛いはずだが、何とか二人に向けて笑顔を見せるリク。二人はそんな様子を見せられたら、これ以上何も言うことは出来ない。もし言葉を発したら涙が止められなくなると思った。今はただ彼が生きていてくれることが嬉しかった。それだけでいいと思った。
「しかし本当に竜種のブレスを真正面から受けるなんてな。冗談じゃなかったんだな?」
「本当ね、あんなの誰だって死んだと思うわよ」
ウィルとアキの言葉にラークとアイリスは、相変わらず何も言わずにうんうんと頷いている。
「…あの場で三人ともが生き残るにはそうするしかなかったからね。でも絶対出来ると思ってた」
「出来るって言ってもこれだけ火傷負うことは覚悟の上だったんだろ?さすがに俺には無理だ」
リクの言葉にウィルが肩をすくめる。リクも我ながら無茶をしたとは思うが、後悔はしていない。ちゃんと三人とも生きているのだから誇らしいくらいだ。
その様子を見ていたヴェントが声を掛けてくる。回復に専念し、やっと少し体を動かせるようになったようだ。
「本当に人族とは思えないわ。そちらの二人も見事な戦いだったわ」
「約束通り加護を貰えるか?」
「ええ、もちろん。私としたことがムキになってしまったみたいね」
「…もしかして殺すつもりは無かったとか?」
―その割には容赦なかった気がするけど…―
「そういうわけでもないけどね。一発目のブレスの時はこれを防げなければ加護は与えられないと思ったのは確かよ」
「そうか、じゃあ二発目はムキになったということか」
「ええ、私が人族に気圧されるような感覚を味わうなんて屈辱よ。完全に頭に血が上っていたわね。それにしても、まさか負けるなんて思わなかったわ」
呆れるような感嘆するような口調でヴェントが言う。
「ぶっつけ本番だったけど、上手く行って良かったよ」
「最後のは転移魔法の応用ね?ブレスを撃つために動きを止めたのが失敗ということね」
「ああ、そうだな。動き回られたら勝ち目が無かったよ」
「やはり頭に血が上っていた、ということね」
大きく息を吐いてヴェントが口惜しそうに言う。そして今までとは雰囲気を変えて声を掛けてくる。
「リク、そしてエルとルーシー。あなたたちに私の加護を与えます」
そう言うと三人に血を飲ませる。ファングの四人は驚いてその様子を見ている。
「これで加護は与えられたわ。…三人にはこれから辛い運命が待っているかもしれないわ。だけど力を合わせて乗り超えなさい」
そう語るヴェントの目は真剣そのものだ。それはまるで辛い運命というものが避けられないと言わんばかりの物だった。恐らく教えてはくれないのだろう。だが聞かずにはいられなかった。
「…聞いても答えてはくれないんだよな?」
「ええ、それでもあなたたちなら大丈夫だと思うわ。お互いを想う気持ちを大事にしなさい」
「分かった。ありがとう」
リクに続いてエルとルーシーも礼を言う。そしてダンジョン踏破の証であるヴェントの鱗を貰った。
「ここに竜種が住んでいるってバレても大丈夫なのか?」
「ええ、先の人族の女にも渡しているわ。それにダンジョン運営って意外と楽しくてね、私の存在が餌になるなら願っても無いわ。冒険者を狩るのはクセになるわよ。やってみたかったらいつでもおいで?あと相談事でも力になるわよ」
「そうか、困ったら頼らせてもらうよ」
リクは、やっぱりこの竜性格悪いなと思いつつ適当に相槌を打って別れを済ませる。そして転移魔法陣でダンジョンの入口へと帰還する。
リクたちが冒険者ギルドの担当者にヴェントの鱗を見せてダンジョン踏破の報告をすると、ひどく怪訝な目で見られてしまうが、ファングの証言によって三人の踏破が正式に認められた。
そしてダンジョン踏破は冒険者の実績としては非常に高いので、リクたちのランクは一気にCランクまで上がるとのことだった。尤も三人に興味は無いが。
宿に戻った一行はダンジョン踏破の打ち上げパーティーを行う。いつものようにウィルが仕切り、麦酒と料理が続々と運ばれてくる。
「それでは三人のダンジョン踏破を祝いまして、乾杯!」
「カンパーイ!」
席順はリクの隣を嫁二人ががっちりガードして、なぜかアイリスがルーシーの隣にいた。ダンジョン踏破を通して、すっかりルーシーに懐いたようだ。
「…アイリスそっちに移籍するとか言わないよな?」
ウィルが悲痛な声を上げる。リクはそんなに好きならさっさと言えよと思うが、本人にその覚悟が無いようなので何も言わない。そもそもリクはウィルの言う危険な仕事だからというのは、体のいい言い訳だと思っている。自分たちを見ていてよくそんなことが言えるな?と思う。
「…どうしようかな」
その言葉に空気がピリッとする。ウィル以外の五人はアイリスの冗談だと理解しているが、これはタイミング的にウィルはチャンスじゃないの?と思う。だがウィルにそんな余裕はない。リクはプロポーズ前の自分を見ているようで心が痛むが、今のタイミングでは声の掛けようがない。
「…それはダメだ」
ウィルの言葉に五人の期待が最高潮に達する。
「…どうして?」
五人の気持ちは完全に一致していた。今しかないと。
「……俺には、俺たちにはお前が必要なんだ!」
五人の気持ちはまたもや一致する。言い直しやがったと。
「…うん、分かった」
アイリスが少し頬を染めながら答える。
「よかったのう、ちゃんと必要と言ってもらえたな」
「…うん、ありがとうルーシー」
ルーシーはアイリスが自信を持っていないことを気に掛けていた。なんだか手のひらの上で転がされたようで釈然としない四人と、嬉しそうなウィルとアイリス、満足そうなルーシーだった。
そのまま話題はフォータム共和国の勇者の話に移っていく。
「やっぱりあの女勇者は大したことは無いようじゃな」
「ええ、でもどうやって動くのかが分からないのよね」
「…もし、魔族を討つってなったらルーシーはどうするんだ?」
リクの言葉にルーシーは渋面を作る。答えにくいことではあるだろうが、聞いておかなければならないことだ。リクもそれをよく理解しているので、黙って彼女の言葉を待つ。
「…心情的には助けてやりたいとは思う。じゃがそれは出来ん。理由は言わんでも分かるな?」
「……ああ」
リクはそれ以上何も言えない。いくら家族がいるわけではないとは言っても、自分の為に同族を見捨てる覚悟を既に彼女はしている。それを揺らすような言葉を掛けるわけにはいかない。
同時にリクは思う。魔族と人族が和解できるような切欠が有ればいいと。
そしてそんな都合のいい奇跡は起こらないことも知っている。それほどこの問題は根深いものだ。少なくとも自分が生きている間に解決するようなことではないとリクも十分理解している。
「…生きている間に、か」
自分とエルがいなくなった世界で生きるルーシーを想って、思わず呟いてしまうリク。その言葉を聞いていたルーシーは、リクが何となく何を思っているのかが分かった。
分かっていても何も言わなかった。例え彼に何を言ったとしても、どんなに悲しくとも、決して自分が望まぬことだとしでも避けられない事実なのだから。
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