第47話 風竜ヴェント

 敵対心を感じない、あまりにも柔らかな雰囲気に面食らってしまう一行。ただ柔らかな口調ではあるが、厳かな物であることは他の竜種と変わらない。いずれにせよ話がきちんと出来そうでよかったとリクは思う。


「初めまして、俺はリク。こちらは妻のエルとルーシーです。そちらの四人はウィル、ラーク、アイリス、アキです」


「そちらの四人は知らないけれど、あなた達三人は知っているわ。水と火の加護を持っているわね」


 自分たちのことを知っているというヴェントの言葉が気にかかるリク。そのことを問いただそうとするとヴェントが続ける。


「ヴァーサから話を聞いているの。私たち竜種は離れていても会話くらいは出来るのよ」


「そうですか、それでは単刀直入に聞きますが、あなたの加護を頂けますか?」


「ええ、問題ないわよ。私に勝てればね」


「…やはりそうなりますか」


 その物腰の柔らかな雰囲気から、戦闘を避けられるのではないかと思っていたリクは当てが外れて嘆息する。そして気になっているもう一つの質問をする。


「最近ここまで来た女性がいませんでしたか?」


「ええ、来たわよ」


「その人には加護を与えたのですか?」


「いいえ、戦わずに加護を与えるふりをしただけよ」


「…何故そんな事を?」


 本気で意図が分からないので単刀直入に尋ねる。するとヴェントは悪びれもせずに言う。


「だって彼女弱いもの。戦ったところで結果は目に見えてたわ。誰だって寝床が汚れるのは嫌でしょう?」


―この竜は物腰が柔らかいけど性格悪いかも…―


 リクはそう思ったが口に出さずに質問を続ける。


「振りと言われましたが、血を与えたが許可をしなかったということですか?」


「ええ、そうよ。彼女には加護なんてお守りみたいなもので特に効果は無いと言っておいたわ」


 そう言って笑うヴェントを見て、やはり性格悪いなとリクは思う。


「それでなんで私たちとは戦うの?」


「あなたたちは既に他の竜種にも力を示している。資格は十分ということよ。それに興味があるのよね。今のがどれほど強いか」


 そう言って三人を見る視線にリクは違和感を感じる。明らかに自分には視線を向けずに嫁二人を見ながらその言葉を発していた。まるであなたたちとは嫁二人を指しているかのようだ。何か理由があるのだろうかと考えていると、次いでルーシーが質問をする。


「竜種とは一体何種おるのじゃ?」


「ふふ、そうね。ここは魔法の属性と同じだけの数がいる、と答えておきましょうか」


「ふむ、含みのあるいい方じゃが、それ以上は答えてくれそうにないのう」


「ええ、私を倒したとしても答えられないわ。さあお喋りはおしまい。そっちの四人は死にたくなければあっちの玉座にいなさい。私も寝床は壊したくないから障壁を張るわ」


「それは助かるよ、ウィル!」


 リクがウィルに頷くと、四人も頷き返して玉座へと向かう。そして四人が玉座に着くと同時に障壁が張られ、戦闘が始まる。火竜フーランメの時は実力の半分程、初めての全盛期の竜種との戦闘だ。


 リクは火竜との戦闘の時と同様、出し惜しみすることなく風属性に有効と言われる火属性の身体強化魔法をフルで発動させる。


『火纏』


 リクの体を赤い魔力が多い、手甲の魔法銀が赤く変色する。その光景にファングの四人だけでなくヴェントまでもが目を見開いて驚愕する。


「…すごい武器ね!使い手も一流、私も頑張らないといけないわね」


 軽口を叩くと風を体から巻き起こす。ただの風ではない。触れれば切れる鎌鼬だ。


「鎌鼬?そんなこともできるのかよ!」


「あら?風刃だって理屈は同じでしょ?なら私ができない道理がないわ」


「確かにそうね、あんな使い方もできるんだ…」


「エル、感心するのは良いが戦闘中じゃ。後にしよう」


「それもそうね、『火球』『火球』『火球』」


 エル得意の無詠唱魔法の連発だ。しかしヴェントに届く前に霧散してしまう。


「無駄よ。さあどうするのかしら?」


「リク!あれなら行けるのではないか?」


「成程な!」


 リクはアダマンタイトの球を取り出すと力一杯ヴェントに向かって投げつける。すると風の壁を突き抜けて着弾する。だが決定打にはなりそうにない。やはりどうにかして拳で殴り付けなくてはならないようだ。


「面白い武器ね。少し痛かったけど問題ないわ。こっちからも攻撃しましょうかね」


 そう言うとヴェントはワイバーンと同様、高高度からの突進をしてくる。違うのは凶悪な鎌鼬を纏っているということ。

 リクからすれば何れにせよ接近しないといけないのは確かなのだから真正面から受け止める。そしてルーシーはカウンターで土の槍を地面から生やして迎え撃つ。

 結果は惨敗。リクは拳が届く前に弾かれて深くはなくとも全身を切り裂かれる。ルーシーの土槍は全て鎌鼬によって砕かれてしまう。

 そして再び高高度からの突進、今度の狙いはエルのようだ。


「調子に乗らないでよ!『炎壁』」


 突進から逃げることなく迎え撃つエルの目の前に炎の壁が出現する。いくらヴェントといえども風を纏った状態で炎の壁に突っ込めば、炎の勢いが増して自身の身を焼きかねないと判断する。

 エルへの突進を諦めたヴェントは一度高度を上げて三人を見下ろす。


「火球程度じゃダメだけど火力をあげればなんとかなりそうね」


「そうじゃな、ありったけの火力で燃やし尽くしてやるとするか」


『『大炎球』』


 これもエルのオリジナル魔法だ。仕組みはいたって簡単で、火球を十発分合わせただけのものだ。最初にリクがアダマンタイトの球で攻撃し、ヴェントがかわしたところにエルとルーシーが叩き込む。

 初めて大きなダメージを受けたヴェントが咆哮する。


「ギィヤアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 悲鳴にも聞こえるその咆哮は三人の動きを止める。だが動きを止めたのは三人だけではない、ヴェントもだ。しかしそれは攻撃の為の硬直。口を大きく開き、エネルギーを凝縮する。三人に竜種のみに許された破壊の一撃、ブレスが叩き込まれようとしていた。


「マズい!」


 二人よりも早く行動が可能になったリクは二人を庇うように前に出る。


「ビビるなよ…これなら受けられるだろ!!」


 リクには確信があった。あの時ベルファス火山で魔法銀は溶けていなかった。魔法銀ならば竜種のブレスに耐えられるはずだと。

 リクは決心する。あの時フーランメの時には受け切れなかったが、今度は受け切ってみせる。今嫁二人が動けないなら自分が守ると。俺も二人も絶対に死なせないと。


『水纏』


 水の魔力を体に纏い、なるべく体を手甲の後ろに収める。手甲で受けきれない部分は、あの時と同じように水を纏い蒸発する傍から魔力の水を作り出してガードする。


「さあ我慢比べだ!!」


 リクは気合を入れると、大きく息を吸い込んで熱で体内が焼けないように息を止める。

 次の瞬間ファングの四人からはリクの体がブレスによって焼失したように見えた。だがリクの体があった場所の後ろには、確かに動けないエルとルーシーがいるのが確認できる。

 永遠とも思えるほどの時間。何度も熱で意識が飛びそうになるが、脳を強化して意識を手放さない。何より後ろにいる二人を守るという決意が意識を繋ぎ止める。既に体のあちこちは酷い火傷になっている。

 それでもリクが折れることは無い。命が続く限り耐え続ける。


 やがてブレスの勢いがなくなり、遂に途切れる。

 そしてヴェントは眼前の光景に愕然とする。燃え尽きたと思っていたそれはまだそこに立っている。

 全身に火傷を負いながらも、なおその目には闘志が宿っている。

 まるで気圧されたかの様に思わず飛びのくヴェント。それは紛れもなく屈辱だった。竜種である自分が一人の人族に気圧されるなどあってはならない。

 やっと動けるようになったエルとルーシーがリクの状態を見て焦る。致命傷ともいえる火傷の量だ。それでもリクの闘志は衰えない。守り抜くために必ず倒す、その意志だけがリクの体を突き動かす。


「ルーシー少しでも回復を!エル合わせてくれ!」


 その言葉にやるべきことを理解した二人。まずはルーシーが『超回復』を施し、リクの傷を少しでも癒す。その場から動くことが出来なくとも、渾身の一撃を叩きこめるだけの体力があればそれでよかった。


『火纏』


 そして再び火の魔力を纏うリク、幼少期から何度も繰り返した突きの型を取る。

 エルには彼が何をしようとしているのかが分かる。だからその時を待つ。

 ヴェントには彼が何をしようとしているのかが分からない。だから最強の攻撃で止めを刺す。


「もはや動くこともできないでしょう。今度こそ灰になりなさい」


 そしてブレスを放つためにヴェントの動きが止まったその時、リクがその場で渾身の正拳突きを繰り出す。飛んで殴るような物ではない。しっかりと地に足を着けて、下半身の力を存分に伝えた極上の正拳突き。

 リクがそれを放つその瞬間、リクの前にゲートが現れる。丁度腕一本分ほどの大きさだ。リクは迷わずそこに向かって正拳突きを叩きこむと、ヴェントの逆鱗が打ち抜かれる。


「…ぐっ!な、なぜ」


 呻くような声を上げて落下するヴェント。全身の力を余すことなく使ったリクの正拳突きを急所に受けたのだ。耐えられるはずがない。辛うじて息はある様だが、ダメージは深刻でもはや戦う力を残していないのは明白だ。

 ここに三人の勝利が確定したのだった。

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