第46話 ワイバーン
四十八階層をクリアした一行は四十九階層の転移魔法陣に魔力を記録する。いよいよ最下層の手前まで来た。そして今転移魔法陣の横には大きな扉がある。まるでこの奥にボスがいると言わんばかりである。
「もしかしたら四十九階層は最下層前の門番みたいな感じかもしれないな」
リクの考察に六人も首肯する。ファングの話では、ここに来るまでにあったボス部屋に入る扉とそっくりだということなので、間違いないだろうという結論に至る。さてどうしたものかとリクが悩んでいるとウィルが声を掛けてくる。
「最下層は見学だけになる。だからこのフロアは俺たちにやらせてくれ」
静かな口調ながら決意のこもった目。恐らくここに待ち構えているものはミノタウロス以上の強者。それでも彼らは恐れることなくやらせてくれと頼む。
ここに来るまで自分たちが何もしていないとは言わない。だけどリクたちに頼りすぎだと彼らは思っていた。だからこそこのフロアは自分たちがやらなくてはならないと。
「任せる」
野暮なことは言わない。言葉も少なくていい。ただ彼らを信じてあげればそれでいいと三人は思った。少しの休憩を取り、万全の態勢で扉を開ける。目の前には三十メートル四方のフロア。高さを確認しようと目線を上に上げた時、その魔物と目が合う。
「ワイバーン…」
ワイバーン、別名飛竜。大型の翼を持ち高い飛行能力を有しており、攻撃方法は威嚇と高高度からの突進、鋭いかぎづめによる攻撃。竜種が伝説とされているこの世界では、ワイバーンを倒した者はドラゴンスレイヤーという称号を獲得できる。
しかしその強さは折り紙付きだ。かつて高名な冒険者がドラゴンスレイヤーの称号を求めて返り討ちにあっているということは良く知られている話だ。すべての魔物の中でもトップクラスの強さと言える。その厄介なところは飛行能力だ。大型の魔物にも関らず、相当なスピードで飛行することが出来る。そのため前衛が有効な攻撃を当てづらいのだ。
かと言って後衛が攻撃を当てられるかと言うとそんなことは無い。当然的を絞らせないように、縦横無尽に動いてくる。つまり相手が攻撃をしてくる時こそチャンスになるということ。
「リク、喜べ。今日の晩飯はドラゴンステーキだ」
「ああ、楽しみにしている」
恐怖を振り払うかのようなウィルの軽口にリクは付き合う。
ワイバーンに苦手属性は無い。その為、アイリスはミノタウロス戦と同様ウィルの剣は風属性で強化し、ラークの盾は土属性で強化した。まるで四人の準備が整うのを待っているかのように、悠然とその場で羽ばたくワイバーン。四人が構えると、前傾姿勢を取るように頭を前に出す。そして一気に急降下する。
「ぐぅっ!」
ワイバーンの突進に思わず吹き飛ばされるラーク。何とかいなして直撃は避けている。
「この戦いはラークが肝だろうな…」
「うむ、あれが弾かれているようでは攻撃を当てられん」
「何か策があるのかしらね?身体強化魔法で何とかなると思ってたなら厳しいかも」
「どうだろうな…とりあえず見守るとしよう」
ワイバーンは高高度からの突進を繰り返す。ラークがそれを受けて弾かれる。そんなやり取りが何度か続く。ウィルとアキがワイバーンがラークと接触するその瞬間に攻撃を仕掛ける。
しかし軽く傷を付けることは出来るが、致命傷には至らない。アイリスによってラークは回復してもらっているが、攻め手を失っているように見える。
「ねえリク、助けた方がいいんじゃない?」
「ダメだ。ここで助けたら彼らはこれ以上強くなれない。それだけ大事な戦いだ」
「しかし、同じことの繰り返しになっておるぞ?」
「…俺にはラークが何か狙っているように見えるんだ。あいつは不器用だからタイミングを取るのに苦労しているのかもしれない」
ラークは確かに不器用だ。身体強化魔法の時もウィルの方が飲み込みは早かった。恐らく昔からウィルの方が一枚上手という関係だったのだろう。だがリクには分かっていた。ウィルが心からラークを信頼しているということが。だからこそ何度も同じことをするラークに口を出さないでいるのだと。
何度目かの高高度からの突進。その時ラークが大盾を振りかぶり、猛スピードで突進してくるワイバーンの頭に叩きつける。
一歩間違えれば大ダメージどころか、死にかねない捨て身の一撃だ。その一撃の効果は甚大で、ワイバーンは平衡感覚を失っているようだ。
そこからのウィルは早かった。必ずラークがワイバーンの動きを止めてくれると分かっていたのだろう。身体強化魔法をフルで使って、風属性が付与された剣で切り裂いていく。
やがてアキの詠唱が終わると炎の槍がワイバーンの体を貫き絶命する。
時間にすれば短いものであったが、ラークを見守る三人からすれば長い長い時間であっただろう。
「や、やった!」
「ラーク!大丈夫?アイリス回復を」
アキが心配そうにラークに駆け寄ると、ラークが少し顔を緩ませる。
「ああ、大丈夫だ。大したケガはしてない」
アイリスの回復を受けながらラークは大きく息を吐く。
「無茶しやがって、死んだかと思ったじゃねえか!」
「一回だけのチャンスだったからな。慎重にタイミングを計ってた」
「全く…不器用な奴だよお前は」
「ああ、それが俺だからな」
ウィルとラークの男同士の友情にリクは少し羨ましさを感じる。リクはいつも一人だった。同じ稽古仲間はいるが、友達付き合いみたいなものはしてこなかった。そんなものは無駄だと父親から言われていた。もし自分にもああいう存在がいれば、もっと違った道があったのだろうかと思わずにはいられない。
「どうしたの?」「どうしたんじゃ?」
しかし心配そうに見つめてくる嫁二人を見るとそんな思いはすぐに消えてしまう。彼女たちに出会えた自分の人生は決して悪いものではないとリクは思いなおす。
「何でもないよ。さあ四人を労ってあげよう」
ワイバーンから素材や魔石を剥ぎ取り、いよいよ五十階層へと向かう七人。その顔からは緊張が伝わってくる。ファングの四人に至っては緊張よりも恐怖の方が勝っているようだ。竜種がいるかもしれないとなればそれも仕方のないことだ。いくら自分たちが戦わないといっても、巻き添えで命を落とすことは十分に考えられる。
「ここが最後の転移魔法陣だな」
例によって転移魔法陣に魔力を記録する。果たしてここに戻ってくることが有るのかどうかは分からないが、やっておくに越したことは無い。
「エル、ルーシー魔力の残りは大丈夫か?」
「もちろん、大した戦闘してないしね」
「妾も問題ない。リクは大丈夫なのか?」
「ああ、問題ない。ファングの四人は大丈夫か?」
「大丈夫だ。自分の身は自分で守る。気にせず戦ってくれ」
「分かった。前も言ったが死ぬなよ?」
リクの言葉に四人が首肯するのを確認すると、リクは扉を開ける。
眼前には先程のワイバーンのフロアと同じ物が広がっている。唯一違うところはまるで玉座のような形にくりぬかれた岩が存在しているということ。そしてそこには緑色の鱗を持った竜種が座っている。
「よく来たわね。私は風竜ヴェント。歓迎するわ」
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