第57話 決闘
祭りの屋台で昼食を済ませると、丁度控え室に来てほしいと言われている時間になったので、四人は闘技場へと向かう。
闘技場からは大きな歓声が聞こえており、その盛り上がりは未だ遠くにいるリクたちにも分かる。
「なあ、フーに見せるのは良くないかな?」
「それはそうだけど…」
「うむ、しかし一人だけ置いていくわけにもいかんじゃろ」
三人の会話を聞いていたフーが、置いてけぼりにされるのはごめんだとばかりに力強く言う。
「私大丈夫だよ!お父さんが負けないって分かってるから怖くないよ!」
何を言っても聞きそうにない意思をその目に宿している。少し自分に似てきているのかなとリクは嬉しくなる。
「分かった。お父さんの格好いいところをしっかり見ておいてくれよ」
「うん!」
四人は控え室で出番を待つ。エル、ルーシー、フーも闘技場の舞台の横から観戦することが許可されていた。
やがて一際大きな歓声が上がる。どうやら前の試合が終わったようだ。説明では十五分ほどの休憩をいれて、リクの試合が始まるとのことだった。
「いよいよね、頑張ってねリク」
「負ける心配はしておらぬ。あまりケガをさせずに終わらせてやれるといいがのう」
「お父さん頑張ってね!」
「ああ、なるべく傷つけないように、早めに終わらせるよ」
リクにも不安要素がないわけではない。相手のスキルが不明ということだ。王国の協力を得て調べてもらったものの、明確な情報を得ることはできなかった。もしかしたら戦闘に関わるスキルではないのかもしれない。だがフォータム共和国がわざわざ勇者として担ぎ上げている以上、それは期待するべきではない。
それでもそこまで心配していないのも事実だ。風竜ヴェントは彼女を弱いと表した。三人がかりとは言え、ヴェントを倒した自分がそうそう遅れをとることはないだろうとリクは考える。
「気を付けるべきはスキルだけ。落ち着いていこう」
自分に言い聞かせるように呟くと、控え室を出て四人は舞台袖までやって来る。闘技場の舞台は一メートルほどの高さの石造りのものだ。三十メートル四方で動き回るには十分なスペースがある。既にフォータム共和国の勇者アイは舞台に上がってリクを待っている。
その表情はパレードの時に見たものとは違い、自信に満ちあふれている。それを見たフーを除く三人は彼女の制約がリクに関わるものであろうことを確信する。
「スプール王国勇者リクこちらへ」
審判らしき人物から促され、嫁二人と娘の声援を背中に受けながらリクは舞台の真ん中へと進み出る。回りを見渡すと満員の観客だ。五千人収容可能とのことだったが、席から溢れている者もいるので間違いなくそれ以上いる。
来賓席を見やると、各国ごとに固まっておりどの国も護衛を除いて二、三人は来ているようだ。
「…まるで全国大会だな」
かつて元いた世界で出場した空手の全国大会を思い出す。あの頃のリクは間違っても優勝候補に挙げられるような選手ではなかった。どれだけ努力をしても、全国では一度か二度勝てればいい方だった。しかしこの世界に来て彼の才能は開花した。今では間違いなく世界のトップと目されている。
リクとアイが向かい合うと、審判からルールが説明される。
「勝利条件は相手の戦闘不能、または降参。相手を殺した場合は殺した者の負け。場外負けは無し。倒れた相手、場外に出た相手への追撃は無し。武器、魔法、スキルはあれば自由に使ってよい。何か質問は?」
「「ありません」」
二人が少し距離をとると、審判が手をあげる。この手が振り下ろされたら試合開始だ。観客は一言も声を出すことなく固唾を飲んで見守る。エル、ルーシー、フーも同様だ。
「始めっ!」
審判の手が振り下ろされるや否や、リクは身体強化魔法を発動し、アイは雷を纏う。
―雷を操る、それが彼女のスキルか。確かに強力だ―
リクがアイのスキルについて逡巡するその一瞬で、目の前にアイが迫ってくる。その手には人目で業物と分かる剣が握られている。
アイの初手は右切り上げ。その動きからは命を刈り取ろうという意思が感じられる。
「殺す気満々かよっ!」
悪態をつきながらバックステップでかわすリク。それを見越していたのか、さらに踏み込んで剣を振り下ろすアイ。それを手甲で受け止めるリク。
しばし動きが止まり観客からは大きな歓声が上がる。実際のところ今の攻防が見えていたものはほとんどいないが、両者が今まで見てきた試合の出場者と比較して、とてつもない強者であることは理解できるようだ。
「悪いけど、あなたを殺さないといけないの!何故かは分からないけど、そうしなければならないって頭の中で声がするのよっ!」
まるで狂気を孕みながらも救いを求めるようなその声にリクは一瞬気圧される。対峙したときに理解はしていたが、実際に自分に向けて同郷の者が殺意を向けてくるというのは堪える。
「悪いけど、殺されるわけにはいかないんだ。愛する嫁二人と娘がいるんでね」
その狂気をかわすようにわざと軽口を叩いて見せるリク。剣と手甲が弾かれて、両者が距離を開ける。
間髪入れずにアイが徐に左手をかざすと、リクに向かって轟音と共に電撃が走る。まさに雷の速度、反応強化魔法を使用していないリクではかわすことは叶わず、直撃を受ける。しかし常に障壁を展開しているリクには大きなダメージは通らない。だが少し痺れるような感覚があり、接近戦と併せて使われると厄介だと理解する。
「無詠唱魔法?っいやバカか俺は。あれはスキルなんだ。詠唱なんて要らない」
雷撃が自分に直撃したことで、もはや勝ったと思ったのか追撃の手を緩めるアイ。
その隙にリクは思考する。
あの雷をもらうのはマズい。下手したら無防備な状態で一撃を食らうことになりかねない。フーが見ている手前、自分が傷つくことは極力避けたい。かわす方法は?さっきは手をかざした瞬間に雷が飛んできた。見てからかわすのは無理だ。反応強化魔法を使えば、発動の素振りを見せた瞬間にかわすことが出来るはずだ。おそらくあれほどの攻撃、ノーリスクではないはず。雷が終わった瞬間に詰めてこなかったのも、それが原因かもしれない。もう一度打たせて確かめる。
そこまで思考すると、リクは反応強化魔法を重ね掛けする。未完成ではあるがラビュリントスのダンジョン攻略の際よりも出力は上がっている。
「…なんで動けるの?」
アイは雷撃を食らっても平然としているリクを見て愕然とする。確かに雷撃は撃った後に反動で体が硬直するというデメリットが存在する。しかし彼女がすぐに動けなかったのはそれだけではない。未だかつて雷撃を食らった人間で戦闘不能にならなかったものはいない。だからこそリクが動く姿を目にした彼女は驚きのあまり、動けなくなる。
「…いくら動けても人間は雷撃を食らえば痺れが残るはず。タイミングを見てもう一度撃つ!」
アイが再びリクへと殺到する。彼女のスキルが世に知られていないのは、純粋に剣の腕がずば抜けているということが大きい。雷撃や雷を纏うことによる身体強化を使うまでもなく強いのだ。
しかし今回ばかりは相手が悪い。彼女が雷で身体強化を施したとしても、身体強化魔法に加えて反応強化魔法まで重ね掛けしているリクに及ぶはずもない。
だがアイの戦闘センスは非凡なものだ。リクの動きを誘導して、タイミングを計って雷撃を見舞う。
「これでっ!」
当たるはずだった。だけど雷撃を放った先にはリクはいない。体が硬直しているアイは焦って目だけ左右に動かしてリクを探す。一騎討ちの戦闘において相手の姿を見失うことは死に等しい。
次の瞬間、後ろからのし掛かられて制圧される。剣は遥か遠くへと蹴飛ばされ、全く体を動かすことができない。
「もう勝ち目はないよ?」
覆しようがない事実だ。リクはアイを絞め落とす。恐らく敗けを認めることがないとの判断からだ。アイの動きが止まったのを確認して審判から声がかかる。
「それまでっ!勝者、スプール王国勇者リク」
観客からは大歓声が聞こえる。盛大に答えてあげたいが、こいつら金賭けてるんだよなと思うとそんな気分にはならない。
リクはアイを抱き抱え、家族の元へと連れていくと三人から労いの言葉を掛けられる。
「お疲れさま、ちょっとビックリしたよ!」
「信じとったぞ。あれは確かに厄介じゃな」
「お父さん格好よかったよ!」
「三人ともありがとう!なんとか上手くいってよかったよ。力を見せるって言ったけど、ちょっと地味だったかな?」
「まあ仕方ないんじゃないかしら?リクはド派手な魔法を使う訳じゃないんだから」
「うむ、リクの攻撃は物理攻撃ばかりだからな。受けてみないとよく分かるまい」
「私はお父さんすごいと思ったよ!」
尤もな意見を言いながらもほっとした表情を見せる嫁二人と、自分を全肯定してくれる娘がひたすら可愛い。とにかく一仕事終わって安堵したリクであった。
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