第37話 ダンジョンの秘密

 バロンから新装備も受け取り、上機嫌の三人。いよいよ明日からの新婚旅行兼ザマール公国遠征に胸を躍らせる。

 この世界ヤレスは外洋航海のための技術がまだまだ発展しておらず、現在リクたちが暮らす一つの大陸しか発見されていない。この大陸の四か国の場所を大まかに表現すると東にスプール王国、西にフォータム共和国、南にザマール公国、北にウィンテル帝国という位置関係だ。そして魔族領は大陸の北西に位置している。

 必要な物の買い出しの為、ザマール公国の情報を聞こうとミアの店を三人は訪れる。


「いらっしゃいニャ。相変わらずラブラブですニャ…」


 少し食傷気味という表情のミアが出迎える。忙しいせいなのか、仲の良い三人の姿に辟易しているのかは分からない。


「ミア、この間はありがとう。おかげで楽しかったよ」


 そんな様子のミアを意に介すことなく、三人は心からのお礼を言う。そして早速リクが本題に入る。


「明日からザマール公国に行くんだけど、何か持って行った方がいいものってあるかな?」


「ザマール公国ですかニャ。あそこに行く人たちは水着を持って行くニャ。ザマール公国といえば海水浴だニャ」


 気を取り直して商売人モードになったミアが目を光らせて答える。そしてここは任せろとばかりにリクに向かって大きく頷く。その意図を察したリクも大きく頷き返す。


「水着?海で泳ぐの?私泳いだことないけど…」


「妾もじゃ。魔族領に泳ぐ場所などないからのう。リクは泳げるのか?」


「ああ、得意って程じゃないけどな。別に泳がなくても海で遊ぶ方法なんて一杯あるよ。じゃあミア、見繕ってもらっていいか?(とびきり可愛いやつで頼むぞ!)」


「分かりましたニャ(こんな上玉を弄べるなんて最高ですニャ。私の本気を見せてあげますニャ!)」


 何故か握手をして不敵に笑いあうリクとミアの様子を嫁二人は怪訝な目で見ていた。

 その後、たっぷりと約二時間ほどかけて二人の水着が決定した。リクは現地でのお楽しみと言う事で見せてもらえなかったが、嫁二人の恥ずかしそうな声を聞いて期待値を高める。そしてミアの表情はリクたちが来店した時とは打って変わって、清々しいものになっていた。



「さて、じゃあザマール公国へはどういうルートで行こうか?」


 深淵の森に帰ってきた三人は、明日からの予定を立てていた。


「そうね、ザマール公国のダンジョンがあるのはラビュリントスという迷宮都市らしいわ。大陸の南東にあるらしいから、スプール王国から行くのがいいと思うわよ」


「ところでダンジョンってやっぱり魔物がいっぱいいるのか?」


「ええ、ダンジョンは魔素濃度が濃いから様々な魔物がいるわ。どうやらダンジョンから魔物が生み出されているらしいんだけど、その仕組みは分かっていないの」


 そう言ってエルはルーシーの方をちらっと見やる。ルーシーはかつてリクたちと戦った時に魔物を扱っていたことが有るので、自分よりも詳しいのではないかという考えからだ。


「うむ、魔族領にもダンジョンがある。じゃが残念ながら仕組みは分かっておらぬ。ただフロアごとに生まれる魔物は違う。もしかしたら何者かの意志が働いているのかもしれん」


「つまり最下層まで行けば、その何者かに会えるかもしれないってことか…」


 手を顎に当てたリクが眉間にしわを寄せて考え込む。


「リク、なにか思うことでもあるのか?」


「うん、ダンジョンの主が竜種の可能性があるのかなと思って」


「可能性が無いわけじゃ無いでしょうね。今までに最下層まで到達したものはいないという話だし。それに竜種には明確な意思が存在してるわ。防衛のために魔物を生み出していると言う事があるかもしれない」


「ヴァーサに聞いてみてはどうじゃ?」


「ああ、そうだね。ここでいくら悩んでも分からないし、聞いてみよう」


 三人は食べきれない魔物を持って、湖の前に立つ。やがて大きな影が現れ、湖が盛り上がる。


「今日は三人か。珍しいな」


「ああ、ちょっと聞きたいことが有ってな。あとこれいつもの食糧」


 そう言ってリクは三メートル近くはある猪型の魔物をヴァーサの顔付近に向かって放り投げる。ヴァーサはそれを器用に口でキャッチすると、ほとんど咀嚼することも無く飲み込む。


「いつも悪いな。それで聞きたいこととはなんだ?」


「明日からしばらくザマール公国に行って、そこにあるダンジョンに潜るつもりなんだ。それでダンジョンって魔素濃度が高くて、意思を持って魔物を生み出しているらしいって聞いたんだ」


「つまり我のような竜種がおるのではないか、ということか?」


 ヴァーサの言葉に、リクがそういうことだと頷く。すると考える時の癖なのか、しばし沈黙しながら体をうねらせるようにしていたヴァーサが口を開く。


「結論から言えば、おるであろうな」


「っ!そうなのか?」


「ああ、そもそもこの深淵の森もダンジョンのような物なのだ。ここに棲む魔物は外から魔素濃度につられて来るものもおるし、我が生み出しているものもおる」


「ええっ!すごい!これ衝撃事実よ!」


「確かに凄い発見じゃな!まさか妾たちはダンジョンに棲んでいたとはな!」


 驚きのあまり超絶ハイテンションになっている嫁二人の様子を見て、驚いた気持ちが消えうせたリクは、冷静になってヴァーサに質問を続ける。


「つまり火竜のいたベルファス火山なんかは、竜種が棲み付いてからの期間が短かったからダンジョン化しなかったってことか?」


「然り。魔物を生み出せる状態、つまりダンジョン化するには百年以上の歳月が必要だ。さらに構造を複雑化しダンジョンとして成熟するまでとなると、それ以上の時間が必要となる」


 あまりにも簡単に衝撃事実が語られて呆然としている三人にヴァーサが続けて語る。


「一度ダンジョン化した場所は、竜種が生まれ変わっても構造が戻ることは無い。ただし魔素濃度が低くなるので外部から棲み付いた魔物は出ていく。そして生まれ変わった竜種がダンジョンを運営するには生まれ変わってから百年は必要となる」


 ヴァーサの口から語られるダンジョンの運営という違和感のある言葉に、思わず笑いそうになる三人。内容に理解が追い付いていない。


「にわかには信じがたい話ね。でもダンジョンが竜種の住処なら探すのも手っ取り早いわね!」


「うむ、魔族領のダンジョンにも潜りに行くとしよう」


「ところでヴァーサはそこまで知ってたなら、最初に竜種の住処を教えてくれても良かったんじゃないか?」


 リクからの少し非難めいた質問にヴァーサは愉快そうに答える。


「それでは面白くなかろう。それにリクよ、お主はこの世界の様々な場所を巡るのであろう?いつも最短距離がいいとは限らんぞ?」


 その尤もな意見にぐうの音も出ないリクを見て、嫁二人は思わず笑いだす。


「そうね、折角沢山時間があるんだから、のんびり行きましょ」


「魔族領もダンジョンだけでなく色々と見るべきところもある。妾が二人を案内してやろう」


「そうだな。折角三人で旅を出来るんだ。目的ばっかり追いかけるのはつまらないよな」


「そう言うことだな。ではリクよ、竜種がおったらよろしく伝えてくれ。恐らく今度の竜種はまだまだ元気な奴だぞ?」


「ええ…実力半減してるフーランメの時でも死にかけたのに…」


 相手が全盛期の竜種と聞いて、げんなりした様子の三人を見てヴァーサが笑いながら声を掛ける。


「ふふふ、そうでなくては竜の加護など受けられんよ。なに、我と火竜の加護を受けたお主らならば勝てるじゃろう。それともうすぐ火竜の卵が孵化する。そうしたら約束通りお主らに預けるから頼むぞ」


「あ、ちょっと…」


「さらばだ!」


「ちょっと待てよ!…行きやがった」


 相変わらず言いたいことを言って消える竜種に愚痴が零れる。しかし今回の対話で得られた情報は非常に多い。口調からしてどの竜種がいるのかも把握している様子だった。

 そして今回竜種との戦闘になれば、火竜の時とは比較にならないほど苛烈な物になるのは明らかだ。いくらリクが守ると言っても、全盛期の竜種相手に庇いながらの戦闘など自殺行為だ。また嫁二人を危険な目に合わせることになってしまうと思うと不安な気持ちが拭い去れない。


「リク、私たちのことを心配してるの?」


「…ああ、いくら頼ると言ってもな。二人を危険な目に合わせてまで竜種の加護を受ける必要があるのかと思ってね…」


「妾たちは覚悟の上じゃ。それにいつか力が必要な時が来るかもしれぬ。妾は力が無くて二人を失いとうない」


「そうね、私も二人を失いたくないわ。だから迷わないで。私達三人なら何でもできるでしょ?」


 リクは嫁二人の言葉を頭の中で反芻し思考する。過ぎたる力を求めれば身を亡ぼすかもしれない。だけどこの世界には何があろうとも、相手が誰であろうとも、守り抜かなくてはならない二人がいる。守り抜きたい二人がいる。だから自分には力がいる。大切な嫁二人を守るために。


「…そうだな。俺は二人と俺を守り抜く力が欲しい。だから力を貸してくれ」


「「うん!」」


 三人は決意を新たに、ザマール公国ダンジョン攻略を目指す。

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