第36話 新装備

 デートを終えたリクとルーシーが夕食を作るために我が家に帰ると、リビングでぐったりとしているエルを発見する。体調が悪いわけでは無く、ただただ寝ているだけのようだ。


「「ただいま!」」


「ふにゃ……あれ?もうそんな時間?おかえり」


 寝惚け眼をこすっているエルがルーシーの姿を見て飛び起きる。


「わ!ルーシー可愛い!私もそっちが良かったかしら?」


「ありがとう。じゃが昨日のエルも可愛かったぞ?」


「そ、そうかしら?って、あれ?そういえば髪型が違う…」


 あ、これはマズいという感じでリクが目を逸らす。


「うむ、リクに髪飾りを買ってもらったのじゃ」


「えええええ!ズルいよ!私もなんか欲しい!」


 案の定ルーシーの話を聞いたエルが恨めしそうな目でリクを見る。しかしリクは失敗したとは思わない。もともと髪飾りを買うつもりではなかったのだが、ミアの魅力的な提案に抗うことなど出来なかった。エルに怒られても仕方ないし、本望というものだ。とはいえ何か埋め合わせをしなくてはとも思う。


「ごめん。今日の服装には髪を纏めた方が似合うかなと思って…明日バロンのところに出来上がった手甲と杖を取りに行くから、一緒に買いに行こう」


「むぅ…仕方ないなぁ」


 頬を膨らませて抗議の目を向けてくるエル。だが威圧感は全く感じられず、むしろ小動物的な可愛らしさが強調されている。思わずリクがエルの頭を撫でると、ふにゃあとでも言いそうな満更でも無い顔をしている。


「…エルは相変わらずチョロいのう」


 誰にも聞こえないような声量でルーシーが呟いて二人の様子を見ていると、リクと目が合い苦笑いを向けられる。二人とも考えていることは同じということだろう。しかし今もされるがままに頭を撫でられているエルを見ると、少し嫉妬の感情が生まれてくる。

 エルは普段は強気な性格だが甘える雰囲気を出すのが上手いとルーシーは思う。自分はあんなふうに頭を撫でてもらう機会は滅多に無い。してもらいたい気持ちはあるが、恥ずかしさが前に出てしまい踏み切れない。いくら魔族の精神習熟速度が人族に比べて遅いとはいえ、完全に年上の自分が甘えるのは少し気恥ずかしい。

 デートの時にくっついたりするなど、自分なりに頑張ってはいるが、リクも自分より年上の女性を甘やかすことに少し抵抗を感じているようにも思える。だけど羨ましいものは羨ましいのだ。


「…わ、私も」


 リクの手が届くところにルーシーが頬を朱に染めながら座る。一瞬何のことかと逡巡するリクだが、すぐに思い至り、優しく頭を撫でてやる。しばし二人が満足気に目を閉じているとリクが痺れを切らして口を開く。


「二人とも、晩ご飯作らない?」


「…今日は食べに行けばいいと思う」


「…うむ、妾もそう思う」


 二人の言葉にやれやれといった様子で頭を振るリクだが、その目は仕方ないなぁと言うように優しいものだった。愛する二人が幸せそうな顔をしているのを見るのが嫌な筈がないのだから。


 翌日朝食を終えた三人は、早速バロンの鍛冶屋へと向かうためフォータム共和国に来ていた。

 その日の首都ヘルプストは何故かお祭り騒ぎのような賑わいだった。三人は街の人に何事かと尋ねてみると、流人のパレードが催されるとのことだ。

 バロンの下へはすぐに行かずとも問題は無いので、三人は流人を一目見ることにした。


 やがてリクとエルが勇者凱旋パレードで乗ったような馬車が通りかかると、肩より少し長い黒髪と黒目が印象的な妙齢の女性が乗っているのが見えた。まるで今から戦場に赴くかのように白く輝く鎧を身に付けており、その顔色は少し憂いを帯びたようにも見える。


「…日本人…かな?」


「あの人、リクと同じ髪と目の色だね?」


「うむ、リクの国では珍しくないのか?」


「そうだね、俺の国はほぼ単一民族の国だったから、黒髪黒目の人がほとんどだったよ。髪の毛は染めたりする人もいたけどね」


「そうなのか、こちらの世界では滅多におらぬのう」


「そうね。ファングのアキなんかも黒髪黒目だったけどね」


「確かにそうだ…もしかしたらアキって流人に関係があるのかもしれないな…」


 それにしても…とリクは思考を深める。

 フォータム共和国に伝わっている技術は、圧倒的に日本の物が多い。もしかしたら召喚の術式に日本人を指定する術式が組まれているのかもしれない。だけど何故日本人なのか。可能性としてはかつてこの召喚術式を組んだ者と日本人の間に、何か関係があった。もしくはある程度の場所を指定していて、それが日本だと言うこと。他には……


「リク!リクってば!」


「え?ああ、ごめん」


「もう!どうしたの?難しい顔して…」


「妾たちを頼るのじゃろう?ちゃんと相談してもらわぬと助けようがない」


 リクは自身の悪癖を指摘されて二人に申し訳ない気持ちになる。頼ると言った傍からこの体たらくだ。染み付いたものはなかなか変えることは難しいと、今更ながら実感する。


「うん、流人の召喚について少し考えてた」


「面白そうじゃの?」


「うん、俺のいた世界には当たり前だけど他の国も一杯あったんだ。もちろん国の数だけ文化もあった。だけどこの国に伝わっている文化はほぼ俺のいた国の物なんだ。他の国の文化が無いわけではないけど、そこまで深いものじゃない」


「つまりリクのいた国の者が知識として浅く知っていた程度の物、という感じかのう?」


「ああ、そういう感じだね」


「今の話を聞いてると、過去召喚された人たちはリクの国の人ばっかりってこと?」


「召喚された全員を知っているわけじゃ無いから分からないが、可能性はあるな」


「ふーん、召喚の術式が気になるところね」


「そうじゃな。もう一つ、なぜ今この段階で流人を公表したのか、じゃ」


「確かにそうだ。何か良からぬことを考えているのかもしれない。あの流人の表情も気になったし、わざわざ鎧を着る意味は何だ?」


「うん、なんか元気なさそうだったわね」


「…とは言え今は考えても答えの出しようがない。表情だって本当に召喚されたばかりなら、戸惑ってて当たり前なんだし。とにかく明日からはダンジョンの遠征もある。やれることからやることにしよう」


「うむ、分からぬことより新婚旅行の方が大事じゃな」


「その通りね。ザマール公国から帰って来てから考えることにしましょう」



 三人はその場を離れ、当初の目的地、バロンの鍛冶屋に向かう。


「こんにちはー」


「おう、いらっしゃい!ちょっと待ってな」


 今日は珍しくバロンが接客をしている。明日は雨が降るかもしれない。そういえばと思い立って、リクはエルに話しかける。


「エル、なんか欲しいものがあったら言ってくれよ?今回は俺とルーシーの装備しか準備してないんだから」


「うん、そう言う事なら前から気になってたものがあるんだよね」


 そう言ってエルは店の端の方から銀色に輝く腕輪を持ってきた。その意匠はなかなか素晴らしいもので、質の良い魔石が散りばめられていた。


「この腕輪なんだけど、私の全魔力をストックできる容量があるみたい。ちょっと余裕のある時に魔力をストックしておけば便利かと思って」


「それは確かにいい考えじゃな。転移魔法のこともあるしのう」


「そうだな。戦闘でピンチになった時に転移魔法が使えると保険にもなるな」


「決まりね!じゃあ私これにする!」


 ちょうど接客が終わったらしいバロンの下へエルが腕輪を持って向かう。


「これちょうだい!」


「おお、お目が高いな。持って行っていいぞ」


「え?タダでいいの?」


「この間リクからもらった代金が多すぎるんだよ。俺の気持ちと思ってくれ」


「分かった。じゃあ有難くもらっておくわね!」


 上機嫌なエルは早速腕輪を着けている。実際のところ、使われている魔石の量と質からして腕輪はかなり高価だ。しかし火竜の鱗に比べると素材の希少度が段違いの為、比較対象にはなり得ない。


「今日は例の物の受け取りだろ?出来てるぜ」


 そう言うとバロンはカウンターの足元から杖と手甲を取り出す。両方とも魔法銀の輝きを宿しており、一目見て良質なものだと分かる。それに加えて竜種の牙が使われたことで、アダマンタイトをも凌ぐ頑強さを持っていた。早速装備してみた二人はその出来に驚く。


「すごい!全然動きを邪魔しない。これなら今までと変わらない感覚で戦闘が出来る!」


 リクは試しに身体強化魔法を使ってみる。すると魔法銀が反応して、あたかもそこが皮膚であるかのように硬質化していくことが分かる。

 次に属性身体強化魔法の水纏と火纏を使ってみる。水纏では手甲が鮮やかな水色に変化し、火纏では手甲が燃えるような赤色に変化する。属性が付与されている証拠だ。


「これは最高の武器で防具だよ!ありがとうバロン!」


「ああ、普通の魔法銀じゃこうはいかねぇんだ。火竜のブレスで不純物が取り除かれたお陰だよ。恐らく二度と手に入らないような代物だ」


「確かに妾の杖も魔力を流すと色が変わっておる、前の杖ではこうはいかんかった。恐らく魔法の威力もかなり上がるじゃろうな」


 あまりの出来に興奮する二人ははっとしてエルの方を見る。そこにはやはり不満気に頬を膨らませているエルが恨めしそうにこちらを見ている。


「…ズルい」


「しかしエルよ。お主は別に要らないと言ったではないか…」


「そ、そうだな。確かにその通りだな」


「…でもそんなにいい素材だなんて知らなかったもん!」


 癇癪を起こす子供のようなエルを見て困った表情を見せる二人。そんな様子を見て笑いながらバロンが声を掛けてくる。


「嬢ちゃんにはこれをやるよ」


 それは全長五〇センチ位の小さなステッキだった。しかしその材質は確かに二人の物と同じ物だ。


「嬢ちゃんは魔法の補助目的だろ?杖術を使わんのならそれで十分のはずだ」


「っ!やったー!ありがとうバロン!」


 エルは早速様々な属性の魔力を流してステッキの色を変えて遊んでいる。その目は新しいおもちゃを与えられた子供の用で魔法オタクの面目躍如といった様相だ。


「ありがとう、助かったよ。代金はいくらだ?」


「いらねえって。言っておくがこれでも全然足りないんだぞ?借りは作らない主義なんでな。あとリクにはこれもやるよ」


 そう言うとバロンは胸当てを渡してきた。


「それにもそこまでの純度じゃねえが魔法銀を使っている。竜種の牙も混ぜてあるから防御力は一級品だぜ」


 リクがもらった胸当てを着けている様子を見ながら、バロンが続ける。


「リク、お前さんも結婚したんだ。ちゃんと生きて帰らねえとな。いくら回復魔法や回復薬があっても心臓を貫かれちゃ回復できん。自分を過信するなよ」


 リクが今後も竜種と相まみえると踏んでの事だろう。嫁二人にも言われた通り、リクは自己犠牲の精神が少し強すぎる。誰かの為に自身を危険に晒すことを厭わない性格だ。だからこその忠告だった。


「ああ、ありがとう。俺には大事な嫁が二人もいるんだからな…」


―だからバロンは俺にこれをくれた。生き方を変えずに愛する二人の下へと戻れるように。なら俺はそれに応えなくてはいけない―


 そしてリクは力強く信念を込めた口調で誓いを立てる。


「覚悟は出来てる。この先、何があっても必ず二人の傍で俺は生き抜く」


 リクの言葉にバロンは安心し、嫁二人は自分たちが絶対に守ると決意を新たにするのだった。

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