第35話 ルーシーとデート

 今日はリクとルーシーのデート。昨日と同じように朝食後から出かけて、夕食前に帰ることになっている。ただ一つ違うことは、夕食は帰ってから三人で作ること。エル本人はやる気を見せていたものの、さすがに一人ではろくな料理が出来ない。それどころか下手したら家が無くなりかねないので二人は丁重にお断りした。


「「行ってきます」」


「行ってらっしゃーい」


 エルの元気な見送りを背中に受けて、二人はフォータム共和国の拠点に転移する。

 そしてこの日も例によってミアの元へと着替えに向かう。もちろん手を恋人繋ぎにして。ルーシーの顔は少し頬に朱が差しているものの、満面の笑みだ。


「私今日のデートすごく楽しみ!」


「ああ、俺もだよ」


 今日はルーシーの口調が変わっている。二人きりの時は無理しないようにとリクが言ったからだ。尤もリクとルーシーが二人きりで出かけるということは初めての事であり、そんな言葉が無くとも嬉しさで口調が変わっていただろうが。


 いつもの店舗が見えてきたので手を繋いだまま中に入ると、元気な猫獣人のミアの声が聞こえてくる。


「いらっしゃいニャ。仲が良さそうで何よりニャ」


「おはよう、今日はよろしく頼む」


「おはよう、ミア」


 知り合いの前では口調が変わるルーシー。そこは拘りだろうから特にリクも指摘はしない。

 二人はミアに連れられて、店舗の二階へと向かう。そこで昨日と同じように、今日着る服を見せてもらう。


「今日はこれですニャ!」


 張り切ってマネキンの前に二人を連れて行くミア。リクは特に驚かない。恐らくこれだろうなと当りをつけていたからだ。しかし着たことが無いので、どんな仕上がりになるのか不安だった。


「リクさん着替えの手伝いは大丈夫かニャ?」


「ああ、多分大丈夫だと思う。ルーシーを手伝ってあげてくれ」


「じゃあ早速試着室にレッツゴーニャ!」


 各々試着室に入り、早速着替える。白いシャツにネクタイを締めて、チャコールグレーのスラックスを履いてネイビーの上着を羽織る。ブレザーの制服だ。


「…恥ずかしい」


 リクの感覚では、これは似合っているとは言えない。なんだかコスプレ感がすごくて気恥ずかしさが込み上げてくる。これで街を歩くとか、どんな公開処刑だよと思えた。

 しかしリクに着ない選択肢などあるはずがない。なぜなら嫁の制服姿が見たいから。それに尽きる。しかしいくら何でも嫁だけに着させるわけにはいかない。どんなに恥ずかしくても自分も着ねばなるまい。

 リクは先に着替えを終えてルーシーを待つ。その胸は期待に膨らんでいる。


「お、お待たせ…」


 概ねリクと同じ意匠ではあるが胸元はリボン、下はチェックのスカートにネイビーのハイソックスだった。


「…か、可愛い」


 あまりの直球の誉め言葉にルーシーが真っ赤な顔を見られまいと手で覆ってしまう。しかしその耳の赤さからして恥ずかしがっているのは一目瞭然だ。普段スカートなど履かないルーシーが、太ももの中間位までしかないスカートを履いているのだ。恥ずかしくない訳が無い。そこからの追い打ちだった。

 しかし思わず口に出てしまうほど似合っているのだから仕方ないとリクは思う。


―褐色の肌にブレザー。これはアリだな…―


 あらたな境地に目覚めかけているリクにミアが小声で話掛けてくる。


「リクさん、例のアレは昼からですよね?それなら午前中は買い物にして、ルーシーさんの髪を纏めるアクセサリーでも見に行ったらどうですか?」


「確かに。今でも十分素晴らしいが、纏めた方がさらにいいかもしれないな」


 ミアの素晴らしい提案にリクが頷く。そもそもルーシーは身だしなみにそこまで気を使っているようには見えないが、肌はきれいで、髪はサラサラだ。サラサラの髪が動くのも捨てがたいが、折角のデート、纏めた姿も見てみたい。それが人の心というものだとリクは思う。


「しかしどこに行ったらいいのか見当もつかないんだが?」


「それは私が教えますニャ。この店を出て右に曲がって…」


「分かった、ありがとうミア!」


「私の方こそ、昨日のエルさん、今日のルーシーさん。素晴らしいものを見せてもらったニャ!」


 ガシッと両手を取り合い頷き合う二人。ルーシーはいまだに顔を覆っていて再起動を果たしていない。羞恥に悶える嫁もいいものだとリクは思わないでもないが、時間ももったいないので声を掛ける。


「ルーシー、良く似合ってるよ」


「あ、あう…ホントに?」


「ああ、もちろんさ。さあデートに出かけよう」


 そっと差し出された手を握るルーシー。未だに顔は真っ赤だが、何とか立ち直ったようだ。

 二人はミアにお礼を告げて、店を出る。


「ルーシー、今日の行先は俺がエスコートしてもいいかな?」


「うん、いいよ!」


 どうやら羞恥心を克服したらしいルーシーが、手を握ったままリクに寄り添って答える。まさに反則級の可愛さだとリクは思う。

 そのまま他愛もない話をしながら二人は目的地へと進んでいく。


「ここに入ろう!」


「…?ここは何をするところ?」


「今日は髪を纏めたルーシーが見たいんだ。俺にプレゼントさせてよ」


「…いいの?似合うかな?」


「似合うやつを探そう!」


「うん、分かった」


 二人は店内に入る。店内はミアも言っていたが女性だらけだ。中には男性もいるがカップルだけだ。比率で言えば九割五分女性といったところだろう。そんな店内の客たちの視線が、一気にルーシーに集まる。

 ルーシーは非常に目を引く容姿をしている。エルも美少女と言われるが、目を引くという意味では一歩譲る。身長はリクより少しだけ低いくらいで、スタイルが非常にいい。それに加えて褐色の肌に痛んでいる様子は無く、銀髪は輝いている。街中でもよく老若男女問わず視線を向けられている。本人もそれに気付いてはいるが、特に敵意があるわけでは無いので全く意に介さない。


「これとかどうかな?」


「うーん…良く分からない…」


 これにはリクも困った。そもそもリクは女性のアクセサリーなんて選んだことが無い。そして当の本人のルーシーもそういったものをつける習慣が無い。もちろん結婚指輪は今も左薬指に輝いているが。

 そんなルーシーがパッと目を見開いて、一つのアクセサリーを眺めている。


「…これがいい」


 それは蝶々の形をした髪飾りだった。決して高価なものではない。だけどなぜか目を引いて、ルーシーに良く似合いそうなデザインだった。


「じゃあこれにしよう!」


 リクは店員を呼んで会計をして貰う。紐で髪を纏めたうえでつけるものだと言われたので、一緒に紐も購入する。サービスで店員さんが纏め方を教えてくれると言うので、ルーシーは真剣な顔で聞いていた。


「ありがとうリク!」


「どういたしまして。本当に良く似合ってるよ」


 そう言って笑顔を見せるルーシーの髪は一つに纏められて、蝶々の髪飾りがついている。リクは嬉しそうな様子の嫁を見て、思わず顔が緩んでしまう。

 思えばルーシーは本当にいい笑顔をしてくれるようになったとリクは思う。結婚する前は何処か不安そうで儚げな笑顔だったが、今は心から笑っているように思える。あの頃のルーシーも綺麗だと思ったが、今の花のような笑顔の方が好きだと思った。

 二人は昼食を簡単に(ルーシーがエルに聞いたといってファストフードを希望した)済ませると、今日のメインの目的地へと向かう。


「なんだか大きな建物ね?ここは何をするところなの?」


「ここは劇場だよ。今日は演劇鑑賞をしようと思って」


「そうなんだ、演劇ってどういうものなの?」


「俺もそんなに見たことあるわけじゃないけど…架空の物語だったり、歴史上の人物の物語なんかを役者さんが演じるんだよ」


「へー、今日は何の話?」


「詳しくは分からないけど恋愛物語みたいだよ?」


「そっか、それは楽しみかも!」


 その言葉を聞いてリクはほっと胸をなでおろす。本人は読んだことが無いと言っていたが、ルーシーは多分物語とかが好きなタイプだとリクは思う。だからこその演劇鑑賞だ。

 やがて幕が上がり、演劇が始まる。その物語はざっくり言うと、平民の青年が偶然助けた王女様と恋をして、様々な障害を乗り越え、最後には王女様が家を捨てて青年の元へ行くという話だった。

 使い古されたストーリーと言えばその通りだったが、役者の熱演や、魔法を使っての演出効果などによって、最後まで飽きるようなことは無かった。

 やがてカーテンコールが始まり、役者たちが勢揃いする。リクがふと横のルーシーを見やると、目に涙を浮かべて拍手をしていた。


―俺も楽しかったし、ルーシーも楽しんでくれたみたいでよかった…―


 エルとのデートで思い知ったことだが、自分が相手の為に何かしてあげるというのは、烏滸がましいことだとリクは思う。相手だけじゃなく、自分も一緒に喜んで、一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に怒る。夫婦なんだからそれでいいと。そうすることがきっと相手の為にもなるし、自分の為にもなるんだと。

 やがてカーテンコールも終わり、観客がぞろぞろと出ていく。少し人波が落ち着くのを待つために、二人は席に座ったままだ。


「ありがとうリク。今日は楽しかった!」


「うん、俺も楽しかったよ。ありがとう」


「私、今日のデートで、ちょっと思ったんだけど…」


「ん?なに?」


「昨日エルになんか言われた?」


「…なんで?」


「今日のリクは一緒に楽しんでるのが良く分かった。だからすごく嬉しかったの」


 そう語るルーシーの笑顔は余りにも眩しく、リクは言葉を返すことが出来ない。


「いつもは楽しんでないとは言わないけど、相手の事優先って感じだった。だけど今日のアクセサリー選びや演劇自体は私の為だと思うけど、リクも一緒になって楽しんでくれてるって感じられたの」


「…うん、楽しかった」


「私たちは夫婦なんだから対等よ?どちらかが相手に尽くす必要なんてないの。お互いが相手のことも自分のことも大切に思うことが出来れば、きっと上手く行く」


 昨日に続き、またしても嫁に自分の考えを見透かされてしまう。リクにとってはひどく恥ずかしいことではあるが、同時に嫁二人の凄さを思い知る。世間知らずの二人だなんて、魔法しか知らない二人だなんて思ってた自分が恥ずかしくてたまらない。

 二人を頼りにしていると言いながら、頼れていない自分に比べ、嫁二人は言葉通り俺を頼りにしてくれている。人間としての大きさが違うような気さえしてしまう。


「大丈夫。今日いつもと違うリクになれていたんだから、これからもっと変わっていけるよ。私たちのことも自分のことも大事にしてね」


「うん、約束するよ。自己犠牲みたいなことはしない。必ず二人と一緒に生きるって」


「ありがとう。大好きよリク」


「うん、好きだよルーシー」


 すっかり観客が捌けた劇場で二人は唇を重ねる。あたかも今日の演劇のラストシーンをなぞるように。

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