第34話 エルとデート
今日はリクとエルのデート当日。三人での話し合いによって、朝食後に出かけて晩ご飯には帰ってくるということになった。そして晩ご飯はルーシーが作って待っていてくれるとの事だった。
「それじゃあ早速行きましょ!最初の目的地は私に任せて」
「二人とも気を付けてな」
ルーシーが見送る中、エルが強引にリクの腕を引っ張ってフォータム共和国に転移する。
リクを独り占めできるとあってエルの機嫌も上々だ。今日は腕組みではなく、手を繋いで歩いていく。指を絡める恋人繋ぎだ。二人とも少し頬に朱が差しているが、羞恥心よりも嬉しさが勝るのでそのまま行く。
「ところで最初は何処に行くんだ?」
「焦らなくても、もうすぐ着くわよ!」
そう言われて周りを見渡すと見覚えのある区画に入ってきていた。古い日本家屋のような建物が立ち並ぶ、おなじみの区画だ。しかしリクにはこの辺りでデートに行く場所が思い当たらない。
しいて言えばレストランがあるが、まだ食事には時間が早い。
やがてエルがリクの腕を引いて、常連の店へと入っていく。流人料理の材料や調味料を買っているオルトの店だ。やはり分からないといった表情のリクにミアが声を掛けてくる。
「いらっしゃいニャ。早速上に行くニャ」
「上?上に何があるんだ?」
「まあまあ、行ってみてのお楽しみだよ!」
三人が到着したのは店舗の二階部分。見渡す限りの衣料品がある。これをみてやっとリクにも意図が理解できた。
「そうか、ここで着替えるってことかな?」
「正解ニャ。二人にはこれを着てもらうニャ!」
その服を見てリクは驚愕する。どこからどうみてもアレだ。まさかこの世界でこれを着ることになるとは。恥ずかしい気持ちが大きいが、自分がこれを着るということはうちの嫁があれを着るということ。
ならば進むしかない、是非あれを着た嫁の姿を見たいのだ。
「リクどうかな?嫌だった?」
「嫌なわけないじゃないか!早速着替えよう!」
「じゃああっちの試着室で着替えるといいニャ。リクさんは着方は分かるかニャ?」
「ああ、大丈夫。エルを手伝ってあげてくれ」
「了解だニャ」
そして着替え終わり、鏡に映った自分を見るリク。まさか大学卒業の年齢でこれを着ることになるとはと思う。でも応援団の人とか普通に着るし、と無理やり自分を納得させる。そう学ランである。
つまり嫁が着るのはセーラー服と言うことになる。
「これも流人の仕業か…」
独り言ちるリクの前に、着替え終わった嫁が姿を現す。その姿は控えめに言っても最高だった。膝が完全に露出する丈のスカートを押さえながら、恥ずかしそうにしているエルがまた可愛くて素晴らしいとリクは思う。そして芸が細かいことに、靴下はネイビーのハイソックスで足元はローファーだった。
「…ありがとうございます。顔も名も知らない流人様」
思わず呟いてしまうリクを怪訝そうに見るエル。だがその姿はどう見ても自分の格好に感激している様子なので悪い気はしない。そしてリクもよく似合っていて格好いいと思う。
「リク、良く似合ってるわよ。私はどうかしら?」
「ありがとう。もちろんよく似合ってる!」
心からの言葉にほっとするエル。しかしこの格好は本当に落ち着かない。リクがこれだけ喜んでくれなかったら、すぐにでも着替えたいと思っただろう。
「じゃあ行こうか。ミアありがとうな!」
「どういたしましてニャ。行ってらっしゃいニャ」
二人は手を繋いで目的地へと向かう。まるで高校生のデートのようだとリクは思う。自分が送ることが出来なかった、憧れの青春時代を体験しているような錯覚を覚える。
「ねえリク。この服知ってるんだよね?何の服なの?」
「ああ、これは学校の制服だよ」
「へー、そうなんだ。こっちの世界の制服とは全然違うのね?」
「そうだな。今エルが着ているのはセーラー服って言って、元々は水兵さんが来ていたものが由来らしい」
「ふーん。リクもやっぱりその服着てたの?」
「うん、俺は中学校と高校。えっと十二歳から十八歳の間は、こういう服を着て学校に行ってたよ」
「えへへ、なんか昔のリクを見れてるようで嬉しいな!」
―かわええ…。うちの嫁さん可愛すぎるだろ。えへへとかいうキャラだっけ?―
その尊さに胸がいっぱいになるリクは、今日のデートを必ず成功させようと、心に誓うのだった。
程なくして目的地に着く二人。ここは遊園地だ。リクはエルの性格を考えるとこういった遊べるところがいいのではないかと考えた。そして思ったよりも本格的な遊園地になっていると驚愕していた。
「これはすごいな…」
「ここって何するところなの?」
「ここは遊園地って言って、色んな遊具に乗って遊ぶところだよ」
「おもしろそうね、早速行きましょうよ!」
そういって中に入ろうとする二人。どうやらシステムは元いた世界の物と同様のようだ。
今日は遊び倒すつもりで来ているので、フリーパスを購入して入場する。
「あれ何かしら?」
「メリーゴーラウンドだね。あの馬に乗ってくるくる回るんだよ。乗ってみるか?」
「うん、行こう!」
そして二人で大きめの馬に乗る。エルが前で後ろからリクが支えるような体勢だ。
やがて回転しだすとエルがはしゃぐ。
「わー、すごい!これどういう仕組みで動いてるんだろう」
やはりそういう感想になるのかと思いながらも、楽しそうな嫁の姿を見れてリクは満足だ。
そして次々と遊具に乗って遊ぶ二人。中でも驚いたのはジェットコースターだ。さすがに長さは短いし一回転するようなことは無かったが、結構なスピードが出る。
もしかしたら遊園地の遊具のように、特定の動きを繰り返すものと魔法の相性はいいのかもしれない。だが車のようにその都度命令を出すような物は、現段階では難しいのではないかとリクは考えた。実際、遊園地にはゴーカートは存在しなかった。その考えにはエルも同意してくれたので、恐らくそうなのだろう。
それは同時に、そう遠くない未来に、短距離の電車みたいなものが生まれるかもしれないということを示している。
やがてお腹が空いたので、遊園地内の飲食店を利用する。このメニューもやはり元いた世界によく似ており、エルの希望で二人はハンバーガーとフライドポテトを注文した。
「ハンバーグをパンで挟んであるのね?このフライドポテトも美味しいわ」
「うん、俺の元いた世界では特に若い人に人気の食べ物だったよ」
「確かに分かる気がする。気軽に食べれるもんね」
夫婦の初デートで昼食がファストフードはどうなのかとリクは思ったが、エルはそんなことを全く気にしている様子は無いし、心底楽しそうだ。ところ変われば常識も変わるというものだ。
「次はあれに乗ってみない?」
エルが指さしたものを見て、リクは絶句する。恐らくあれは観覧車だろう。しかし肝心の骨組みがほとんどないのだ。放射状の骨組みにゴンドラがくっついているだけだ。非常に心もとない。
「…風魔法で浮かせているのかな?」
「恐らくそうでしょうね。風魔法で浮かせて、決まった軌道を通るような術式が組まれているんだと思うわよ。あの骨組みがあるのは、強風で飛んでいかないようにじゃないかしら?」
元の世界での形を知っているリクからすれば完全に絶叫マシンだが、愛する嫁が乗りたいと言っているのだから、ここで引くわけにはいかない。
「よし、乗ろう!」
「うん!」
外から見れば怖いが、乗ってしまえばそれほどでもなかった。むしろ周りに骨組みが無いおかげで、視界が良好で気持ちが良いくらいだ。
外の景色を楽しんでいるとエルが向き直って声を掛けてくる。
「ねえリク」
「ん?どうかした?」
「今日はありがとね」
「いやいや、お礼なんていいよ。俺だって楽しいんだからお互い様だろ?」
エルは頭を振って話を続ける。
「楽しかったのもそうだけど、今日は色々な発見があってよかった。きっとリクは私やルーシーがずっと籠りっきりで研究してるのを心配してたんでしょ?」
「あー、まあ…そうだね…」
自分の考えを見透かされて恥ずかしい気持ちになる。そんなリクの横にエルが移動して肩に頭を乗せる。
「私だけじゃ、きっとここに来ることなんてなかったと思う。魔法がこんなに人を楽しませることが出来るって、知らないままだったと思う」
「うん…」
「私はずっと自分の魔法を使って便利な物を作って人の役に立たなきゃって思ってた」
リクは黙ってエルの言葉を待つ。
「だけどここに来て少し楽に考えられるようになったわ。役に立つことばかり考えなくてもいい。人を楽しませる事だって立派な事だって分かった。考え方は一つじゃないってことよね」
「ああ、そうだな。…本当はエルに世界には魔法以外にも楽しいことが有るって思ってほしかったんだ。だけど一つの考え方が全てじゃないって分かってくれたのならそれで十分だよ」
「ふふふ、魔法以外の楽しいことか。そんなのもう知ってるよ。こうしてリクと居られれば、私は楽しいし、幸せなんだから」
そう言ってエルは破顔する。嫁の不意打ちの一言にリクの顔は真っ赤になる。自分がとっくにエルにとってのそれになれていたなんて思いもよらなかった。考えてみれば当たり前のことなのに。自分にとってのエルとルーシーがそうなのだから。それと同時に心の底から嬉しい気持ちと、愛しい気持ちが溢れ出す。
「そうか、そうだよな。気付かせてくれてありがとう」
「うん、どういたしまして!」
そう言うとリクはエルを抱き寄せてキスをする。日は既に傾き始めていて、美しい夕焼けが二人を照らしていた。
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