第33話 ミアとニアの受難

 私はミア。猫獣人の商人だ。しゃべる時には語尾にニャを付けることが私のアイデンティティ。父親からは止めろと言われているが、お客様には好評なのだから構わないはずだ。

 父親のオルトは巨大商会のトップでかなり手広く商売をやっている。食料品から衣料品、果ては建築まで。父曰く『衣食住を商売にすれば需要が無くなることは無い』とのことだ。まあ私もそれには賛成だ。

 だが同時に不安にもなる。私は一人娘なので、このままいくとこの巨大商会を継ぐことになる。誰か良い連れ合いでもいれば、一緒に頑張れるのに…私は巨大商会の跡取りなんて柄じゃない。お店に来た可愛い子に私好みの服を着させて視姦、もとい愛でるだけで十分なのだ。


「ミア―!」


「ニア?仕事はどうしたニャ?」


 幼馴染の声がして驚いていると、その後ろに見覚えのある二人を連れているのが分かる。うちのお店の常連さんのエルさんとルーシーさんだ。でもいつも一緒のリクさんが居ない。


「エルさん、ルーシーさん、いらっしゃいませニャ!それで今日は三人でどうしたのですかニャ?」


「実はお二人がリクさんとデートするんだけど、服をこれしか持ってないらしいの。だからミアに見立ててもらおうかなと思って」


 素晴らしい提案に私の心が躍る。さっきまでの悩み事など完全に吹き飛んだ。なにせ相手は超がつくほどの美少女と美女だ。化粧っ気も無いというのに、その辺りの女性では比較にならない。

 そんな二人を私好みにコーディネートできるなんて僥倖としか言いようがない。ありがとうニア。


「でもここって食料品の販売店でしょ?服なんてあるの?」


「エルさん、うちはフォータム共和国一の商会ですニャ。この店舗はワンフロアだけじゃ無いですニャ。いつもお三方は服に興味はなさそうだから案内してなかったけど、二階は衣料品のフロアなのですニャ」


 私は三人を連れて店舗の二階に上がる。ずらっと並ぶ衣料品。ここでは最先端のファッションから、伝統的な衣装、流人から伝えられたものなど、ありとあらゆるものが揃う。


「さて、お二人さん。どんな服がいいとか希望はあるのかニャ?」


「…リクが可愛いって言ってくれる服がいい」


「…私も」


「「くっ…」」


 そう言って頬を赤らめ、もじもじしている二人。何この可愛い生き物?ルーシーさんに至っては口調変わってるよ?私とニアはそんな二人の様子を見て、心にダメージを受ける。リクさんが純粋に羨ましい。


「わ、分かったニャ。でもデートとなるとリクさんとの服装のバランスも考えたいところニャ」


「そういう物なのかしら?」


 心底分かっていない様子の二人を見て、ニアの方を見る。すると彼女はこの有様で…といった感じで頷き返してくる。どうやらこの強敵二人を相手にするのには、自分一人では荷が重いと言うことなのだろう。


「当然ニャ。例えば二人が可愛い服を着ていても、リクさんがいつもと同じ服だったらどう思うニャ?」


「「…格好いいと思う」」


「「くっ…」」


 確かにこれは一人では手に負えない。未だかつてない強敵のようだ。と言うか二人ともキャラ変わりすぎじゃない?本人の前ではなかなかうまく甘えられないというところか?


「ま、まあ確かにそうかもしれないニャ。だけどどうせなら二人とも普段と違う格好でデートしたいと思わないかニャ?」


「「…確かに」」


 息ピッタリの二人。見た目や雰囲気は全然違う二人だけど、傍から見てると仲がいいのが良く分かる。この二人はどうやってリクさんと知り合ったんだろう?以前ニアに聞いたときははぐらかされたっけ。あれじゃあなんか秘密があるって言ってるようなものだと思うけど。


「と言うことでお二人におススメするコーディネートはこちらニャ!二種類あるからどちらでも好きな方を着るといいニャ」


「初めて見る服ね。フォータム共和国には昔からある服なの?可愛いかどうかは良く分からないけど…」


「なんだかスカートが短くて心もとない気がするが…」


 二人が初めて見る服に戸惑いを見せている。これはもう一押しが必要ね。


「これは最新のトレンドニャ。公に言われているわけではないけれども、私は流人様の物だと見ているニャ」


「「っ!これにする!!」」


 ん?なんか二人の反応が凄い。流人様の物だからかな?そういえばリクさんは流人料理にも詳しかったし、もしかしたら流人様のものが好きなのかも。


「毎度ありニャ!この服にはそれぞれ、男性用もあるニャ。だからリクさんにもそれを着て欲しいニャ。買って帰るか、当日着替えに来るかどっちがいいニャ?」


「どうする?当日ここで着替える方がいいかな?」


「そうじゃな。上手く着られるかわからんしな」


「承知したニャ。明日はエルさん、明後日はルーシーさんで良かったかニャ?」


「ええ、それでいいわ。よろしくね」


「うむ、よろしく頼む」


 ふう、なんとか決めることが出来た。後は当日二人にこれを着せて愛でるだけだ。それにしても二人は本当にリクさんが好きなんだな。あんな可愛らしい二人は初めて見た。


「そうじゃ、恐らくこの後リクもここに来ると思うぞ」


「ええ、面倒だから二人ともここで待ってるといいわ」


「え?まあ店にはずっと居るから問題ないニャ」


 どういうことだろうか。リクさんは何かここに用事があるのだろうか?二人はそう言うと、足取り軽く帰って行ってしまった。


「…私もいないとダメなのかな?」


「ちょっと待ってみて来なかったらいいんじゃないかニャ?」


「うん、そうする」


 ということでニアもしばらくここで一緒に待つことになった。

 そして三〇分ほど経つと、本当にリクさんがやってきた。


「あ、ミア久しぶり。あれ?なんでニアまで?」


「いらっしゃいニャ。待っていたニャ」


「え?待ってた?もしかしてエルとルーシーもここに来た?」


「はいニャ。それでリクさんはどうしたニャ?」


 ここで私から当日の服について言うのは止めておこう。もしかしたらサプライズにしたいのかもしれない。ニアに目配せをして頷き合う。


「エルとルーシーから聞いているかもしれないけど、明日明後日デートすることになったんだ」


「はい、聞いてます。もしかしてデートプランの相談ですか?」


 ニアがリクさんの思考を先回りして尋ねる。まあ十中八九そうだろう。リクさんもそういうのには疎そうだし。


「話が早いね。それでこの国の娯楽を教えてもらえればと思って」


「娯楽かニャ?」


 成程、リクさんは二人をそういったところに連れて行きたいのか。恐らく折角なのでデートらしいことをしようと考えているのだろう。


「そういったことならフォータムはいいところですよ。カジノ、競馬、遊園地、演劇といったところが有名どころですね」


 ニアが自慢気に答える。これは私も同意だ。フォータム共和国は流人様がいるおかげで、さまざまな他国にない娯楽が存在している。私も遊ぶなら間違いなくフォータムを押す。

 そんな思考の後、ふと疑問に思ったことを聞いてみる。


「でもリクさんならわざわざ聞かなくても、お二人の好きな事は分かるんじゃないのかニャ?」


「え?ああ、確かにね。でも二人の好きな事って言うと、魔法書とか魔道具の新作を見に行くとかになるんじゃないかな」


「それではダメなのかニャ?」


 リクさんの言葉に『おお…』と言いながら感心しているニアを横目に、もうちょっと突っ込んでみる。


「うーん、それでもいいんだけどね。でも二人はずっと魔法ばっかりだから、もっと楽しいことが世界にあることを知って欲しいんだよね。と言っても俺もあんまり知らないんだけど」


 リクさんは照れくさそうに頭を掻きながら続ける。


「…好きなことを突き詰めるのって、楽しいから他に何もいらないように思えるんだよ。でも今はそれで良くても、どこかで挫折した時に好きな分だけ辛い思いをしちゃうんだよね」


 そう語るリクさんは少し苦々しい表情をしていた。恐らくだがこれは彼自身の話なんだろう。


「あの二人にいつかそういう時が来た時に、この世界に楽しいものは魔法だけじゃないって思える何かを見つけて欲しくてね。もちろんそんな時が来なければいいんだけど」


 先程とは一転して優しい表情になっている。愛する二人を思っての言葉だからだろう。ニアは横で感激している。もちろん私もそうだ。いつか私にとってもこういう人が現れるだろうか?


「リクさん。私リクさんのことを誤解してました!二人も女性を侍らせている最低な奴だと思ってました!」


「ええ…それ今でも思ってたの…?何となく最初にそんな視線は感じたけど」


「ニアは男性恐怖症なんですニャ…だから大目に見てやってくださいニャ」


「そうなの?じゃあ…もしかしてそれを克服するためにギルドで?偉いねえ」


「あ、あう…」


 ちょっと待って。なんかニアが顔を赤くしている。…まあニアの気持ちも分からないでもない。そもそもニアはリクさんには普通に接することが出来ている。たぶん自分でも分かっていないけど好意を持っているんだろう。それが恋愛感情と呼べるものかは分からないが。


「それでプランは決まったかニャ?」


「うん、多分二人に喜んでもらえると思う。ありがとう」


「それは良かったニャ」


 その後、リクさんのプランを聞いて場所を教えると、彼は帰って行った。

 そして残された私とニア。


「独り身にはラブラブっぷりが辛いニャ」


「…うん」


「…リクさんを狙ったらダメだニャ」


「え?いやいやいや、そんなんじゃないって。確かに羨ましいなーって思うけど…」


「…それは私も思うニャ」


 残念ながら自分たちにはあんなに想い、想ってくれる人はいない。大分ハードルを上げられた気分になる。果たしてこれを超えてくる人はいるのだろうか…


「「一生独身かも…」」


 お互いの呟きが重なって、思わず顔を見合わせて嘆息する。このダメージからはなかなか回復できそうにない。

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