第32話 ニア頑張る
私はニア。フォータム共和国の首都ヘルプストの冒険者ギルドの受付嬢だ。自分で言うのもなんだが、そこそこ顔は整っている。厳しめに見ても中の上から、上の下くらいはあると思う。
そのせいで結構な頻度で冒険者の人たちからデートのお誘いを受ける。しかしはっきり言ってお断りだ。大体のお誘いには下心が透けて見える。そもそも私は極度の男性嫌い、というよりも男性が怖いのだ。
そんな私がなぜこのような仕事をしているか、それはこの男性恐怖症を克服したいからだ。私だって妙齢の女性、そろそろ特定のお相手がいてもおかしくない。
勘違いしてほしくないのだが、私は男性が怖いが恋愛に興味はある。普段読む本は恋愛小説が九割を占める。ちなみにあとの一割は仕事関係。つまり素敵な白馬に乗った王子様が私に求婚してくれるその日までに、男性恐怖症を克服せねばと思っている。なのだが
「もうヤダ…」
今日も目の前では冒険者同士が小競り合いをしている。私の受付の順番を争っているのだ。どっちが早く並んだとか子供のケンカかと思う。
こんな粗暴な様子をいつも見せられては男性恐怖症を克服出来るはずも無く、愚痴も出るというものだ。
「ニアー!いるー?」
この声は、師匠だ。一気に私の気分が晴れやかになる。
「はい!こちらへどうぞ!」
師匠こと大魔導士のエルさんと賢者のルーシーさんが私の前に来る。この二人と旦那さんのリクさんはランクこそ駆け出しのFだが、ギルドお抱えの特定の依頼をこなす冒険者として一目置かれる存在だ。当然の事ながら小競り合いをしていた二人は、おずおずと引っ込む。
そして私はその専属受付担当者として選任されている。それにしても今日は彼らの旦那さんであるリクさんが居ない。私の怪訝そうな様子に気付いたのかエルさんが声を掛けてくる。
「今日はリクは居ないわ。それでニアに相談があるの」
「は、はい。何でしょうか?」
隣にいるルーシーさんともども、未だかつて見たことないほど真剣な顔で相談を持ち掛けてくるなんて。これは何か問題が発生したのだろうかと身構える。
「デートって何をすればいいのかしら?」
「…は?」
「だからデートよ。何をすればいいの?」
その雰囲気とは似つかわしくない言葉が発せられたため、私の頭は思考停止してしまう。エルさんはスプール王国出身とのこと。もしかしたら方言で何か違う意味があるのかもしれない。
「…デートって蜜月関係にある男女のあれでしょうか?」
「もちろんそうじゃ。しかし何故そんな訳の分からない表現をするのじゃ…」
ルーシーさんが呆れた表情でこちらを見てくる。え?悪いの私ですか?わざわざ冒険者ギルドに来てそんな相談をする方がどうかと思いますけど?
とは言え彼女たちは我が冒険者ギルドの巨大戦力。相談に乗らないという選択肢はありませんね。
「…念のための確認です。お相手はもちろんリクさんですよね?」
「当たり前じゃないの。他の男になんて興味ないわ」
おお、さすが師匠。そこまで言い切れるとは尊敬します。まあ確かに彼は優しい。この私でも普通に話すことが出来るのだから。顔は白馬の王子様って感じではないけれど。
「一般的には買い物や、食事などが多いのではないでしょうか?」
「ふむ、そういう物なのか。しかしそれならば普段と変わらぬが…」
「ちなみにわざわざデートと言うからには二人きりなんですか?」
「ええ、明日が私で明後日がルーシーよ」
「皆さんはいつも三人でおられますから、二人きりでどこかに行くだけでも十分特別なのではないでしょうか?」
「確かに、それは一理あるな」
良かった。何とか相談に乗れているようだ。しかしこんなこと私に聞かれても困る。もちろん脳内デートは何度もしているが、実戦経験が無い。大したアドバイスなど出来るはずがない。
救いなのはこのお二方が世間一般のデートと言うものを全く理解していないことだ。ここは私の恋愛小説で得た知識と、脳内デートのシミュレーションをフル活用すればいけるはず。
「それに普段は行かないようなお店で食事したり、甘いものを食べたりというのもいいのではないでしょうか?」
「普段は行かないお店か…ドレスコードがあるようなお店かしら」
「そうですね。そういったお店もいいかと思いますよ」
「ふむ、あとは買い物か。魔法書や新作魔道具を見るのも良いか」
ルーシーさんの言葉にエルさんも同意を示している。そうだった。この二人は重度の魔法オタクだった。これはちょっと一般的なデートと言うものを教示せねばならないという使命感が生まれる。
「いいですか、お二方。そういったところはあまりデートで行くところではありません。」
「何ですって?じゃあ買い物って何するの?食料品?」
「違います!なんでデートで肉とか野菜を買うんですか!」
「え?あ、なんかごめん…」
いけないいけない、ちょっと強く否定しすぎた。しかし本当に何も知らないようだ…。
「すみません。取り乱してしまいました。お買い物というのはですね、服、靴、鞄、アクセサリー等々です!」
「そんなものを買ってどうするのじゃ?」
思わずため息が漏れる。これは重症だ。そして私はあることに思いが至る。
「ちなみにお二人ともデートはどういった格好で行かれるつもりですか?」
「え?これだけど?」
「うむ、他に何があるのじゃ?」
やはりそうだったか。この二人はまずスタートラインにすら立っていない。これは徹底的な意識改革が必要なようだ。
「ちょっとギルマスのところに行ってまいりますので、お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
私はそう言うとギルマスのところへ急いで向かう。
「ギルマス入りますよ!」
ギルマスからの返答を聞く前に私は勢いよくドアを開ける。
「まだ返事してないだろう。どうした?すごい勢いだな?」
「ええ、エルさんとルーシーさんが大変です」
「…何だって?何があった?」
そして私は事の経緯をギルマスに説明する。そしてこのミッションを達成すれば、二人のギルドに対する印象が大きく良くなるであろうことも。
「仕方ない。ちょっとサポートしてやれ!」
「分かりました!」
さすがはギルマスだ。ある意味では冒険者のサポートだが、私生活のサポートなど本来の業務から逸脱するものだ。それでも渋い顔をしながらも許可を出してくれた。私は勢いよく部屋を出てお二人の元へ向かう。
「お待たせいたしました。いいですか?そんな恰好でデートに行ってはいけません。可愛い恰好した方がリクさんが喜ぶと思いませんか?」
「そうかしら?リクならこの格好でも可愛いって言ってくれるけど」
「くっ…」
不意に頬を染めるエルさん。急なのろけに私の足元がふらつく。しかし初デートに魔導士のローブで行くなんて聞いたことが無い。そんなのは認められない。
「だとしてもです!普段と違う格好をしたお二人を見て、惚れ直してもらいましょう」
「つまりそういうのもデートの一環と言うことじゃな?」
ルーシーさんの言葉に私は鷹揚に頷く。いつも思うがこの人は本当に察しがいい。なのになぜこんな体たらくなのだろうか。もしかして魔族ってあんまりそういうの気にしないのだろうか?
「でも私たち魔導士のローブしか持ってないわよ?魔法で綺麗にできるから汚くないし」
女性としてそれでいいのだろうかと思う。彼女たちが稀有な魔法の使い手であることは知っているし、そういったこともお手の物なのだろう。
だけど毎日同じものを着てるっていうのはさすがに頂けない。そもそもリクさんはそんなお二人のことをどう思っているんだろうか?でもよくよく考えたら、あの人もいつも同じ服だ。似た者同士と言うことか。
「…確かに皆さんいつも同じ服ですよね。では今から買いに行きましょう!私の幼馴染がやっているお店が有ります。彼女に任せればばっちりですよ!きっとリクさんも喜んでくれます!」
「そこまで言うならお願いしようかしら」
「うむ、リクが喜ぶのならば吝かではない」
そうして私たちは私の幼馴染が働くお店に向かう。確か三人とも彼女と面識があったはずだ。きっといいコーディネートをしてくれると思う。
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