第31話 デートをしよう
「「行く!」」
突然のデートの申し出にも関わらず、物凄い勢いで食い付いてくる嫁二人。よほど我慢させてしまっていたのだと、リクは申し訳なくなってしまう。
だが、デートを成功させるためには、準備が必要だ。計画無しに行き当たりばったりで勢いに任せては、失敗することは目に見えている。明日一日は準備期間をもらおうと考えたリクに、嫁二人が声をかける。
「デートは明後日以降でいいかしら?私たちも準備する時間が欲しいわ」
僥倖。渡りに船とはこのことだとリクは思う。
考えてみればこの愛する嫁二人は重度の魔法オタクで、ともすれば自分よりもそういった知識が無いかもしれない。その事実に少し安心するが、リクは気付いてしまう。
―裏を返せば自分がリードしなくてはならないのではないか…―
ハードルが高い。だが、世の男性はこれを乗り越えている。むしろ結婚する前に乗り越えるべきハードルだ。今や夫婦である自分達が乗り越えられない道理などない。
なるべく余裕がある素振りを見せるように嫁二人に向かってリクが言う。
「ああ、もちろん。それでどっちからデートするんだ?」
ピシッと空気がはりつめる。二人ともなぜか魔力を解放している。リク自慢の嫁二人は異常なまでの魔力量を誇る。
その二人が牽制しあえば、空間が歪むような錯覚を覚えるほどだ。気の弱いものならば、気絶してしまうだろう。尤もそんな張りつめた空気のなかでも嫁二人はニコニコしているが。
「ルーシーは今日一日独占したんだから、私が先でいいわよね?」
これはなかなかに正鵠を射た言い分だとリクが思っていると、そんなことは認められないとばかりにルーシーが反論する。
「何を言うか。エルはかつてリクと二人きりで半年以上旅をしたのじゃろう?ここは妾に譲るべきじゃと思うが?」
これもまた一理あるとリクは思う。確かにエルとはそういう関係でない頃からの付き合いだ。しかし夫婦としてデートとなるとやはり勝手が違うようにも思えるが。
どうしたものかと思案していると、嫁二人の視線がリクに向く。
「「どっちが先がいいの?」」
まあそうなるわなと顎に手をあてて、天井を見上げるリク。
ここで公平なジャッジを下さねば、後々に禍根を残すことになってしまう。うちは三人が仲良しでなくてはならないのだ。どちらかを優遇するなんてことはあってはならないし、するつもりもない。
「分かった。ジャンケンをしよう」
「「ジャンケン?」」
嫁二人が不思議そうな顔をしている。そう言えばこちらに来て似たような遊びも見たことがない。別に難しいことではないのだから、教えればいいと二人に向き直る。
「難しいものじゃないよ。俺の世界では簡単に勝敗を決めたいときは、ジャンケンをすることが多いんだ」
「ふーん。じゃあ早いとこやり方を教えてよ」
エルに急かされて、早速やり方を教授する。嫁二人は『へー、分かりやすくて良いわね』と言って受け入れてくれる。
そして泣いても笑っても一度きりの勝負の火蓋が切って落とされる。
「「最初はグー、ジャンケンポン!」」
結果はエルがパー、ルーシーがグーだった。
飛び上がって喜ぶエルと、ガックリと膝から崩れ落ちるルーシー。あまりにも気の毒なので声をかける。
「そんなに落ち込まなくても、デートはするんだから元気出してよ」
「しかし記念すべきリクの二人きりの初デートを奪われるなんて、悔しくて…」
そう答えるルーシーの目には涙が浮かんでいる。可愛いことを言ってくれる嫁を抱き締めたい衝動にかられるが、ややこしいことになりそうなのでグッと堪える。
「そう言うなって。エルとルーシーのデート、どちらも俺にとっては大事なデートだよ。それに初めてのデートは上手くいかなくて、後の方が上手くエスコートできるかもしれないし」
その言葉を聞いたエルが不満そうに頬を膨らませる。その仕草は反則なくらい可愛い。またしても抱き締めたい衝動にかられるがグッと堪える。
「もちろん初めてのデートでも上手く行くように全力でやるよ。ちゃんとどっちも大切にするから、ね?」
「仕方ないわね。きちんとエスコートしてよね?」
「…ワガママを言ってすまぬ。妾も楽しみにしている」
なんとか納得してくれた二人の様子にリクはほっと胸を撫で下ろす。そして漸く自身が解決しなくてはならない問題に直面していることを認識する。
―明日一日でデートプランを考えなくては…―
格闘技一筋二〇年超、まさに未知の問題だ。元の世界であればインターネットでの情報収集など方法は腐るほどある。
しかしここは異世界だ。ましてや召喚されて一年足らず―しかも半年は遊ぶことなく魔王討伐に費やしていた―の自分には圧倒的に知識が不足しているとリクは思っていた。こればかりは一朝一夕でどうこうなるものではない。ここは協力者が必要になる。では果たして誰に相談するべきか、それが問題だ。
「どうしたの?難しい顔して。とりあえず晩御飯作ろうよ」
「あ、うん。そうだな」
そうして三人は夕食の準備に取りかかる。少し時間も遅くなってしまったので、簡単なもので済ませる。パンと野菜スープ、それに森でとれた猪のような魔物の肉を焼いたものだ。
この世界にも家畜は存在しているが、魔物の肉には魔力が宿っており、それを食べることによって魔力の回復速度が上がるというメリットがある。その魔物が強ければ強いほど、宿っている魔力が多いので、その回復速度は顕著だ。そして魔力が多いほど美味しかった。
なので肉に関しては、身体強化の精度と戦闘の勘を取り戻す修行がてら、リクが狩るのが日課となっている。
この森の魔物は大型の物が多く三人では食べきれないので、余った分はヴァーサにお裾分けをする。そのため、最近では餌付けされたペットのように、リクが獲物を持って近づくと、喜んで姿を現すようになっていた。
夕食を終えて、寝る前のお話をする三人。リクは気になっていることを嫁二人に聞く。
「ところで明日一日はどうするんだ?」
「それは準備に決まってるじゃない」
当然のことだと言わんばかりのエルと頷くルーシー。この二人も色々とリサーチしてから当日を迎えたいと思っているのだとリクは考える。言っては悪いが、この二人に独力でそんなことが出来るとは思わない。特にエル。そうなると必然的に誰かに相談すると考えるべきだろう。
―相談相手が被る…―
これはもはや避けられないだろう。自分達が相談できる相手なんて少数しかいない。それに加えてファングの四人は既に出発している。ならばせめて時間帯をずらすことに注力するべきだとリクは判断した。
「そっか、俺も色々準備したいから時間をずらすってのはどう?」
その言葉に嫁二人の目が怪しく光る。全てを察したということだろう。下手に鉢合わせたりして当日の計画やらが漏れるのは、どちらにとっても避けたい。
故にこの申し出を受けない理由がなかった。
「うむ、それがよいな。妾たちが先に出るということで良いか?」
これにはリクも顎に手をあてて少し考える。後発になるということは、恐らく嫁二人が相談に訪れた場所にも、訪れることになるだろう。
相手からすれば『何やってるんだ、この人たち?』となる気がする。それはちょっと恥ずかしい。しかしそれを補って有り余るメリットが後発には存在する。嫁二人の出方をうかがえるかもしれないのだ。もしかしたらポロっと自分が行きたいところを、相談相手に話しているかもしれない。
自分のように相手の気持ちを察するスキルが低い者にとって、このメリットは無視できない。ならば答えは決まっている。
「ああ、問題ない。ゆっくりしてくるといい。俺は二人が帰ってきてから出掛けるよ」
「そうと決まれば早く寝ましょ。明日は忙しくなるわ」
エルの提案に二人も同意する。そして相変わらず三人でベッドに入り、早々に眠りにつくのであった。
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